第七章 ホントに起こった「万が一」


              ☆☆☆その①☆☆☆


 翌日の仕事は、ちょっとしたドキドキ体験で始まった。

 それは、昨日の舞人のウッカリ時間跳躍に関してではなく、優香里が掃除当番でバイトに遅れる。という事だ。

「今日はいつもの、お店の前での待ち合わせじゃなくて、お店の中で待ってるんだよね。うぅ、寒い…」

 春なのにちょっと冷える今日みたいな時は、お互いに、店内で待つ事になっている。

 ポニテ少女は三十分もしないでやってくるだろうから、みんな揃って出発しましょ。と、昨日の段階で唯から聞かされてもいた。

「今日はホットコーヒーが飲みたいな」

 なんて、仕事の後の事を考えながら入ったお店は、窓からの日差しで暖かい。

 いつもの席には、凛々が一人で座っていた。少年に気づいたツインテールの少女は、立ち上がってぺこりと挨拶。

「あ、一条さ~ん、こんにちはです~。と、凛々は挨拶をしたのでした~…ふわわ…」

「や、凛々ちゃん。今日は急に冷えたね」

 なんて挨拶をかわしながら、軽く欠伸を噛み殺した少女の左となりに、いつもの感じで座る。

 座ってから、ハっと気づいた。

(あ…なんか、二人なのに並ぶって、ヘンかな……)

 などと意識をしてしまうと、ちょっとモゾモゾする。

 わざと隣に座った。とか思われたら…。

 なにか、自然な流れで向かい側に座り直した方が…。

 なにか、そんな会話を…。

 そんな思考がしばしあって、少年は焦りのまま、思いついた会話をする。

「ぇえっと…そういえば、凛々ちゃん、どうしてこのバイト、始めたの?」

 とか舞人が迷走していると、隣の少女は、少年が隣に座っている事を気にする様子もなく、ボンヤリ眠そうなままの声色。

「んん~、それはですね~…凛々は、単純なお仕事が大好きで…ふわわ…ぁふ…」

「へぇ…」

 訊いておいてなんだけと、ちょっと意外な理由だ。そしてなんだか、凛々らしいといえば凛々らしい。

 さりげなく見ると、暖かい日差しの中で、赤ちゃんみたいに眠そうな少女。

 自腹で注文したのか、テーブルに置かれたプリンは一口食べた感じで、少女の口元には運ばれたスプーンが咥えられたまま。

「凛々ちゃん、眠いの?」

「ぁふ…はい~、少しです~…と、凛々は いちじょうさんに…んんん……」

 少年の問いかけに対して無意識に反応した。みたいにボンヤリした眼差しで、小柄な少女は隣から見上げている。

 大きな垂れ目が眠たそうに瞼を下げて、なんだか幼女そのものな、無垢で愛らしい「おねむ顔」だ。

(凛々ちゃん、こんな顔するんだ。なんか可愛いな)

 とか思っていたら、見上げていた凛々はコトんと目を閉じて、手にしていたスプーンを咥えたまま、眠りに落ちてしまった。

「わわっ…凛々ちゃん?」

 少女の細い肩が、舞人の右腕に預けられて、ツインテールの小さな頭が右肩に寄り掛かる。

 決して重くはないけれど、少女の柔らかくて暖かい肩が何だか心地よくて、そしてほのかに、甘い香りが鼻腔をくすぐっていた。

「…す~…す~…」

「…凛々ちゃん、ホントに寝てる…」

 静かな寝息を立てている少女は、まるで安心しきった様子だ。

 肩に体重を預けられた少年も、頼られているみたいで、男心としてはそこも嬉しい。

 舞人から見てすぐ近くな白い頬は、僅かに朱く染まっていて、しかもお肌がスベスベで、陽光をツルりと反射させている。

(…アハハ。凛々ちゃん、なんか赤ちゃんみたいだ)

 他意はないけど、思わず頭をイイコイイコしてあげたくなってしまう。

 初めて見た女の子の無防備な寝顔に、何かドキドキする。

(…そ、そういえば凛々ちゃんって、ホントに宇宙人だったんだよね…)

 少年は昨日、この宇宙人の少女に助けられた。

 その後に見せてくれた、ツインテールが逆立ってユラユラ揺れて、しかも優しい緑色に発光していた現象。

(宇宙人って、本当にいたんだな~)

あらためてそう思って、見るも、舞人の中には想像していたような、自分と他者を分けてしまう無意識な高揚感とか、全くない。

(なんだろう…助けてもらったからかな…それとも凛々ちゃんがドシっ娘だから…)

 自己分析していたら、眠る少女の姿勢に若干の変化が。

「ぅう~ん…」

「っ–ぁわわっ!」

 寄り掛かっていた凛々が小さな身体を軽くひねると、制服を押し上げる程の豊かな乳房が、少年の腕に押し付けられていた。

 少女の双乳はぷるっぷるに柔らかくて、制服と共に、舞人の腕にムッチリと密着。

 つきたてのお餅みたいなフンワリ感とパツパツの張りと、更に暖かい体温で、少女特有な肌を、少年に教えていた。

「あわわえっとっ–あのっ、凛々ちゃん…!」

 と、焦っている少年の耳元が、お姉さんの甘いボイスで囁かれた。

「ぁらぁン。舞人くんたら、凛々ちゃんと密着ぅ♡ おっぱい、気持ちいいのねン?」

「あわわっ–ゆゆ唯さんっ–ぃえっ、そのっこれはあのっ–っ!」

「うふふ…昨日の今日だものねン。凛々ちゃんもぉ、お疲れなのねン。時間まで、このまま寝かせてあげましょうねン♡」

 向かいの席、凛々の前に腰かける唯。

 メガネのお姉さんによると、精神力が特に進化したテレパシスター星人とはいえ、精神探知能力を使うと、結構な疲労になるらしい。

「そう…なんですか…」

「昨晩ぐっすり眠ったでしようけれどぉ、まだ眠り足りなかったのねン。赤ちゃんみたいな寝顔…うふふ♡」

 唇からわずかにプリンが零れている、凛々の寝顔。舞人はあらためて、心の中で感謝した。

 数分が過ぎて、喫茶店の扉が元気に開かれる。

「こんにちは~。あ、唯さんと一条くん。あれ、凛々 寝てるの? わ、可愛い~!」

 ニギヤカな友達の声に、オネムな少女が目を覚ました。

「ほぇ…んむんむ…あややっ、みっ、みなさんおはようございます~! と、凛々は眠ってしまって恥ずかしいのでした~!」

 ツインテールの少女は、真っ赤になって縮こまる。そんな羞恥も、何だか微笑ましい。

「うふふ。それじゃあみんな、軽く食べたら 出発しましょン♡」

「「「は~い」」」

 ちなみに、凛々がうたた寝していたのは精神探知能力での疲労とかではなく、今日の体育がマラソンで疲れたからだとか。


              ☆☆☆その②☆☆☆


 何にしても、昨日は調子に乗って迷惑をかけてしまった。

 今日のバイトから、舞人は移動のスピードを控えめにしながら、漆黒の空間に白系の色を撃ち出してゆく。

 首元などの白い肌を塗りつつ、襟の裏側や細かい後れ毛を描いて、美女を仕上げる。

 気分転換にと、背景の白も、横一直線に描いていった。

「気を付けないと、この間みたいに時間跳躍とか 迷惑かけちゃうかも」

 そんな思いがあるからなのか、先日までの作業スピードに比べて、ハッキリと遅くなっている。

 その事を、意外とみんなが気にしてくれていた。

「すいませ~ん 休憩入りま~す」

 つまり、トイレ。

 四時間も作業をするのだから、当たり前にトイレにも行く。

 舞人はだいたい二時間くらいで用足しに行くから、バイト中のトイレは一回程度。

 優香里と凛々はもうちょっと短くて、一度の仕事でだいたい二回くらいはトイレ休憩を入れていた。

 三百キロ離れた母船へと戻り、トイレに入ってICスーツを脱ぐ。

 スーツは全身タイツみたいな構造だから、誰であってもヒザのあたりまで裸にならなければならない。

 トイレは、記録映像や特撮番組とかで見る「宇宙ステーションのトイレ」とかとは、全然違っていた。

 ステーションのトイレは、ベルトで身体を固定してから、壁から伸びる掃除機のチューブみたいなホースで、吸引しながら排せつをする。

 しかし宇宙会社仕様のトイレは、地球の西洋型便器に吸引装置を内蔵した感じだ。

 普通に蓋や便座があって、高さも平均的で、宇宙初心者な舞人でも座って用を足せる。

 座ると同時に吸引機が作動して、色々と吸い取る仕組みだ。

 以前、アイドルが教えてくれたけど、この船のトイレは地球人と同じタイプの異星人が使う、標準的なトイレらしい。

『わたし前ね、別の宇宙人のバイト仲間が乗ってきた大きな船のトイレ、見せて貰ったの。いろいろなタイプのトイレがあったわ。お風呂みたいに大きいトイレとか、細いチューブが無数に伸びてくるトイレとか、それに室内丸ごと液体に満たされたトイレとかもあったのよ!』

 トイレの話題でも、溢れる好奇心にキラキラする瞳は、とても綺麗だった。

「何にでも興味あるんだな 優香里ちゃん」

 なんて思いながら用を全て済ませると、消毒のスイッチを押してから立ち上がり、自動的に吸引オフ。

 船内は人工重力が働いているけど、トイレは吸引式なのが普通らしい。

 室内全体と使用者が、自動で空気洗浄をされたら、再びスーツを着て、仕事に戻る。

「さてと、仕事の続き続き」

 船外へ出る気密室に向かう途中で。背後から間近で声を掛けられた。

「ま・い・と・くぅん♡」

「わぁっ–っ!」

 耳元で囁かれるような甘い声に、ちょっと驚かされて振り向くと、イタズラ大成功みたいに微笑む副所長がいた。

「うふふ、驚いたン?」

「は、はぃ…っ!」

 思わず尻もちをついていた少年の視界には、ちょっと屈んだ唯の笑顔が、すぐ近く。

 蕩けるような笑みからちょっと視線を落としたら、目の前にはビキニ鎧で押さえられてムっチムチな、爆乳谷間がドアップだった。

 思わず真っ赤になって目を逸らす少年と、そんな年下ボーイに妖しく寄り添うセクシーお姉さん。

 柔らかい双乳に近づかれると、なんともエッチでドキドキしてくる。

 更にフンワリと甘い香りもして、暖かい体温まで感じられる。

「あ、あの…何か…?」

 羞恥する少年に、お姉さんはセクシーな笑顔のまま、真面目な忠告をくれた。

「舞人くん、この間の時間跳躍のコトぉ、気にしてるでしょン?」

「えっ、あ、はぃ…その、みんなに迷惑をかけちゃいましたし……」

 ズバリを言い当てられて、舞人は素直に認めた。

 あの時の失敗を思い出すと、つい委縮してしまう。

 頷いてしまった少年の頭を、お姉さんが優しくイイコイイコしてくれた。

「あ、あの…」

「失敗しちゃったコトはねぇ、自分の中で反省すればぁ、それでいいのよン。舞人くんはそれよりもぉ、気にしすぎてペースが乱れちゃってる事のほうがねン、お姉さん とっても心配なのン」

 確かに、ペースを守って仕事をした方が、繊細な色とかも調子良く乗せて行ける。

「見てン、ほ~ら…ィヤん、見てって言ってもぉ、エッチなところじゃ・な・い・のよン。お姉さん、それでも良いけど…♡」

 魅惑の谷間から必死に視線を逸らす少年に向けてアブない事を言いながら、船内ディスプレイで見せてくれたのは、絵画の全体像。

 早くも上半分くらいが仕上がっているのは、舞人が仕事に慣れてきているからだ。

 優香里と凛々の三人態勢とはいえ、一ヶ月も待たずにトータルで半分以上も描き上がっているのは、かなり驚異的なスピードらしい。

「あ、あの…これが…?」

「よぅくぅ、見・て・ン。最近の色を乗せた、ト・コ・ロ♡」

「最近…ですか…?」

 女性像の顔の下、色を乗せたところと未塗装の境目あたりが拡大されると、唯の言いたい事が、舞人にもわかった。

「…あっ、このあたり 色がちょっと雑ですよね…グラデーションも、遠目で見れば悪くないですけど、拡大して見ると、もうちょっと良い色選びがある感じですよね……すぃません、僕の失敗です」

 また迷惑をかけてしまった。と、少年は気落ちする。

「ぁああん、お姉さんが言いたいのはねン、舞人くんの失敗の事じゃないのよぅン」

 落ち込む年下少年も大好物なのか、唯は起伏に恵まれた女体をクネクネさせながら、堪らないわ的に頬を染めていた。

「舞人くんが失敗を気にしてぇ、舞人くんの良いところ…好きなように楽しく絵を描くところがぁ、押さえられちゃってるなぁ…って、ところなのよン」

「僕の、良いところ、ですか…?」

 こんなふうに他人に認められたのは、初めてな気がする。

「舞人くんの色のセンスはねン、好きなように思い思いにぃ、楽しく絵を描く事で現れてるぅって、お姉さんは思うのねン。それがここ何日かぁ、ちょっと控えめになっちゃってるのよン」

 言いながら、セクシーなお姉さんが尻もち少年に身を寄せる。

 仰向けに押し倒される感じの姿勢になった舞人の胸に、ビキニ鎧に包まれた双つの巨乳がタップンと、重たく暖かく乗せられた。

「あわわ…っ!」

 女性とのこんな急接近と密着なんて、生まれて初めての舞人は、どうしてよいのかわからない。

 のし掛かられた少年の上気する顔の、数センチ手前では、赤い艶々リップの唯が、キスしそうなほどの近距離で、シットリと微笑んでいる。

「あ、あの…っ!」

「うふふ…舞人くんはぁ、まだ若い・お・と・こ・の・こ・なんだからぁ、もっと自分勝手にぃ、い~っぱいぃ、暴れん坊さんで・い・い・の・よ・ン。後の事はぁ、お姉さんに・お・ま・か・せ・ねン♡」

「は…はぃ…」

 吸い込まれそうな瞳と言葉に、ボ~っとしながら素直な返事しかできない少年。

 よくわからないけと、失敗を気にして小さくなるよりは、失敗を恐れず大胆に行動してね。という事らしい。

「猛り狂って爆発ぅ。とかしちゃわない限りぃ、舞人くんの好きなようにして、いいのよン♡」

 年頃の少年が勘違いをしてしまいそうな言い方で、ソっと静かに囁く、ビキニ鎧なメガネのお姉さん。

 アブなさ全開だけど、唯は舞人を励ましてくれているのだ。

(ゆ、唯さん…ちょっと…僕の方があぶない…!)

 励まされた舞人は、言葉の意味よりも、優しくてエッチな感じの言い方や、柔らかくて暖かくて重たい巨乳との密着に、若い肉体が猛り狂いそうになっていた。

「は、はいっ…あっ、あのっ、ありっ、ぁありがとうっ ございましたっ!」

 慌ててお礼を言いながら、お姉さんの身体の下から脱出。気密室に飛び込んで、急いで仕事に戻る舞人。

 そんな純朴な少年を、唯は嬉しそうに手を振って、見送っていた。

(あ~ビックリした…まだドキドキしてる…!)

 胸の鼓動を押さえつつ現場に戻った少年は、改めて絵画と向き合う。

 イラストゴーグルを操作して部分的な拡大映像を映し出すと。まずは修正作業に取り掛かった。

「とにかく、失敗してるところを直さなきゃ! ちゃんと完成させるんだ!」

 若い男子の意思は、女性に元気づけられると、アっという間に回復をする。

 実は、唯が気にしていたのは、絵の出来ではなかった。絵画そのものは十分な完成度を見せている。

 ただ、折角だから楽しく仕事をした方がいい。製作者の気分は、絵にも反映してしまうからでもある。

 という気遣いでもあった。

 お姉さんに密着されて元気が出た舞人は、以前のように超高速で飛翔し、そして的確に色を乗せてゆく。

「いけーーーっ! 白白白白白薄茶白白白白白白……」

 でもちゃんと、頭の隅では時間跳躍しないように、自戒を意識して。

 スビートと色が再びノリノリになってきた舞人に、アイドルたちも気付いている。

「ね、凛々、一条くん絶好調じゃない?」

「ホントです~、私も嬉しくなってしまいます~。と、凛々はワクワクなのでした~」

 少年の元気が戻ったら、バイト全体の雰囲気も、軽く明るくなっていた。


「それそれそれ~っ! もう少しで肌の色付けが終わるぞ~っ!」

 唯に元気づけられた事で、以前のスピードを取り戻した舞人。

 飛ばし過ぎないように気を付ける意味でも、先に置いた色を意識の端で捉えて、色が通り過ぎる感覚で、自身の速度を測っている。

 同時に、バイザーの中に映し出された現在進行中な宇宙絵画の全体像と、自分が塗っている箇所の拡大図での、ごま粒みたいな自身の動きもチェックしていた。

「これなら、スピードも進行状況もわかるぞ」

 毎日の塗装範囲を塗り進めてゆくと、少しずつだけど完成してゆく美人画。

 優香里はもう帯を塗り終えていて、長い振袖も完成間近。

 凛々も、びいどろを持った手を描き終えていて、腕を包む振袖の内側を描いていた。

 舞人は背景もずいぶんと塗っているし、仕事は上々だ。

 そんな今日、いつものように仕事に集中していたら、唯から三人へと通信が入った。

『みんなぁ、タトス星の方が、差し入れを持ってきてくださったわン。お言葉に甘えてぇ、ちょっと休憩、入れちゃいましょうン♡』

「タトス星の方って……宇宙人っ!?」

 宇宙人に会える。

 未知との遭遇な感覚に、宇宙船へと振り向いたICスーツの速度もグンっと上がる。

 三人で母船に向かう途中で、アイドルたちが突っ込んできた。

「宇宙人って、一条くんもう、凛々とか所長さんとか唯さんとかに、会ってるでしょ?」

「そうですよ~。凛々だって、いわゆる地球外生命体ですよ~。と、凛々はご忠告したのでした~」

 言われて、思い出した。

 とはいえ、凛々は外見的にも地球人にしか見えないし、所長に至っては今でも着ぐるみ疑惑が払拭できない。

「そ、そうなんだけどね…なんて言うか、初めて対面する人って、ドキドキするでしょ」

 というか。

「えっ…えっ!? ゆぃっ–ふ、副所長さんって、宇宙人なのっ!?」

 魅惑的なビキニ鎧のセクシー副所長さんが、宇宙人。

 驚く少年を、少女二人がイタズラっぽくニヤニヤ。

「「さ~?」」

「と、凛々もイジワルをしてみたのでした~」

 頭の中が軽く混乱しながら、少年は現在宇宙人だと確定している、タトス星人を想像する。

 タトスという名前から連想するに、カメが直立したみたいな宇宙人だろうか。

(いや、意外としゃべるカメそのもの…?)

 または、全く関係ないか。

 バイザーの中に吹き出しで映し出された、レモネードα号。

 その隣では、亀の甲羅みたいな形の宇宙船が、舞人たちの使っている出入口とは別のハッチに、クリアなチューブでドッキングしていた。

 銀色の甲羅は、舞人たちの宇宙船よりも少し大きくて、サイドにはグルりと、六方向らしい中型のバーニアが確認できた。

(やっぱりカメっ!?)

 慌てて母船へと帰還して、ハッチから入ろうとした舞人たち。

 と、すれ違いに、宇宙服を着た人物が一人、チューブを通って亀甲型の宇宙船へと、帰ってゆくのが見えた。

 銀色の宇宙船と同じく、銀色の宇宙服。

 シルエットは全体的に丸々としていて、太い手足が確認できる。

 ICスーツとは違う感じな宇宙服だけど、印象としては直立するカメだ。

 ヘルメットは舞人たちと同じく、標準的な卵型で、光の関係か、中までハッキリとは見えなかった。

「ああっ、帰っちゃうっ!」

 バイトの少年たちに気づいたらしい人物は、軽く振り向いて手を振って挨拶をくれると、そのまま自分の船へと姿を消した。

 レモネードと接したチューブが切り離されて収納されると、銀色の宇宙船は船体をゆっくりと離し、六方向のバーニアをふかしてコマの如く回転しながら、母星へと帰ってゆく。

 その姿は、昭和のカメ怪獣みたいだ。

「……帰っちゃった……」

 宇宙船に戻った舞人たちは、気密室を通ってブリッジへ。

 迎えてくれたビキニ鎧のお姉さんが、依頼主の差し入れを出してくれた。

「おかえりなさいン。さ、お茶にしましょうねン♡」

 宇宙船では常備されているパックタイプのドリンクを用意してくれる副所長さんに、少年特有な、未知への好奇心が剥き出しな質問攻め。

「あのっ、今の帰って行った人が、タトス星人の人なんですかっ!? どんな姿なんですかっ!? 僕たちと一緒なんですかっ!? それともカメみたいな感じっ–あるいはまったく違う–」

 焦る少年を、お姉さんはセクシーに回避。

「ぃやぁん、舞人くんたらぁ。そんなに激しくぅ、責めちゃってぇん♡ でもお姉さん、自制できなくてガツガツしちゃう男の子、キライじゃないわよン♡」

「えっ–あ…ぃえ、ぁの…」

 別の意味にしか聞こえない返しをされると、恥ずかしくて舞人の勢いが縮こまる。

 少年が質問するであろうことが解っていたからか、いつもの好奇心旺盛な優香里は、ニヤニヤしながら二人のヤリトリを眺めていた。

 お姉さんは、バイトの少年たちそれぞれにドリンクと差し入れと、透明なプラスチックっぽいフォークみたいな道具を配ってくれる。

 受け取ったアイドルは、クリアな球形のケースに包まれた差し入れ小箱に、ワクワク笑顔。

「わたし、タトスの食べ物って初めてだわ!」

「凛々もです~。と、凛々もワクワクしているのでした~」

 いつも通り、同意よりも解説の方が長い凛々だ。

 舞人も受け取ってから着席をすると、掌サイズの小箱をジっと見つめる。

「おぉ…!」

 透明な球体を開けると、お菓子の素材は堅いモナカのようで、色はちょっと濃い茶色。

 天面と下面が六角形で、側面は複雑な多角形の面構成。

 なんとなく見た事はあるような形のような気もするけど、どう考えたって初めて見るお菓子だ。

「これが…人生初の…宇宙人のお菓子…! ちょっと失礼します」

 お断りをして静かに嗅いでみると、ちょっと甘い、新鮮な樹液を想像させる、爽やかで良い香り。

「あぁ、美味しそうな香りだ…」

「ほんとだわ。オレンジみたいな…でもシフォンケーキを思い出すような、不思議な香りよね」

 少年たちの反応を楽しんでいるビキニ鎧のお姉さんが、食べ方を教えてくれた。

「これはねン、タトス名物『スミミンリーゼ』っていうのよン。地球のモナカと同じ感じかなン。このカラを優しく割ってぇ、中身と一緒に戴くのよン。イヤん、中身を食べていいって言っても、女の子の事じゃないのよン♡」

 自分で言った言葉にイヤんイヤんと恥ずかしそうに身をくねらせながら、唯は器用にフォークでカラの天面を、カリっと割った。

「……こうですか」

 舞人も真似をして、小箱の天面を割る。意外と簡単に割れた小箱の中を見て、少年は驚かされた。

「っ–っぅわあぁっ–っこ、これっ–いいっ、生きてますよっ!」

 小箱の中はなんと、どう見たって赤いイトミミズが一摘まみ分だった。

 たしかに子供のころ、カメを飼育するときのエサとして、イトミミズを扱った事がある。

 だからといって、カメタイプと思われる宇宙人からイトミミズを貰っても、正直とても食べられない。しかもお菓子といいつつ、ウネウネと蠢いているし。

 同じく小箱を割った優香里と凛々だけど、反応は舞人とは違っていた。

「へ~、こういうお菓子って あるんですね!」

「凛々も初めて見ました~。と、凛々はちょっと感動しているのでした~」

 怖がるどころか、ツヤツして綺麗な赤色とか、甘いジュースもタップリで美味しそうとか、二人揃ってキャッキャウフフ。

 舞人的には、何やらゲテモノな雰囲気がプンプンなのに。

「……みんな 平気なの…?」

 ちょっと引きながら尋ねる少年に、唯がニコニコしながら教えてくれる。

「イトミミズにに見えるけどねン、これは生き物じゃなくてぇ、れっきとしたお菓子なのよン。元気がいいのはぁ、出来立て新鮮だからよン。元気がいいのはぁ、お姉さんも大好きよン♡」

 などと意味深っぽいウィンクをくれながら、唯はフォークで、崩したモナカと一緒に、赤くて細い軟体なお菓子を、艶めくリップへと運ぶ。

「んん~ン♡ さすがは銀河に轟く名産品ン。美味しいわぁン♡」

 ビキニ鎧に包まれたムチムチ肢体をプルルっと振るわせて、唯は堪らないわ美顔で、お菓子を堪能している。

 そんな姿を見せられても、舞人が感じる事は。

「イ、イトミミズを食べて身震いをしている…」

 未だドン引きな少年だ。

 そしてアイドルも、平気な顔してお菓子をパクり。

「んぁ、美味しい~っ、一条くんも 食べてみなよ!」

「え…う、ぅん…」

 優香里の隣では、凛々も蕩けるような笑顔でお菓子を戴いている。

 みんな凄い。とか思う舞人だ。

 とはいえ、折角の差し入れだし、初めての宇宙人食だし、何といってもアイドルが薦めてくれているのに、食べないワケにはゆかない。

 暫し掌の中でお菓子を見つめ、ニョロニョロと蠢く、お菓子だという軟体群を見つめる。

(ぉ菓子なんだよね…お菓子、お菓子…よく見ると、赤色が鮮やかで綺麗で…)

 ツヤ無しで赤黒いイトミミズじゃなくて、うん、イチゴゼリーを極細にしたみたいだ。周りの液体も、イチゴシロップみたいな色と香りだし。うん。

 なんて頑張って意識をしてみても、蠢いている様とか見ていると、どうしたって、やたらと美しいイトミミズにしか見えない。

 心が葛藤している少年を、女性陣はイタズラっぽい笑顔で眺めていた。

(ぇえいっ、ままよっ!)

 イトミミズ専用みたいな細長いフォークで、割った殻と一緒に軟体を一掬い。

 フォークの上でウネウネしている赤い極細物体群を凝視しつつ、勢いに任せて口に運んだ。

 –っパクっ!

「んんっ–ん…あれ、美味しい…いえ、っていうかっ、すっごく美味しい!」

 口に入れた瞬間、甘酸っぱい爽やかな酸味と一緒に、程よい甘さがサァ…と鼻腔にまで広がる。

 舌に乗せたと同時に、イトミミズみたいな軟体はヒンヤリと冷たくて柔らかくて、カリカリの固いモナカと混ざって、実に楽しい歯応え。

 モナカと一緒に噛むと、様々な果実を想わせる深い香りが、口から鼻の奥にまで一杯で感じられた。

 それなのに、全ての香りは全く邪魔し合わないで、みんなで一緒に、美しくて極上なハーモニーを奏でている。

 いろんな種類の完熟したジューシーな果実を一度に頬張った。みたいな、不思議な甘さと豊かな香りで、舞人の心も感動に包まれていた。

「あぁ…こんな美味しいお菓子があるんだ……なんか、すごく感動的~!」

 少年の反応に、女性陣たちはニっコニっコしている。

「宇宙にはねン、地球とは違う感覚のお菓子とかぁ、いぃっぱい、あるわよン♡」

「あたしもね、前のバイトで地球のカキノタネ持って行ったら『地球人はガリゼリ虫なんか食べるのか!?』って驚かれたコトあったわ。逆にあたし、そのガリゼリ虫のほう、見てみたかったくらいよ」

 なんて笑って話してるアイドルだ。

 宇宙には、地球と違った食文化がある。

 そんな当たり前の事を、少年は初めて体感した。

「そっか~…なんか宇宙って、すごいんだね~」

 そんな思いをあらためてしながら、舞人たちの話題は、現在の仕事の話へと移行。

 バイトを始めて、もうすぐ一ヶ月。

 巨大な宇宙絵画の完成度は、五十%超くらいか。

「意外と早く進んでるわね」

「そうなの? 僕はよくわかんないけど」

「自覚してないみたいだけど、作業に対する一条くんの早さと色の選択は、かなりセンス良いと思うわ。特にカウンターカラーの選び方なんて、わたしじゃ絶対にマネできない感覚だもの」

 カウンターカラーとは、白を強調させるためにあえて微細に黒系を塗る。みたいな色の使い方。

「はい~。私も一条さんみたいに、的確な色を選べるようになりたいです~。と、凛々も尊敬の眼差しなのでした~」

「そ、そうかな…あはは」

 ラクガキしか取り柄の無い自分だけど、それでこんなに褒めてもらえるなんて、何だか天職みたいな気もしてきた。

「が、頑張って速く、描きあげちゃおう!」

 女の子に褒められた嬉しさと恥ずかしさで、少年は美味しいお菓子を一気に食べると、一足早く作業に戻った。

 戻りつつ。

「あ…唯さんの事、訊き忘れた…」

 と、思い出したり。


              ☆☆☆その③☆☆☆


 なんであれ、八百八十万キロもの横幅を塗るという作業を、一千万キロ以上も繰り返すワケだから、数日もするとやっぱりどうしたって慣れてくるし、慣れてくると退屈になってもくる。

 作業というモノは進行度七十%前後のあたりが一番の山。という事実は、宇宙仕事でも同じだ。

 ここを過ぎるまでが最もしんどくて、過ぎた瞬間からは、坂道を下るように、気持ちが楽になってくる。

 そういう意味では、今を頑張れば後はドンドン、楽に進んで行けるのだ。

「んん~…ちょっと姿勢も気をつけなくちゃ」

 また一列を塗り終えた舞人は、宇宙空間に停止して、全身をう~んと伸ばす。

 同じような姿勢のまま作業を進めるから、気を付けないと身体が堅くなってしまう。

「休憩に入りま~す。と、凛々は報告したのでした~」

『は~い』

 ツインのゴスロリ宇宙少女と、ビキニ鎧のお姉さんの会話が聞こえつつ、舞人はちょっと身体をほぐしてみる。

 宇宙空間でも、地に足が着いている感覚でストレッチをした。

 上半身を前に曲げて、背中を伸ばす。続いて、痛いくらいに後ろへと反る。

「んぐぐぐぐ…背中痛いけど…気持ちいいっ–わわっ!」

 背後が見えるほど背中を逸らしたら、同じくストレッチをしているアイドルたちが、吹き出しの中に見えた。

 凛々は、ついさっきまで通信で言っていた通り。休憩として、母船に向かって飛んで行く後ろ姿。

 スカートがミニだから、お尻側から縞模様のショーツが覗けていた。

 黒系のオーバーニーから覗く肌色領域の艶白が、小ぶりだけど丸くてムチムチのヒップラインと一緒になって、Hで魅惑的な覗き曲線で誘惑している。

 仄かなHの景色だけど、男子としてはドキドキだ。

 ストレッチをする優香里は、更に過激。

 舞人のように、想像の地平線を宇宙船と合わせているのではなく、宇宙絵画を天面として色を乗せていたらしい。

 座って開脚して状態を前に曲げる少女は、少年に向かって大きく足を開いた、またワリに近い恰好だった。

 優香里のスーツは、ビニールみたいに透明で、あぶない部分だけを隠したピッタリフィットの仕様だから、舞人の目には殆ど全裸でダイタンに足を開いた姿に見える。

 全身運動でスーツの素材が引っ張られているから、ツルツルのお尻は食い込み気味で、赤いパーツの真ん中は、なんと影的な縦線が入っていた。

 しかも太陽との位置関係か、股間やお尻の谷間は影になっているから、余計にギリギリな裸に見える。

「うわわっ–ゆゆ優香里ちゃんっ、そんな恰好っ!」

「? どしたの一条くん?」

 決して日常ではない光景に慌てる年頃少年に比して、アイドルは全く無自覚な様子。

 舞人の声色から緊急事態ではないと解っているらしいけど、ストレッチで硬くなった身体を伸ばす気持ち良さの方に意識が行っていて、今度は片足を掴んで更に全身を屈曲開脚。

 途端に、腰部分の赤いパーツが伸ばされて食い込み、縦の影線をより深く見せていた。

「わあぁっ–ぼ、ぼくは見てないからっ!」

 本当はもっと見ていたいけど。バレたら大変だとか、怒られたら怖いとか思い、慌てて絵画に向き直る。

「あぁ、ビックリした…っ!」

 ホ…と一息ついた舞人のバイザーに、ニヤニヤ美顔の副所長が割り込んできた。

『あらぁン、舞人くんたらぁ、元気になっちゃったぁン! みたいな感じ、か・し・ら・ン?』

「ゆっ、唯さんっ!」

 この笑顔は、今までの流れを見ていたという、Hでお楽しみな笑顔。

 慌てて取り繕う少年に対し、優香里はいつも通り。

「何々? 一条くんっ、何か面白い現象とかっ、見つけたのっ!?」

 好奇心旺盛に質問してきた。

「ぃいやっ、別にっ–特別に面白いワケじゃあっ–あぁいやっ、別につまらないっワケじゃなくてっ、そのっ–っ!」

 両掌をブンブン振って慌てる少年と、そんな羞恥姿をニヤニヤ見ているビキニ鎧のお姉さんと、ワケが解らず「?」顔のアイドル。

 更に、休憩を終えたツインテールの少女が、純真な笑顔で乱入してくる。

「何ですか~? と、凛々もお話に加わるのでした~」

「り、凛々ちゃんっ–いや別にそのっ–っ!」

 そんな、ある意味で日常的な宇宙空間のバイト風景に、急激な異変が起こった。

 最初に気づいたのは、副所長の唯。


              ☆☆☆その④☆☆☆


『みんなぁっ、ちょっと警戒よ~ンっ』

「警戒?」

「唯さん、何かあったんですか?」

 警戒。

 講義ではともかく、実践では初めて聞く単語だ。

 舞人もポニテ少女も作業を止めて、無意識に宇宙船へと振り向く。

 母船からは、休憩を終えて仕事に戻ろうとしていた凛々が、ハッチから出たばかり。

「あれあれ~、こ、こんな、時空振動~。と、凛々は慌てたのでした~」

 一見すると、慌てている様子もなくキョロキョロしているゴスロリ少女が、ツインテールで何かを感じ取ったらしい。

『時空レーダーがねン、大きな揺れを感知しているのよン。でもこれって…』

 珍しく、言葉が不明瞭な唯。

 しかもいつものように、能天気な感じは薄れ、それがかえって、バイト少年たちに、急速な緊張感をもたらしてもいた。

「唯さん、どうしたんですか?」

 宇宙船に向かおうとした少年を、唯が「ちょっと止まってン!」と、強く制止。

 約二秒ほどの無言が過ぎると、緊急事態の正体が、姿を現した。

「? 何あれ?」

 バイザーの映像に、新しい吹き出しが出現。

 吹き出しの中には、舞人たちの宇宙絵画と母船の間、三百キロの中間あたりに、小さな黒い点が確認できる。

 そして副所長の、割とあわただしい声が聞こえた。

『舞人くんと優香里ちゃんはぁ、そのまま急いで北天方向に逃げてぇンっ! 凛々ちゃんはぁ、このまま船に戻ってぇンっ!』

 いつもの唯に比べて、緊張感も激高な、強張った命令口調。

 バイトの三人で、不測の事態にいち早く対応したのは、アイドルだった。

「一条くん、こっちっ!」

 足下から高速で飛翔してきた優香里は、ボンヤリしている舞人の左手を右手で取ると、そのまま一直線に頭上方向、絵画に対して北天の方向に飛翔する。

「ゆっ、優香里ちゃんっ!?」

 初めて手を握られた少年は、緊急事態だと理解しながらも、女の子の手って柔らかくて小さいんだな、とか思った。

 向かい合う状態で手を引かれる舞人の目の前には、細くて綺麗な美脚が見える。

 しかも手を引く少女は全身ピッタリのスケスケスーツだから、足下から見上げると、裸の下腹部が、超ローアングルで見えてしまう。

 このまま見ているのも悪いと思って、舞人は慌てて、自分でも高速移動を開始した。

「あ、あのっ、もう大丈夫」

 ICスーツが反応して、舞人は優香里と並んで宇宙空間を飛翔。スーツの機能で、周りの宇宙には気流みたいな白い筋が、たくさん見えた。

 –ギュウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンンっ!

 飛行する舞人は、唯に現状を問いながら宇宙船を探し、そして予想外の光景を見せられる。

「唯さん、舞人ですっ! 一体なにがっ–うわわっ!?」

 自分たちと同じく、北天に向かって高速航行するレモネードα号。

 舞人たちとの距離は三十キロ程にまで近づいていて、しかしその空間にはなんと、黒い闇が広がりつつあった。

 バイザー内の映像では、濃紺色の宇宙空間に、黒い染みのような空間が、雷を放ちながらジワジワと浸食してきている。

 小さな宝石みたいな色とりどりの光の粒が、次々と吸い込まれてもいた。

「こ、これは…っ!」

 これとよく似た現象が、少年の脳裏を過る。

 先日に初めて見た、時空間の嵐だ。

 ツインテ少女の声が、みんなの認識を代弁する。

「ふえぇ~っ、こんなこと、あるんですか~!? と、凛々は混乱しそうになるのでした~!」

 いつもの解説語だけど、慌てているのは解るし、ここにいる四人全員が焦ってもいた。

 時空間の嵐は、物質が極めて希薄で引力の殆ど無い空間で、極々稀に発生する、珍現象だ。

 少なくとも「中型の宇宙船と縦幅一千万キロ以上もの絵画との間、三百キロの空間」なんて、宇宙からすれば引力の強い場所に発生したという事実は、これまで観測されていない。

「なのにっ、なんでここっ!? なんで発生してるのっ!?」

「ほんとだわっ! でもとにかく逃げなきゃっ!」

 このままでは、裂け目に吸い込まれた塵やガスと同じく、やがて高速で空間の穴に吸引されて、燃焼して消滅する。

 目の前の事象を理解した、好奇心旺盛な優香里も、さすがに緊張の声色だ。

「唯さんっ、コレっ、吸い込まれたらダメでしょうっ?」

『もっちろんよンっ! 二人ともそのままぁ、速度を落とさないでねンっ!』

 緊張の声色が隠せないけど、副所長は平静に努めてバイトたちを不安にさせないようにしていると、舞人は意外と冷静に、思った。

(つまり…それほど結構な緊急事態ってこと!)

 二人で速度を上げつつ、舞人はフと足下を見る。

 小さな一点だった時空間の穴は、立体的に十数キロにまで広がり続け、今や舞人たちに追い付き飲み込みそうな勢い。

『二人はそのまま直進してン。こっちで回収作業に入るわンっ!』

 迫りくる漆黒の空間から逃げながらも、足下の方向から吸い込まれるような吸引力を感じ始める。

 舞人たちの飛行速度は、既に普段の仕事より速い。

「あ、穴が近づいてきてるっ!」 

『待っててン、いますぐだからンっ!』

 高速飛翔する舞人たちと、平行航行するレモネードα号。

 母船が、速度を落とさずゆっくりと接近してくる。

 船体の横ハッチが小さく開くと、二人を掴むためのマニュピレーターが二本、ニョキニョキと伸びて来た。

『それにつかまってンっ、そのまま回収するからンっ!』

 多重関節の細い腕が、数十メートルまで近づいてくる。

 この距離だったら、このまま待っているよりも自分たちから近づいた方が速いと判断。

「いくわよ、一条くんっ!」

「うん、わかっ–ちょっ、ちょっと待ったっ!」

 一緒に接近しようとした途端、マジックハンドに異変が生じた。

 黒い空間の引力に引かれて、ガクガクと振動したと思った直後、背後に向かってグネグネと曲がり始めたのだ。

「マ、マジックハンドが…!」

 まるで、銀色のヘビが黒い何かに飲み込まれてゆくような、恐ろしい光景。

 宇宙空間だから音とかしないけど、目の前の光景からは「ギキョキョキョ」と、金属の歪むイヤな音が想像された。

『いや~ンっ、壊れちゃったぁンっ!』

 よく見ると、薄く広がる時空間の穴が、舞人たちと宇宙船の間に割って入りつつある。

 唯による舞人たち救出作業が、事実上不可能になってゆく。

 このままでは二人も宇宙船も、時空の穴に飲み込まれてしまう危険性まで出て来た。

「ど、どうしようっ!」

 ICスーツの速度は既にバイト時の三倍を軽く突破していて、ヘルメットの中の宇宙空間では背後に向かって、星々が高速で通り過ぎてゆく。

 焦燥する舞人たちに、唯からの通信。

『優香里ちゃんっ、舞人くんっ、こうなったら仕方ないわンっ! ビーコンをONして、そのまま空間から離れる方向に飛んでぇンっ! 後で絶対ぃっ、拾ってあげるからぁンっ!』

「はいっ、唯さん頼みます!」

 と即返答したのは、バイトの先輩でもある優香里だった。

 二人で、ヘルメットのスイッチを押して、ビーコンをON。

 バイトの初日に舞人たちも教わったように、緊急事態が起こったらとにかくチリヂリに逃げてでも、身の安全を図る。

 マジックハンドによる舞人たちの救出が出来なくなった以上、唯の決断は最も安全な判断である。

 何といっても、過去に観測された事のない、宇宙的に見れば引力のある超近接空間での、時空間穴の発生だ。

 例えるならば、太平洋に浮かぶゴマ一粒を、目隠ししたまま針で突いた。みたいな。

 あり得ない事態。以上の、予測も完全不可能な、もはや超異常事態。といって良いレベルである。

 広がり続ける空間から逃れる為、舞人と優香里は手を取り合ったまま、直進状態から斜め前方、空間穴そのものから離れるコースへと進路を変更した。

 時空間の穴からも、宇宙船からも離れてゆく二人。

『二人ともっ、また後でねンっ!』

 離れる二人を数秒の間見送って、ビーコンを確認すると、レモネードα号も反対方向へと離れてゆく。

 そんな眺めは、宇宙ではとても心細いんだな。と、舞人は感じた。

(なんて言うかっ…置いてけぼりにされるみたいな…っ!)

 広大な宇宙空間のせいだろうか。

 なんとなく、小さな子供がお母さんに置いてゆかれるみたいな、ちょっと自分が弱々しく感じる。

 それでも、時空の穴から距離が取れたら、吸引力が弱くなったと実感できた。

「ホ……何とか助かりそうだね」

 わずかに安堵感が出てくる。

 軽く息を吐いたアイドルは、あらためてビーコンをチェック。

 ビーコンはダブルタイマーにも内蔵されていて、使用者ごとに連動しているから、チェックするときにだけ手を放して、また握ってきた。

 あらためて手を握られると、手を離した時の空疎感みたいな感じがちょっと強く思い出されて、手を繋ぐ事に、ホっとしながらもちょっとドキっとする。

「あ…ぼ、僕のビーコンは…」

 見習って少年も、優香里と繋いでいる左手のタイマーを、右指でタッチ。

 時計面の反対側、手首側のベルトに埋め込まれた発信器が、ピコピコと点滅していた。

「ビーコンはオッケーだわ。あとは、時空間との距離を開け続ければ……ぇ…?」

 言いかけた優香里も、言われかけた舞人も、異変に気付く。

 さっき遠ざかった吸引力が、また足下から強まってきたのだ。

「な、なに…わわっ、こっちに向かって広がってるっ!」

 見ると、足の下は殆ど黒い空間と化していた。

 いつの間にこんなに広がったのか、もう宇宙船も絵画も見えない。

 アイドルも、初めての光景に息を呑んでいる。

「こ、こんな ことって…っ!」

 そして暗黒の染みは、舞人たちの方向へと、その吸引空間を急速に伸ばしていた。

「たっ、大変だ~っ! ゆっ、優香里ちゃんっ!」

 驚愕したアイドルの手を取って、舞人は更に速度を上げる。

 背中のロケットパックは、真っ白を超えた、透明な炎を吐き出していた。

 –っヒュオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォっっ!

 自分的には、そんな音で、しかも最高速。

 それなのに、背後から迫る空間の引力は、遠退くどころか更に強まってくる。

 周囲に存在しているであろう、肉眼では決して見えない塵やガスが吸い込まれていて、数十キロ後方ではキラキラと綺麗に燃焼していた。

「こ、このままじゃ…あたしたちも あんな風に…っ!」

 恐怖を抱いたアイドルが、思わず舞人の腕に抱き付く。

「ゆ、優香里ちゃん…!」

 細い肢体が押し付けられて、少年の上腕部にはプニプニの双乳がムッチュリと密着。

 ICスーツの性能だろう、暖かい体温が人工的に伝わってきた。

「ゆっゆっ、優香里ちゃんがっ…僕にっ、抱き着いている…っ!」

 腕とはいえ、初めて女の子に抱き付かれた少年は、緊急事態にも関わらず、恥ずかしさと興奮で、心臓がドキドキと早鐘状態。

 と、同時に。

(こんなに怯えて…優香里ちゃんは、僕が護ってみせるっ!)

 と、密かに強く決意をしていた。

 とはいえ、時空間の穴の吸引力は強力で、ICスーツの速度が、少しずつ下がってゆく。

「くうぅっ–もっとっ–速く…っ!」

「い、一条くんっ!」

 追いすがる闇は、もはや舞人たちを飲み込まんばかりの広がり具合で、大きな口で近づいてくる。

 いつもは非日常の事態に対して興味津々なアイドルも、さすがにそんな余裕は皆無。

 ガクンっ、と吸引の力が強く近づいたと同時に、優香里が小さな悲鳴を上げる。

「ひゃあっ–あぁ…!」

 そんな声を聴いた途端、少年の本能が刺激をされた。

 今は何をしても、優香里ちゃんを護る。

 そう無意識に強く決意をした舞人は、今まで以上に強く、意識を集中させていた。

「もっと速くっ–飛べえええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!」

 思わず絶叫すると、少年のICスーツが急激に反応。

 二人の速度が、ギュンっと上がった。

「うひゃあっ–っ!」

 かつて舞人が体験した、超加速。

 少年が背中に装着しているロケットが、ブスんとイヤな音と振動。

 その瞬間、二人のスーツが光速を遥かに超えた。

 少年たちの周囲がブニュンと縦に潰れて、時空間の嵐も煌めく星々も刹那で遠退き、同時に暗転。

 舞人と優香里は、時空間の穴とは違う暗闇の中へと突入していた。

 –っっシュウンっっ!

 そんな感じの、僅か一瞬の暗黒が終わると、また目の前には、闇。

 

              ☆☆☆その⑤☆☆☆


 光も何もない、真なる暗闇。

「……こ、ここは…?」

 見回しても、闇。闇。闇。

 光もなく、音もなく、つい一瞬前までの、必死だった高速移動の感覚すら感じられないほどの、真なる闇。

 周囲どころか、ヘルメットに触れた自分の掌すら、見えない。

「え、えっと…」

 ICスーツのヘルメット内を照らすライトアップ機能をオンにしたら、照らされた自分の掌が見えた。

 しかし自分の照明が当たっている箇所以外は、墨を流したみたいに、全て漆黒。

 まるで、真っ黒な画面に自分の掌だけをCG合成して映し出したような、ちょっとワザとらしくさえ感じるほど、照らされた掌と周囲の闇空間には、違和感があった。

「……なんか、ちょっと怖いな…あっそうだっ、優香里ちゃんはっ!?」

 ハタと思い出して、左手に細くてプニプニした、暖かい柔肉を掴んでいる事に気づく。

「優香里ちゃんっ!」

 掴んでいる細い上腕をユックリと引き寄せると、舞人の照明で、ポニテ少女のヘルメットがキラりと反射。

 バイザーを覗き込んだら、気絶している優香里の美顔が見えた。

 こういう顔も綺麗だな。とか思いつつ、少年は肩を揺すって優香里を起こす。

「優香里ちゃん、優香里ちゃん!」

 カクカクと頭を揺すられるアイドルは、しばらくすると「ぅうん……」と反応。

 ちょっと安心した舞人の視線が、少女の全身に向けられると、力なく無防備に見えるスケスケスーツの姿が、暗闇に浮かび上がった。

「んん……あ…一条くん……」

「良かった、気が付いたんだね」

 ちょっとボンヤリしている優香里は、自らもライトをつけて、周囲を確かめる。

「……なんだか真っ暗……何かしら、ここ…?」

 バイトの先輩といえど、やはり女の子なのだろう。

 不安げに少年の掌を強く握って、無意識に寄り添っている。

 無理もない。上下も前後も何もない、掌も足もどこにも届かない、見知らぬ漆黒の空間で、二人きりなのだ。

 まるで、広大な太平洋の、陸地も見えないド真ん中で、水面も海底も解らない水中にポツンと漂っているような、頼りなくて不安定な、不安感。

 こんな体験は初めてな舞人だけど、ちょっと既視感のようなものも感じていた。

(…なんか、こういう感覚って…)

 普段の空想というか、お風呂の中での空想太平洋とか、布団の中での夢想宇宙空間とか、そういう、いつもの想像跳躍に似ている。

 またこういう時に限って、余計な空想が頭を過る。

 足下が何もない。

 という不安感も手伝って、真下から物凄く大きなサメの口が、自分たちを飲み込む。とか、怖い想像。

 空想では鋭くて白い歯が並ぶ真っ赤な口が、数百メートルの大口を開けて、遥か下方から飲み込みに来る。

「ぶるる…いやいや、無いでしょ…!」

 自分の想像に身震いする少年だ。

「? どしたの、一条くん」

「あ、いや別に……っていうか、ここは…もしかして僕たち、あの時空間に飲み込まれちゃったのかな…?」

 怖い想像を誤魔化しつつ話を振ると、アイドルの答えは別だった。

「わたしの憶測だけど、それはないと思うわ。あの時空間は凄い吸収力のおかげで、穴の周囲はチリやガスが燃えるほどの超重力空間だったでしょ? もし飲み込まれていたなら、わたしたちはとっくにペチャンコの筈だと思うわ」

「な、なるほど…」

 超重力に押しつぶされて死んだわけではないから、生きている。

 だから時空間に飲み込まれたわけではない。

 という事だ。

 そう気づかされて、あらためて自分を確かめると、ペイント道具一式も、ちゃんと潰れずに身に着けている。

「じゃあ、ここは…あ」

 フと、以前の時間跳躍を思い出した。

 あの時はダブルタイマーの時間に三十分のズレが生じていて、自分が三十分だけ未来に跳躍していたのだ。

 舞人は、唯一の手掛かりとなるであろうダブルタイマーを見た。

「えっ–っ!? あれ……なんかタイマー、壊れたのかな…?」

「ホントに? ……ぇえっ!?」

 少年の言葉を受けて、自身のタイマーを見たアイドルが、更に驚愕の美顔で、舞人のタイマーも見る。

 そして、意外な事実に突き当たった。

「お、同じ時間を表示してるから、わたしたちのタイマーが壊れたんじゃないと思う…。ただ、これって…っ!」

 優香里と同じ時間を刻んでいる、舞人のタイマー。

 自分の時間を示す青い時計は、さっきバイトをしていた時の時間そのままだけど、自分以外の周囲の時間を示す赤いタイマーは、別の、見たことも無い時間を示していた。

「何だろ……ゼロコンマ、ゼロゼロゼロゼロ…。ん~、コンマの後にゼロが三十六コ続いて、そのあとに一? しかも頭にマイナス? とか出てる」

 つまり「マイナス0・0~(×36)の、最後に一秒」というのが、二人が現在いる時間だと、タイマーは教えている。

「? マイナス0・000~一秒? やっはり壊れてるんじゃ–」

 と言いかけた少年に、真剣そのものな優香里の声。

「……一条くん、覚えてない? 講義で習ったでしょ」

 両掌を添えているアイドルの顔は、緊張と、珍しく恐怖に彩られている。

 わ、弱弱しい顔も可愛いな。

 とか能天気に感じながら、舞人は言われた言葉の意味を、思い出す。

「…ああ、思い出した。たしかマイナスの時間、つまり『虚数の時間』だっけ」

 宇宙誕生についての講義だった気がする。

 時間とは、宇宙が誕生したと同時と言える瞬間に、刻まれ始める。

 宇宙が生まれる前であれば、空間そのものが存在していないのだから、時間さえも存在できない。

 我々の宇宙が誕生したのと一緒に、この世界の時間は誕生した。と、科学的には考えられてきた。

 しかし実際、宇宙観測が進歩すると、どうやらそうではないらしい可能性が出て来た。

 様々な観測データを統合して考えると、我々の宇宙は、存在しないはずのマイナス時間、つまり「虚数の時間」に誕生したらしい。という学説だ。

 宇宙が誕生したその時間こそが「マイナス十の、三十六乗分の一秒」であり、まさに今、二人のタイマーが表示している時間だった。

「ええっ、じゃあここはっ、宇宙誕生の瞬間っ!?」

 舞人たちはなんと、宇宙創造のその瞬間、時間にすると一三八億年前にまで、タイムスリップしてしまった。

 という事になるのだ。

「すっ、凄い–えっと、僕たちは今、誰も体験したことのない、宇宙が誕生しているその真っただ中にいるって事だよねっ!」

 そんな時間に、自分たちがいる。

 きっと人類…少なくとも地球人類としては、初めての快挙だ。

 興奮する少年に比して、いつもだったら興味津々なアイドルは、全く興奮していない様子。

「うん…つまりその『宇宙が始まった時間』が、このアウター時計が示している時間なんだけど…もしこれが正確だとすれば…わたしたち、これから起こる、とんでもない事の直前にいるって事にもなるわ…っ!」

 そう訴えている少女の姿が、気づくと、さっきよりも少しだけ、ハッキリと見え始めていると、舞人は感じる。

 暗闇の筈なのに、仄かに明るいような。

「とんでもない事って…あれ、なんだか優香里ちゃん、赤っぽく見えるけど…」

「それは一条くんだって–ぁあ、やっぱりっ!」

 見えるアイドルの姿は、なんというか、極めて薄暗い夕日の中みたいだ。

 しかし違和感を覚えるのは、少女の肢体に影が無い事。

 宇宙空間でのバイトの時でも、地球上とわりと同じく一方からの光で照らされているから、クッキリとはしていても影ができる。

 だからバイトの時でも、特別におかしい感じはなかった。

 でも今、目の前にいる優香里のボディーラインには、一片の影もない。

 周囲のあらゆる角度から照らされている。というよりも、何だか優香里と明かりが一緒になっている。みたいな。

「一条くんに影が無いわ…やっぱり、この空間そのものが、光り始めているのよっ!」

「? この空間が光る…?」

「あのね、一条くん…落ち着いて聞いてね。これはあくまで、わたしの推測だけど…」

 いま自分たちがいるのは、何だかわからないけど自分たちが「存在」していられる以上、確かに「空間」である事は間違いない。

「でね、ビッグバンっていうのは『限りなく大きな質量と、限りなく小さな一点が、虚数の時間に別の空間からこの空間へと生まれ出て、そして一千億分の一秒の時間で、百兆×百兆×百兆倍にまで膨張した』事を言うの」

 簡単に言えば、一瞬とない時間とか速度とか呼べない程の超絶スピードで、想像も出来ないくらいに膨張した。

 という事である。

 そう説明している最中でも、漆黒だった周囲の空間が、少しずつ少しずつ、明るくなり始めていた。

 アイドルの説明が、なんとなく解ってくる。

「えっと…つまり、僕たちが今いるこの場所って……」

「多分だけど、宇宙が誕生している、まさにその真っただ中…かな」

 周りが明るくなってゆく。

 というよりも、舞人の周りやアイドルとの間も含めた、空間そのものが、光を発している。

 何気なく一緒に時計を見たら、まだ二人はタイムスリップした時のまま、かなりの超高速で飛行しているのだろう。

 一三八億年前と仮定できる現在、周囲の時間を示す青い時計は、かなりユックリユックリ、ジワリジワリと進行していた。

 そして恐怖とは、つまり。

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