第四章 しかも謎の地下空間って


              ☆☆☆その①☆☆☆


 翌日から、三人での訓練が始まった。

 放課後に喫茶店の前で待ち合わせをして、事務所に挨拶をして屋上へ。

 黒い布を見ると、前日にずいぶんと汚れたはずの赤色は、すっかり綺麗にクリーニングされていた。

「それじゃ、練習 始めましょ」

 バイトリーダーの合図で、舞人たちは倉庫から水鉄砲を取り出して準備。布の前に昨日と同じ並びで立つと、黒き布壁に向かって色の球を発射。

「とりあえず…四角とか書くかな」

 狙ったトコロに撃ち込むだけでなく、出来れば間隔も、綺麗に均一にしたい。

 水鉄砲のグリップには、親指で操作するダイヤルが付いていた。

 このダイヤルを上下にグリグリすると、連射の速度をもっと早くしたり、逆に単発にしたりも出来る。

 更に、弾の大きさを、針の先くらいからソフトボール大まで、自由に変更もできた。

 斜め掛けにしているバッグには、別の色もセットされていて、バッグのボタン操作で任意の色にチェンジ、とかも出来る。

 両掌操作で、黒い布に様々な色の痕を付けてゆく。左から右に流しながら、弾の大きさを変えてみたり。

「そっか…球の大きさを変えたら、水鉄砲の動かし方も変えないと、色の間隔が違って見えちゃうんだよな……」

 そんな独り言に、隣で水鉄砲を操るアイドルが、逆説的な返答。

「あ、ねぇ 自分の動きに合わせて連射のスピードを変える。って方法も、アリじゃない?」

「なるほど……ちょっと試してみるよ」

 水鉄砲の操作は、慣れてくると意外に楽しい。とはいえ、一人だけまだ振り回されている少女もいる。凛々だ。

「あややややっ、きゃやややややっ!」

 反動はなくても、勢いのある噴射が怖いらしい。

 両手で構えて目を閉じて連射しているからか、昨日と同じく一ヵ所に撃ち続けていて、布の一点に色の山を形成しつつあった。

「あはは…なんであれ、シッカリ見ていないと狙えないと思うよ。あ、そうか…倉庫に水鉄砲があったんだから、もしかしたら」

 少年は倉庫に駆け込むと、中を調べる。

 いくつかの箱を探したら、目的のモノを発見。二つ手に取り、ツインテール少女の元へ。

「はい、凛々ちゃん。このゴーグルを着けてみたら?」

「え…わ、ありがとうございます~。と、凛々は心から感謝したのでした~」

 言いながら、ひょうたん型のクリアゴーグルを装着した凛々。

 それだけで結構な安心感を得たのか、少女は真っ直ぐ目標を見ながら、色の球を発射し始めた。

「それそれ~っ。と、凛々は舞人さんのおかげで、メキメキ上達していったのでした~」

 メキメキかどうかはともかく、ちゃんと狙って連射が出来るようになったあたり、これまでよりもずっと良いだろう。

 もう一つのゴーグルを、隣ので安心している様子のアイドルに渡す。

「はい、優香里ちゃんも」

「え…あ、ありがとう」

 男子として当たり前の気遣いで手渡したら、優香里は少し恥ずかし気に慌てた様子で、受け取った。

 今日の訓練から渡されていた新しいアイテムが、しばらくしてピピピっと軽い機械音で、四十分の時間経過を告げる。

 舞人たちが左腕の手首に装着しているのは、文字盤が二つの不思議な時計。

 手渡してくれた唯によると、名前は「ダブルタイマー」と、ちょっと格好よさげ。

 デジタル時計なのに、オールディな文字盤を超高画質と高画素で表示しているシステムで、二つの文字盤はそれぞれ、赤色と青色で、表示の色分けがされていた。

 せっかく文字盤が二つも付いているのに、どちらも同じ時刻を表示している、謎アイテムである。

「四十分経ったわね。それじゃ、トランポリン 仕舞いましょ」

 バイトリーダーでありバイト先輩でもある優香里は、この時計に慣れているらしい。受け取った時も、特に珍しがることも無く、手首に巻いていた。

(こんな珍しい時計、面白がってたの 僕と凛々ちゃんだけだったな)

 つまり、凛々も初めて見たのだろう。

 水鉄砲を物置にしまって、続いてトランポリンを出す。トランポリンの訓練は、昨日とほぼ同じ。

 舞人は高く高くジャンプをして、優香里はスカートの前と後ろをキッチリと押さえて、凛々はコケたり転がったりして弾んでいた。

 それにしても。と、少年は思う。

(今日もトランポリンがあるって、解ってたはずなのに……優香里ちゃん、ミニスカート…!)

 制服とはいえ、スカートを抑えるくらいなら、ジャージとかの方が良いのでは。と言うか、普通だったらそうするだろう。

 そんな事を考えている少年の視線に気づいたのか、優香里がちょっと頬を染めて注意。

「あ、一条くん 何かジっと見てる。エッチ」

「あわわっ–いやそのっ、ていうかあのっ–」

 イヤらしく鑑賞していたワケではないけど、誤解されても仕方のない状況だ。

 とはいえ、勘違いされたままなのもイヤなので、トランポリンで跳ねながら、思い切って、考えを口にしてみた。

「あの…トランポリン するなら…ジャージとか、の方が、いいんじゃ ないかなって…」

 と言ってから「それもそうね」とか「明日からジャージにするね」とか言われて、両美脚をガッチリガードされるのも、ちょっと寂しい。

 とか思ったら、アイドルの答えは違った。

「あぁ~、ぅん…そうなんだけど~……わたしの場合? どっちでも大して変わらない と言いますか~……」

 わかりやすいくらいバツが悪そうに、視線を逸らして歯切れの悪い返答。

「ま、まぁ、うん…その辺りは気にしないでね、あはは」

「? う、うん……」

 明日からジャージ、という残念な結果にならなかったのは、良かった。

 とか思いつつ、ジャージでもスカートでも一緒という意味は、サッパリ解らなかった。

 再び四十分が過ぎて、タイマーが鳴る。

 トランポリンを収納すると、三人は唯に挨拶をしてから、一階の喫茶店へ。

 昨日のテーブルに着いて、並びも昨日と同じ。舞人と凛々が並んで座って、前の席にはアイドル。

 今日は優香里が、イマジネーションのお題を出した。

「そうね……ここにいながら、自分の部屋を想像してみた」

「自分のお部屋ですか~。と、凛々は想像するのでした~」

 少年も目を閉じて、自分の部屋を想像する。頭に浮かんだのは、ドアを開けた辺りからの眺めだ。

(右側には机があって、向かいの壁には窓……窓もカーテンも開いてて、外は晴れてるな。左にベッドがあって……)

「部屋が思い浮かんだら、何かアクションを起こして。座るとか寝っ転がるでいいから」

 アイドルの言葉を受けて、舞人は想像の室内を歩く。決して広くはない自室で、数歩と進まず、椅子を引いて腰かけた。

 腰を下ろすと、小学生のころから使っている椅子は、ちょっとギシギシいう。

「んしょ……」

 想像の自分と現実の自分がシンクロして、思わず言葉が漏れた。ついでに座る場所も、微妙に調整したりしている。

 全部、無意識の行動だ。

「凛々のベッド~……あぁ、凛々は今朝、シーツとタオルケットをママにお洗濯して貰ったのでした~」

 とか報告しているホンワカ少女。

 それでも転がったベッドは気持ち良いのか、目を閉じた笑顔は蕩けそうなほど、幸せ感に溢れている。

 そんな想像訓練をしていたら、タイマーが三度目の時間報告をくれた。

「あれ、もう四十分たったんだ」

 時計を見ながらつぶやいたら、すぐ近く、耳元でお姉さんのささやきが。

「はぁい。お・じ・か・ん・でぇす。うふふ♡」

「ぅわっ–ゆ、唯さん…!」

 ハッキリ言って、耳元で女性の優しくてセクシーな声とか、年頃の少年には刺激的すぎる。

 言葉の内容に関わらず、色っぽくて生々しくて、心臓がドキドキと高鳴りをさせられた。

 驚かされて真っ赤になる少年をヨソに、イタズラなお姉さんもテーブルに着く。

「それじゃあン、ココからは新しい研修科目ねン。水鉄砲とかが『実技』だとすればぁ、そうねン…これからするのは『講義』みたいなモノかしらン」

 講義という事は、何か授業みたいな事をするのだろうか。今日から新しい訓練メニューである。

「講義ですか…あ、今ノート 出します」

「あらン、そのまま聞いてくれれば良いのよン。理解するよりもぉ、頭のドコかに残ってくれていればぁ、それで・良・い・か・ら♡」

 と、ウィンクをくれた。

「? 頭に残っていれば、いいんですか…?」

 当然の疑問に、アイドルが笑って教えてくれる。

「っていうか、どのみち わたしたちには原理とか理解できない話だから。難しい事で悩んで立ち止まっちゃうよりも、なんとなく『ああ、そんな事なんだな~』みたいな感じで頭に残っていた方が、色々とスンナリ行くってワケよ」

「そ、そうなんだ……」

 といいつつ、舞人には何のことだか、サッパリわからない。

 でも、それで良いらしい。

 頭のカラーボールをヨラヨラさせながら、お姉さんの講義が始まった。


              ☆☆☆その②☆☆☆


「えぇとねぇ…まずはそうねン、コレ『超越概念論』から、イってみましょうンっ!」

「ちょ、超越…?」

 楽しそうな言い方で、初めて聞くナゾの理論。

「えっとねぇ。物理学的な相転移、たとえばぁ、ウン。水が蒸発すると水蒸気になる。水蒸気が冷えるとまた水になる。とかねン。ああいう『そのまんま』的な転移だけじゃない。っていぅう、今現在の地球感覚で言うとそうねぇ。んん…、ウン、スーパーナチュラル的な感じン? でもそういう不思議系じゃなくてぇ、ちゃんとした学問なのよン」

 今の時点で、もう何のコトを言っているのか解らない。

「もっのすごぉおっく、かいつまんで・言・う・と・ねぇ、きゃ、摘まんでだって、エッチぃ。人間の身体がぁ、物体から純粋なエネルギーの思念体になっちゃったりぃ、逆に思念体から肉体に戻る相転移現象。っていうのが、あるのねン」

「………はい………」

「まあ、まだ地球上で出来る人間が滅多にいないからぁ、とても現象とか事実としてはぁ、認められていないんだけどねン。だから今のところぉ、地球的には『学』じゃなくて『論』・な・の・よ・ン」

「………はい………」

「もっと解りやすく言うとねン、んんん…いっちばぁん近いのはぁ、修行したお坊さんのぉ、悟りの境地? みたいな感じ、かしらねン」

 とにかく聞いていたけど、やっぱり解らない。

 っていうか、何を伝えているのかすら、解らない。

 しかし意外な事に、少年に向かってアイドルが、キラっキラしたまなざしで、熱く何かを期待している。

(う……今の話をどんな風に理解してるのか…みたいな視線…)

 頭の中が「?」でいっぱいだけど、少年はお姉さんの言葉を必死に思い出して、何とか言葉に変換する。

「えっと…とにかく、肉体という物質が、純粋なエネルギー…この場合は心とか、ですか? になるとか…その逆の現象もあり。とかっていう事…ですか…?」

 ひねり出した答えは、どうやら正解だったらしい。

 唯も優香里も、両掌を合わせて喜んでいた。

「あぁあン、そ・の・と・お・り・よン♡」

「すっご~いっ、一条くん、すぐにそんな理解が出来たんだ~っ!」

「えっと…どぅも…あはは…」

 言われた言葉を繰り返しただけ。しかも言った舞人にもよくわからないけど、そういう事らしい。

 そして意外な事に、この難解な講義を、凛々が更にスンナリと理解していた。

「あれですよね~。アインシュタインさんが、相対性理論の中で仰っていた『物質とエネルギーは状態が違うだけで同じモノで、ただ物質をエネルギーに換算すると膨大な値が算出されますけれど、状態を変換するときに殆どのエネルギーが失われるのが普通だから』と、ここまで解いたのが相対性理論であって、対して『それらを自分自身に於いてのみ、エネルギーロス無しで完全なる相転移まで出来るのは、知的生命体のみである』というのが、超越概念論ですよね~。と、凛々は答えたのでした~」

「………は………?」

 少年に向かって、丁寧に解説してくれたらしい。

 しかし理解できる出来ない以前に、こんなシッカリとしているらしい内容を、見た目ノンビリしていてトランポリンも上手く飛べない童のような少女が、こんなに詳しく解説している事のほうが、驚きだ。

 アインシュタインとか登場してたし。

 そんな凛々を、唯はサラっと受けとめている。

「うン、さすが凛々ちゃんねン。基礎は出来ているみたいねン」

「はい~。凛々たちの場合、必修でした~。と、褒められて嬉しい凛々でした~」

 嬉しそうに両頬へと手を添える凛々。舞人はただ唖然としてしまった。

 そんな感じで四十分の講義が終わると、唯に腕時計を返して、今日の訓練は終わり。

 時計はまた明日、訓練の時に借りるのだ。


              ☆☆☆その③☆☆☆


 今日は朝から雨。

 舞人は放課後、喫茶店の前で傘をさしたまま、優香里たちを待っていた。

「今日は屋上での訓練 無しかなぁ」

 トランポリンの時の、スカートを押さえたポニテ少女の姿とか、それでも意外と見える腰の横とか、見れないとちょっと残念。

 なんて想像をしていたら、二人がやってきた。

「お待たせ~。さ、今日も訓練、がんばろ~ね」

「え……でも雨だよ」

 この雨の中、屋上で傘をさしてトランポリンを飛ぶのだろうか。

「あ、そっか。屋上いがいでの訓練、一条くんは初めてだっけ」

 そう言って楽しそうに笑ったアイドルを先頭に、三人は事務所に向かう。

 この雨の日、舞人は更に新たな事実と出会う。

 一つは人物。一つは構造物。そして最後は、優香里に関する意外な真実。

 事務所へ挨拶に入った三人は、最奥の所長席に座る人物に気が付いた。

「あ、所長さん こんにちは~」

 アイドルが元気に、そして親し気に挨拶。

 続いて入室した凛々は、ちょっと驚きながらもペコりと頭を垂れて、挨拶をする。

「まあぁ~。初めまして、私は古里凛々です~。と、凛々はご挨拶をしたのでした~」

 二人の行動に、入室前の舞人も、所長さんが来ているんだなと自然に理解。

 凛々に続いて事務所の入り口を潜ると、初対面の上司に挨拶をする。

「は、初めまして。一条舞人と……いい…ます……」

 緊張のお辞儀から頭を上げると、所長の席には、着ぐるみが腰かけていた。

(……きぐるみ…?)

 意外すぎる光景に、少年の頭は一瞬、軽く思考停止。

 事務所で一番偉い人の席に座っているのは、二頭身くらいの、でも立ち上がると普通の成人男性よりも高い身長がありそうな、着ぐるみ。

 全身の上半分を占めている頭部は、デフォルメした足の裏みたい。というか、着ぐるみとして作られた足の裏キャラにしか見えない。

 よく見ると、薬指には金色の指輪らしき装飾品が付いていたりする。

 五指の付け根の膨らみ部分には、二つのまんまる目玉があった。黒い部分が中心で小さいため、真正面を見てボンヤリしている感じ。

(なんで着ぐるみ? っていうか、二人とも挨拶してたし。っていうか、デザイン的に足の裏の着ぐるみって……)

 停止状態から回復した思考は、色々な疑問しか出てこない。

 そんな少年に、足の裏着ぐるみが、ご挨拶をくれた。

「やぁ、優香里くん 訓練ご苦労様。それから凛々くんに一条くん、初めまして、私がこの事務所の所長、アシウラーです」

 着ぐるみさんは、愛らしい外見からは予想も出来ない渋くてダンディーな声。さりげなく掲げた短い掌とか、ちょっとしたしぐさにも、大人の余裕を感じさせる。

 しかも着ぐるみなのに声がこもっていないとか、どれだけ高性能なスピーカーを取り付けているのか、とか、少年はちょっと思う。

 呆気に取られている舞人に、ダンディーな足の裏は、優しく笑った。

「初対面だと、驚いても無理はない。まだ慣れていないだろうからね。まぁ 凛々くんはともかくとして、最初から嬉しそうだったのは、優香里くんんらいだろうからね。ははは」

 楽しそうに笑っているけど、表情には全く変化なし。

 感情とかよくわからない視線だし、しゃべっているけど口らしきモノは見当たらない。

無い口から発せられる心地よいダンディー・ボイスで「唯くんは今日は、報告書のまとめで本社へ出向しているんだ」と、事務所にいない理由を教えてくれた。

(いや…それよりも、所長さんが着ぐるみ着てるって…なんだか……)

 それで素顔も見せないとか、正直、ちょっと引き気味な舞人だ。

 そんな少年をヨソに、アイドルは普通に話している。

「所長、今日は雨だから 地下での訓練になります」

「あぁ、了解だ。操作方法は、優香里くんは知っているよね?」

(優香里ちゃん、特に気にせず話してる…)

 ひとしきりの許可を貰って、腕時計を受け取った三人は、挨拶しながら事務所から退室。

 舞人もお辞儀をしたら、着ぐるみの所長さんは、クールに指を振って返事をくれた。

 優香里が、廊下を挟んだ向かいの扉を開く。

「あの、所長さんって、いつもあんな着ぐるみ…ん?」

 開かれた扉の光景は、いつもと、そしてこのビルの雰囲気とは、異質だった。

 大きさは標準的だけど、黄金の、ピッカピカな扉。ただ有機的な艶々というだけでなく、うっすらと光ってもいた。

 操作ボタンらしき場所にも、七色のタッチパネルが取り付けられている。

 なんというか、四階建ての手狭な雑居ビルには似つかわしくない、まるで昔のSF映画みたいなエレベーターだった。

(なんか…不自然に異質っていうか…?)

 初めて見るエレベーターが開かれると、壁も床も、面そのものが銀色に輝いている。

「さ、乗って」

 アイドルに言われて、やや緊張しながら乗る。乗り心地はごく普通に、安心安全なエレベーターだった。

 いろいろな疑問が頭に湧く少年は、動き出したエレベーターの中で、思い切って訊ねてみる。

 何で所長さんは着ぐるみを着ているの?

 このエレベーターってなんか変わってない?

「あの…所長さんって…あの人…」

「あ、アシウラー所長? 優しくて良い人よ~」

「私も、一目見てそれは感じました~。と、凛々は納得をしたのでした~」

 バイトとして慣れている優香里はともかく、初対面の凛々も、言葉通りに納得している様子。

 疑問に思う自分の方が、もしかしてどうかしているのだろうか?

 現在は地下二階とか三階とか、と思いつつ、階層を表示するモニターを何気なく見る。

「このエレベー…えっ–地下三十階っ!?」

 チン、と軽い電子音が、到着を知らせる。

 黄金の扉が左右に開くと、目の前は、長い廊下の白い「山」字路だった。

 エレベーターから伸びる直線の正面通路と、左右にも同じく前方に伸びる通路の、三本の道が確認できる。

 まるで未来か古典SFみたいな、予想外の光景に、少年は質問そのものを忘れてしまった。

「地下に到着~」

 アイドルは当然のように告げると、二人を連れて、正面の通路をそのまま進む。

 あのビルの地下、しかも地下三十階とかあって、こんな通路まである。

 なんというか、ジオフロント。

「地下三十階? あのビル? ホント?」

 近年になってようやく、駅前が開発され始めたばかりな県境の田舎町の地下だとか、とても思えない環境。

 上京したてのお上りさんが渋谷のスクランブル交差点を初体験しているが如く、ついキョロキョロしてしまう。

 突き当りの扉を、優香里が平然とボタン操作で開けると、今度は広い広い地下空間に出た。

 通路では三人の足音や声しか聞こえなかったのに、扉が開いたら、何だか重低音が聞こえてくる。

 金属らしい壁が左右や天上の遠くに見える広い地下世界で、それなりに大きな音が響いていた。

「こ、こんどは…こんな、広い…!」

 天上までの高さは、十階分ほどだろうか。

 全体的な広さもドーム球場みたいだけど、空港の飛行機用ドッグのごとく、三階建てのビルとか様々な設備棟らしき施設が伺えた。

 そしてその、ドッグらしき空間の中央には。

「あれ……ひ、飛行機…いや、シャトル…?」

 巨大な飛行機らしき、黄色い構造物が横たわっていた。

 スペースシャトルよりも一回り大きいっぽい機体は、シャトルのそれにしてはミョーな姿。

 機体の前半分は、大きなレモンを横にした、みたいな楕円形で、先端には別パーツ丸出しな、尖った白い機首が付いている。

 天面には、何やら潜水艦のてっぺんみたいな、やはり白い突起物。

 後ろ半分は、前半のレモンと同じくらいの大きさの空き缶を着けました、みたいに、太い筒状の胴体が見えた。

 レモンからは左右で四本のパイプが、後ろの胴体部分を包みながら、更に後方へと延びていた。

 最後部は、機械の壁に収納されているらしく、見えない。

 缶みたいな胴体には、垂直翼っぽいモノと、大きな主翼と思われるパーツが左右に見てとれた。

 建造物は、先端らしき箇所から機械の壁まで、だいたい六十メートルくらいか。

 高さは、黄色い本体だけなら二十五メートルほどで、突起部分を含めると、六メートルほどプラスされるかもしれない。

 全体の幅も、翼みたいなパーツを含めると、だいたい五十メートルくらいに感じられた。

「こ、これって…」

 何と言うか、間違いなく、見たことも無い空飛ぶ乗り物に見える。

 人影はないけど、アチコチで小さな火花が見えたり、それなりの騒音や機械音が聞こえたりして、何やらSFメカのメンテナンスっぽい作業中を想像させられる。

 あまりに非日常的で、しかしアニメとかを思い出して懐かしいような、そういう別世界に迷い込んだみたいな気分だ。

 慣れているらしい優香里は、件の構造物をチラとも見ないで、奥へ向かって歩を進める。

 初めて見たであろう凛々も、歩きながら「まぁ」程度。

「一条くん、コっチよ」

 笑顔でそんなふうに気軽に呼ばれて、慌てて後を追った。あまりに気にしていないアイドルたちに、舞人はまた「不思議がってる自分がおかしいのかな?」とか思えてくる。

 目的の場所は、どうやらこの空間の隅っこ。優香里がボタンを操作すると、黒い布とトランポリンが出て来た。

「え……こんなトコにも 布とトランポリンがあるの?」

 少年の驚きに、アイドルは何のことも無く答える。

「雨の日対策らしいけど、他に設置できる場所が無かったんだって。でもここ、それなりに騒音してるでしょ? だから普段は、屋上とかで訓練するワケ」

「なるほど……」

 よくわからない設備だけど、設置理由だけは納得。舞人たちは、この日初めて、トランポリンをしながら水鉄砲という、難易度の高い訓練をした。

 でも。

(地下三十階で、ナゾの地下空間で、ナゾの飛行物体らしきモノがある空間で…なのに、その隅っこで水鉄砲を撃ちながらトランポリンをしている僕たちって……)

 とてもシュールだと思うけど、アイドルは相変わらず、水鉄砲の手でスカートを押さえながら、ジャンプの頂点だけで水鉄砲を連射。

 凛々は相変わらず、跳ねて転がりながら連射している。

「きゃややっ–えいえいっ!」

 トーーーン、トーーーン、と跳ねながら、色々と腑に落ちない舞人だった。

 間に五分の休憩を挟んでの、六十五分の訓練を終えると、三人は地上へと上がってくる。

 エレベーターに戻る時も、少年の視線は黄色いナゾ飛行体に釘付けだった。

 所長さんに挨拶をしてから喫茶店に向かうけど、アシウラー氏はやっぱり着ぐるみ。

 喫茶店に入って、いつもの席に座る。

 これからいつものイマジネーション訓練だけど、少年は地下の事を、もう一度だけ訊ねた。

「あの、さっきの地下のって……」

 地下三十階とか広い空間とか、飛行物体にも見える構造物とか。

「あぁ、アレね」

 教えてくれる。かと思ったら、アイドルはニマっとイタズラっぽい笑顔。

「何だと思う? 丁度いいわ、今日のイマジネーションはソレでいきましょーっ。さっきの地下空間から地上を想像してみて!」

「え…そう…う、うん…」

 とか、貰えない答えにガッカリしつつも、素直に目を閉じる舞人と凛々。

 お題を想像しながら、ついさっき間近で見せられたイタズラ笑顔も可愛い~。とか思った。

(あ、あんな可愛い顔も、初めて見た)

 イマジネーションの間、舞人は地下空間への疑問などすっかり忘れてしまっている。

 四十分のタイマーが鳴ると、今日の訓練は終わり。本来なら唯による難しい講義があるのだけれど、今日は休みだ。

 いつものドリンクを注文しながら、講義がない事にちょっとホっとしている舞人。

「何か難しい話ばっかりで、正直、理解とか全然できてない気がするよ」

 昨日までに習ったのは「超越概念論」のほか、普通の心理学やら量子論やら、更に「宇宙行動学」とか、聞いたこともない「アルーラの法則」とか。

「たしか心理学では…えっと『目の前で起きた不可解な事実に納得できる理由を付けたがるのは、真実を知りたいという探求心ではなく、自分の心が安心したがるからであって、安易に判断を誤らせるよりは、目の前の事実をただ事実と受け止める事も、時には何よりも身を護る大切な認識である』だっけ…?」

 この数日間で、色々と難しい話を聞かされている。

 それがどのくらい、イラストのバイトに役立つのかとか、サッパリ解らない舞人でもあった。トランポリンもだけど。

 少年の素直な告白に、先輩であるアイドルは、ちょっとドヤ顔。

 やっぱりキラキラしていて、とても可愛い。

「まぁ、あの辺を いわゆる勉強として理解するのは、今のわたしたちには無理だと思うわ。わたしだって、知識としては理解してるけど、その原理とかまで説明できる程ではないもの」

「え、そうなの?」

 ちょっと意外な答え。ポニテ少女の言いたいことを、凛々が細くする。

「簡単に言うとですね~。『1+1=2』って、知っている事が大切なのでして~、あえて『1と1を合わせたから2』と説明できる必要はない。という事なのですよ~。と、凛々は説明できたのでした~」

「そう。つまりね、理由を知らなくても事実さえ分かっていればいい。っていう事なわけ」

「……ふうん……」

 よくわからないけど、現時点で舞人が理解している事で必要十分。という事のようだ。

 アイスコーヒーを飲みながら、更に質問。

「あのさ……所長さんって、いつもああなの?」

「ああって?」

「なんて言うか、その……着ぐるみ?」

 一応、失礼のなさそうな範囲で気遣いながら、ズバリ尋ねる。

 と、アイドルもズバリと答えてきた。

「あははは、着ぐるみじゃなくて、見たまんまの ああいう人よ」

「……は…?」

 なんだろう。自分の耳がおかしくなったのでなければ、からかわれているのだろうか。

「アシウラーさんでしょ? あの人は、カカトオトッシー星人だから」

「か、カカトオトッシー…? 星人で…アシウラーさん…?」

 アイドルは平然とした美顔で、冗談みたいなことを言っている。

 疑問符というか、どうリアクションして良いのか解らない舞人に対し、元気に手を挙げた凛々によって、更なる困惑材料が放り込まれる。

「はい~。ここだけのお話なのですが~、実は凛々も~、なんとテレパシスター星人なのでした~っ! 地球での名前は古里凛々ですが~、故郷の惑星では『リンリンプルリー』と発音される名前なのです~っ! と、凛々は衝撃の秘密告白をしたのでした~!」

「…てれぱ…シスター星人…?」

「はい~、テレパシスター星人です~。凛々はパパのお仕事で、地球の学校に転校してきているのです~。と、更に説明をしたのでした~」

 どうやら衝撃の告白らしき言葉に、優香里が乗っかる。

「あら、話しちゃっていいの? ん~…でもまぁ、一条くんだったらオシャベリじゃないだろうし。黙っててくれるわよね」

 などと、真正面からキラキラの眼差しで見つめられてしまった。

(う、大きな瞳が輝いて…!)

 アイドルの目配せを頂いた少年は、心臓がドキっと高鳴る。

(そ、そうか! 二人は仲がいいから…きっと二人して僕をからかって楽しんでいるんだ)

 とか思って、二人とも可愛いなぁとか感じながら、極上美顔の真正面を貰った事や、たとえイタズラでも秘密を共有した事に、ちょっと嬉しさを感じていたりもした。

「う、うんっ。もちろん 誰にも言わないよ!」

 そもそも、言ったトコロで「何いってんのテレパシスターとかお前バカじゃねアホなの?」とか、笑われるだけだろう。

 そういえば、副所長の唯も、頭に二つのボールをユラユラさせてるっけ。

 そう考えて、少年の頭にパっと閃いた。

(もしかして、バイトって…人形の着ぐるみショーとかで、ショーのメインとして絵を描く。みたいな感じなのでは…!)

 唯も凛々も役になりきっている。とか考えると、納得いく部分もある。

(そうだそうだ…あれ? それじゃあさっきの地下とか、乗り物みたいなアレ

とかは…?)

 セットにしては巨大だし、そもそも運び出せない気しかしない。

 まだ考えている少年に、アイドルが天井を指して告げた。

「とにかく、あと数日で本番だから 楽しみにしててねっ!」

「う、うん…」

 言っている本人が、一番楽しそうなニコニコ笑顔。

(本番って事は、やっぱりトランポリンとかでパフォーマンスしながら絵を描く着ぐるみショー…って感じなんだ)

 答えが解ってホっとした。


            ☆☆☆その④☆☆☆


 なんであれ、アイドルと一緒にバイトできるのは楽しみ。

「それじゃ、今日は解散しましょ。事務所に時計、返してこなきゃ」

 そう言われて、何気なく腕時計を見たら、オシャベリだけで十分以上が過ぎていた。

「あ、もうこんな時間っ。わたし、見たいアニメがあったんだった!」

 と、慌てて立ち上がった優香里。

 そして舞人は、人生で一度も見た事のない光景を目にする。

 教室でも見たことのない、慌てて立ち上がる優香里。

 それだけなら、ちょっとはありそうな光景。

 立ち上がって、ミニスカートの下からは、スラリと延びた艶々の腿が見える。

 まあまあ良くある光景、そして一瞬、目を奪われた、次の瞬間。

 スカートの中から、純白のなにかが、スルりと滑り落ちた。

「–?–」

 予想どころか、思考の中には全く存在しない出来事に、一瞬だけ、舞人の脳が停止。

 自身に起こった異常にアイドルが気づいて、愛らしい美顔が、急速に紅葉色へと染まった。

「っ–っひゃっ–っ!」

 舞人の視界が捉えた情報を、伝達された脳が整理して理解した結果、いま見えたのは。

 優香里ちゃんのパンツが脱げた。

「………えっ–っ!?」

 ポニテ少女が、慌ててスカートを押さえる。

 その光景は、まるでスローモーション。

 隣では凛々が、ホンワカと驚いて優香里を見ていた。

 信じられないどころか、いま見た光景が本当の事なのかすら、動転した少年の理性は理解が出来ない。

 年頃の男子にとって、女の子の下着はそれだけで、心臓ドキドキものだ。更に目の前で、スカートに隠されていたとはいえ、脱げた。

 スカートを押さえる優香里だけど、つまりその下は今、ノーパン。

 脱げたショーツはといえば、テーブルに邪魔されて見えない。

 想像の中では、膝あたりに引っかかっているのだろうか。

 抑えられたスカートに視線を奪われていると、優香里が真っ赤に染まった顔を上げる。

「………見た…?」

「………あ、えと……ご、ごめんなさい…っ!」

 女の子の大変な瞬間を見てしまった。

 どう答えて良いのか解らず、反射的に素直に土下座。

 とりあえず男子の本能というか、女子の恥ずかしいトコロを見てしまった事に対しての、率直なお詫びが出る。

 椅子の上で土下座しながら首を垂れる意外と器用な舞人に、優香里はストんと座り直して下着を直しつつ、呟いた。

「だ、誰にも話しちゃ ダメだからね…っ!」

 ジロと睨んで釘を刺すも、羞恥したその表情も愛らしくて良い。と少年は思う。

 困っている風な優香里の空気に、ツインテールの少女が、少女なりの助け舟を出す。

「優香里ちゃんは~、とってもと~っても~、お肌スベスベ体質なのです~。と、りり–わぷ」

「凛々っ…!」

 友達の口元を押えて、解説語に割って入るアイドルだ。

 そもそも解説をされても、少年には疑問しか湧かない。

「スベスベ…?」

「う……」

 アイドルは、ちょっと観念した様子で、ため息を吐いた。

「絶対、ぜ~ったいにっ、誰にも秘密だからねっ!」

 と、更に念を押して、話してくれる。

「私ね~、子供のころからすっっごく、お肌がスベスベなの。それもね、ただスベスベ~とかなんじゃなくて、今みたいに普通に立ち上がっただけで、下着がスルっと落ちちゃうくらい、お肌スベスベなのよぅ。しくしく」

 恥ずかしがりながらも、もう諦めました。みたいな涙笑みで告白をするアイドルだ。

「だからね、教室とかではすっごく、すっっごく、気を付けて、椅子から立ち上がる時もなるべくゆっくりなワケ。教室でパンツが落ちたらっ、恥ずかし過ぎるでしょっ? 一条くんもそう思わないっ?」

 なんだか、溜まっていた不満を吐き出すかのように、逆に生き生きと話す優香里。

 隣で座る凛々はニコニコと平気で聞いているけど、思春期な少年は、そうはいかない。

「そ、そう…なん だ…」

 平静を装っているものの、心の中は興奮でいっぱい。

(な、なんてことっ! 優香里ちゃんのパンツが、落ちる…っ! いつもなのかなっ…ああっ、そういえば、この間の待ち合わせの時も…っ!)

 舞人が面接を受けた日、喫茶店で待ち合わせをした優香里が、立ち上がったと思ったら真っ赤になって座った事を、思い出した。

 あの時は何だかわからなかったけど、今の説明で納得。

(これがっ、あのとき言ってた「パンすと」なのかっ! 優香里ちゃん、あの時も立ち上がってっ、下着が落ちたんだっ!)

 なるほど「パンツがすとんと落ちる」から「パンすと」。

 更に、トランポリンの時にもガッチリスカートを押さえていた事とか「スカートでもジャージでも一緒」と言っていた意味も、理解が出来た。

(……確かにトランポリンとかしてたら、スカートでもジャージでも……)

 頭の中で、ジャージ姿でトランポリンをしていて着地と同時に下が脱げる優香里を、思わず想像。

 更に別の可能性も妄想。

 とか無意識にしていたら、思わず口から出ていた。

「すっ、すごすぎるっ!」

 そしてバレる。

「一条くん、なに想像してるのっ?」

「ハっ–い、いえ別に…っ!」

「う~…まあ、一条君のこと、信用してるけど!」

 と、赤面なジロ顔になったアイドルは、開き直ったような愛らしい笑顔で、更に意外な事まで話してくれた。

「実はわたし、このスベスベすぎるお肌を利用して、ちょっとした特技を持ってるの。一条くん、何だと思う?」

「え……スベスベ体質を生かした特技? う~ん……」

 なんだろう。真面目にしばらま考えるも、常識的な事しか思いつかない。

「額にクッキーを乗っけて、手で触らないで口まで滑らせる。とか……逆立ちして足の裏に乗せたクッキーを口元まで滑らせて食べるとか…あ、ペン回しが超高速。とか?」

「ブっブ~。はずれ~。っていうか、逆立ちクッキーて何? あはは」

 言いながら、楽しそうな笑顔がキラキラと愛らしい優香里だ。

 降参した少年に、アイドルはゆっくり身を乗り出すと、ヒソヒソ話よろしく、耳元で囁いた。

「お風呂に入る時にね、ジャンプするだけで手を使わないでパンツ脱げるの。それとか、お風呂から上がったら、手を使わないで足を動かすだけで、パンツ履けたりとかできるの」

「っ–っ!!」

 衝撃的な告白。

 少年の赤面驚き顔に、アイドルは勝利みたいな可愛いドヤ顔だ。

 思わぬ答えに、少年の脳裏には、けしからん妄想ばかりが浮かんでは消える。

 脱衣所で裸になる優香里。手を使わずにパンツを履く優香里。

 ピョンと跳ねたら即全裸。

 更に、両脚を動かすだけで下着を履くとなると、きっと大胆に裸で開脚とかとか。

「ホ、ホントにっ–っ!! え、えっと……そ、そっ、っそれはっ…す、すごす–すごいっ…ねっ!」

 想像とかして真っ赤になって、それしか言葉が出なかった。

 しかし優香里は、褒め言葉を貰っただけで十分に嬉しい。みたいな笑顔。

 今度はユックリ立ち上がると、三人は事務所に時計を返しに行く。

 喫茶店前で解散するとき、アイドルはまたイタズラっぽく告げる。

「パンツって柔らかいからさ、これが意外と誰にでも出来る特技じゃないのよ。良かったら、こんど見せてあげよっか」

「えっ–!!」

「なんてウっソ。あはは。じゃ、また明日ね~」

「それではまた明日です~。と、手を振る凛々でした~」

 笑顔を残して去る、二人の少女。

「ま、またね……」

 冗談とはいえ、女の子って結構、罪だ。

 しかし今度こそ、アイドルと秘密を共有してしまった舞人。

「……な、なんて言うか……僕は、ちょっと特別扱い? みたいな…?」

 なんて考えると、余計に嬉しい。帰宅する足もなんだか軽やか。

 この夜、少年は色々な事を想像してしまい、なかなか寝付けなかった。


 舞人たちが訓練を始めてから、ちょうど十日。

 その間、トランポリンも水鉄砲も上達し、更に相対性理論や宇宙論や宇宙心理学や量子論、そして物理量子論とかいうのを習った。

「え~っと…『量子跳躍の力場定数に物質の質量をかけて、空間内での圧力の相違変換方程式に、霊子保存の定数とアルーラの法則を当てはめる』…だっけ?」

 他にも、現在の地球では最新なビッグバン理論とか。

「別の次元に誕生した宇宙から染み出るように誕生したのが、現在の僕たちが住んでいる宇宙で……僕たちの宇宙からも別の空間へと新たな宇宙が染み出している可能性もある。僕たちの宇宙は別なる宇宙から発生していて、それは宇宙を生み出す母なる宇宙『マザー・ユニバース』の存在であって、僕たちの宇宙と同じく生み出された『チャイルド・ユニバース』は、どれ程の数が存在しているのか解らない。だっけ…?」

「うん。しかもそれだって、推論の一つに過ぎないワケよね」

 ぬいぐるみのショーと言えば子供向け。というイメージがあるけど、ビッグバンとか、今の子供はそんな難しいネタを好むのかな。とか思う。

 なんて考える舞人をヨソに、こういう話をしている時のアイドルは、とても楽しそうだ。

 だけど舞人の若い少年脳は「優香里の、パンツがすとんと滑り落ちる程のスベスベ肌。略して『パンすと』現象」の方が、はるかに強く印象的。

 そして今日のバイト終了時に、唯から大々的に発表された。

「ええ、それではみなさんン、い・よ・い・よ・明日からぁン、うふふ……宇宙に出まぁすっ、イっエェ~イんっ!」

「わっ、本当ですかっ! やった~っ!」

「わあぁ~い、宇宙です~。と、凛々は嬉しいのでした~!」

「……え…?」

 喜ぶ女子たちの中で、ただ唖然とするしかない舞人だった。

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