第五章 バイトはやっぱり絵を描く事でした


              ☆☆☆その①☆☆☆      


 翌日の土曜日。

 学校は休みでも、舞人はいつも通り、しかし時間的にはお昼前に、バイト先へと向かう。

 そしていつもと同じく、喫茶店の前でアイドルたちと待ち合わせ。

「一条く~ん」

 手を振りながら小走りに駆けてくる優香里と凛々は、ちょっと頬が紅潮している。

「本日も~、よろしくお願いいたします~。と、凛々はご挨拶をするのでした~」

「うん、がんばろうね。それで、今日はまず 喫茶店だっけ」

 唯から「土曜日だしぃン、お仕事はぁ、下のお店でお昼を食べてからにしようと思いまぁす♡」

と言われていたから、三人は喫茶店の入り口を潜る。

 いつもの席にはいつも通り、優香里の隣となる位置で、頭にキラキラな球を付けた副所長が座っていた。

「いらっしゃあいン。さ、座って座ってン」

 ちょっとセクシーに誘われて、舞人たちも着席。

 行ったことはないけど、いわゆるキャバクラとかを想像してしまった。

「みんなも好きな物、注文していいわよン。た・だ・しぃ、宇宙に出るから、念のため、軽めのメニューにしておいたほうが、い・い・か・ら・ねン♡」

 軽くランチという雰囲気。

 だけど、これから宇宙とか言われると、初めて本格的なバイトが始まると意識してしまい、それなりの緊張感を抱いてしまったり。

 唯がトーストを注文して、優香里は野菜のサンドイッチ。凛々は特注でイチゴジャムのサンドイッチを注文して、舞人はスパゲティ・ナポリタン。

 注文したメニューが来るまでの間、舞人は思っていた疑問を、唯に聞いてみた。

「あの…宇宙に出るって、どういう事ですか?」

 宇宙が舞台のSF着ぐるみショー。という事なのだろうか。

「うふふ……初めてだから、怖いのン…? でも大丈夫。お姉さんに、ま・か・せ・て・ねン♡」

 細い指を艶々のリップに充てつつ、ウィンクしながらセクシーに言う。

 爆乳の谷間も更に深く寄せてアピールしていたりして、どう見たって、別の事を想像させられてしまう。

「ぃ、いえ、それは、あの……」

 真っ赤になって慌てる少年に、お姉さんはイタズラっぽい満足フェイスを魅せる。

 そして、いつもの笑顔で教えてくれた。

「言葉通り、宇宙に出るのよン。そして宇宙でぇ、絵を描くの~っ!」

 わぁっと両腕を広げて、大々的な発表っぽい副所長だ。

「え……絵…?」

 宇宙に出るとか絵を描くとか、着ぐるみショーの内容が、正直よくわからない。

 しかも仕事の内容は、それだけ、とか言ってくる。

 四人の食事がテーブルに届くと、まだチンプンカンプンな少年に、アイドルは野菜サンドを口にしながら応える。

「大丈夫よ、一条くん。とにかく一時間後くらいには、バイトしてるワケだから」

 言われればそうだけど。

 だいたい、宇宙に行くとか、それ自体を言葉通りに信じる方が無理だろう。

(まあいいや。なんだって、バイトも仕事なんだから、何があっても ちゃんとやらなくちゃ!)

 と、思い、舞人はナポリタンを戴く。

「あ、戴きます」

 喫茶店のナポリタンはちょっと甘口で、初めて食べたのに、なんだか懐かしい味がした。

 隣の凛々は、焼いてないパンに赤いジャムを挟んだだけの、いわゆる「ジャムパン」を、美味しそうに頬張っている。

 やがて食事を終えた四人は、揃って事務所へ。

 奥のデスクには、先日初めて会った、足の裏みたいな顔の着ぐるみと思わしき所長さんが、悟りみたいな目で座っている。

「所長ン、優香里ちゃん、凛々ちゃん、舞人くんの三人、出勤いたしましたン」

 名前はバイトの登録順に呼ばれたようだ。

 副所長は綺麗な「気を付け」姿勢のまま、キビキビとHっぽく言葉を続けた。

「これからぁ、三人を連れてぇ、タトス星よりの依頼『ナンバー〇四の〇一三七』にぃ、取り掛かりますわン。精いっぱい……ぃやン、エッチぃ…精・い・っ・ぱ・いぃ、お勤めいたしますわン♡」

「うむ、よろしく頼むよ唯くん。みんなも、怪我の無いようにね」

 クネクネしながらの副所長から報告を受けた所長さんは、涼しい顔。

 というか、ずっと無表情。

 慣れているアイドルも、元気に挨拶。

「それじゃ所長さん。、行ってきま~す!」

「言ってまいりますです~。と、凛々はご挨拶をしたのでした~」

 凛々も楽しそうに手を振っている。しかし緊張の舞人は、会釈しか出来ない。

「そ、それじゃ…行ってきます…っ!」

 どうやらバイト先には、唯も同伴するらしい。車で移動するのかな。とか、舞人は想像。

(そういえば、僕の役柄は何だろう? いや、そもそも台本とか、セリフ合わせとか、稽古っぽいこと 何もしてないけど…大丈夫かな?)

 事務所を後にした四人は、向かいの部屋の扉を開けると、いつぞやのエレベーターへ。

 また地下三十階へ降りるのかと思っていたら、今度は地下二十七階で止まった。

 エレベーターからフロアに出ると、廊下は地下三十階のような造りだけど、壁も床も、ガラス張りの渡り廊下。

 エレベーターの前から、大きなガラスの通路が、やはり漢字の「山」の形に伸びていた。

 通路はエレベーターを中心に、先日に見かけた飛行物体らしき建造物を囲む機械のような壁へと、三本のガラス通路で繋がっている構造だ。

 地下の地面から三階分の高さで、足下はガラスの廊下。

「ぅわ……す、凄い…!」

 見下ろすと、正直、ちょっと足がすくむ。

 向かって右側の渡り廊下は、十数メートル先で直角に左へと曲がっていて、エレベーターから見た正面の建造物に繋がっている。

 左側の廊下も、反転しているだけで、造りは右廊下と同じ。

 正面の通路は真っ直ぐ、壁に作られた事務所みたいに見える建造物へと延びていた。

「さ、私は出発の手続きに向かうからぁン、後は優香里ちゃん、お・ね・が・い・ねン♡」

 同姓にもセクシーなウィンクをくれて、お姉さんはスキップで左の通路を進んでゆく。

「は~い。さ、わたしたちも 準備しましょ」

 慣れているらしい優香里も、右側のガラスの廊下をスタスタと歩いて行く。

 バイト初めてと言っていた凛々も、ガラスの床を平然と後に続いていた。

「一条さん~、大丈夫ですよ~。と、凛々は一条さんを、安心させたのでした~」

 自己完結な解説語で、少女はオイデオイデをしている。

 廊下の中ほどでは、アイドルも笑顔で呼んでいた。

「大丈夫よ。わたしも最初はビックリしたけど。このスペースガラス、こう見えても三十トンまで耐えられるんだって」

「そ、そう…?」

 言われて、女の子よりもビビってるのは男子として恥ずかしいから、ちょっと胸を張って一歩踏み出す。

 –キュっ。

 ガラスの廊下はシューズのゴムを受け止めただけで、きしみの音すら聞こえなかった。

 そのまま、自身を勢いに乗せて、更に体重を掛けないような気持ちで、数歩と進む。

 はたしてガラスは、鋼鉄のような頑強さを誇示するだけだった。

(……ホントに、大丈夫なんだ…!)

 思わず安心し、驚いた舞人。

 少し遅れつつも、ホっとしながら歩いて行くと、ガラスの廊下による、思わぬ幸運が待っていた。

(……わっ! み、見える…!)

 ツルツルのガラス面には、前を歩く優香里と凛々のミニスカ内部が、チラチラと反射している。男子としては、つい目を奪われてしまうものだ。

 アイドルの下着は純白で、ツインテール少女の下着はピンク色。というあたりまで、ハッキリと見えた。

 初めて、女の子のスカートの中を見てしまった少年は、鼓動が胸を打つのが振動として自覚できてしまう程、ドキドキとさせられた。

 前を歩く少女二人は、気づいていない様子。

(こ、このまま見ているのは…ちょっと卑怯な気がする…)

 そう思った舞人は、惜しがる視線と首をムリヤリ斜めに逸らした。

 通路を渡ると、機械の壁の入り口を潜る。壁の中は、更にそのまま真っ直ぐ、細い通路だ。

 十メートルほど先には扉がある。距離的には、先日、地下三十階で見たナゾの飛行物体を連想させる建造物へと、繋がっているっぽかった。

 廊下の左右には、それぞれ一枚だけ扉があって、優香里は右側の扉を開ける。

「さ、こっちよ」


              ☆☆☆その②☆☆☆


 案内された室内は、一見するとロッカールームだった。

 左右の壁が、ロッカー的な五つの扉になっていて、全部で十人分。

 各ロッカーには「〇」~「九」のナンバーが振ってあって、エレベーターと同じく金色で艶めいていて、なんだかSF的だ。

 ロッカーごとの扉の横、取っ手の高さには、上下に二つのボタンが付いていた。

 ただ、この室内は結構広い。向かい合ったロッカーの距離は、四メートルくらいか。

 天上そのものが照明器具になっているらしく、室内は明るい印象だ。

「それじゃあ、凛々、一条くん、好きなロッカーの前に立ってね。使い方を教えるから」

 言いながら、優香里は出入口に近い左側の「九番」で、凛々は一つ開けた隣の「七番」ロッカー。

 舞人は女子たちと向かい側の、なんとなく「三番」のロッカーを選ぷ。

 偶然だけど、舞人の左右斜め前が二人の女子になったカタチだ。

 三人の場所選びが終わると、アイドルが愛らしいドヤ顔で講義を始めた。

「こほん、ここは見ての通りロッカールームです。まずこの部屋に入ったら、キチンと部屋のドアを閉めて、そして入り口の黄色いボタンを押してください。あ、ごめんね一条くん、訓練の為だから ちょっと押してみて」

 言われた舞人が扉を見ると、室内照明みたいなボタンがある。

「えっと、これ?」

 四角いけど柔らかいゴムみたいな感触のボタンを押したら、天井から七色の淡い光が溢れだして、室内が虹色になった。

「な、何これ?」

 何と言うか、チープなクラブを想像させる。ちなみに舞人は、クラブとか行った事ないから、あくまでイメージ。

 虹色の輝きは数秒で終わり、室内はまた、普通の照明で明るくなった。

「今のは『量子変化予防光線』といって、宇宙に出る前には必ず浴びておかなければならない、安全対策の光線です。ま、わたしたちは『七色光線』って呼んでるけど。あと、凛々はよく知ってるわよね」

「はい~。この惑星に引っ越してきた凛々にとっては、とても懐かしい光です~。と、凛々は 昔を思い出したりしていたのでした~」

「……そ、そうなんだ」

 なんだかよくわからないけど、以前、唯の講義で「宇宙に出てねン、うっかり光速とか時間速とかを超えちゃったらぁ、肉体が量子的に異常をきたす恐れがあるのよン♡」と、教えられていた事を、思い出す。

 宇宙航行そのものは安全らしいけど、念には念を入れて、より安全に、という話らしかった。

 とにかく舞人たちは今、量子変化に対して基本的な対策ができた。のだ。

「バイトを続ける以上『入室→七色光線』の安全対策は絶対に行ってください。エヘん」

 凛々はこれらの事を既にご存じらしく、優香里はどう見ても、舞人に対してだけ忠告している。

 それはそれで、なんだか特別扱いされているようで、ちょっと嬉しい。

 一般的な量子安全とやらが確保されると、アイドルは説明を続けた。

「それでは、これから宇宙に出るのですから、モチロン 宇宙服に着替えるわけです。自分の荷物は全て、選んだロッカーの中にしまっておいてください」

 ロッカーをコンとノックしながら、ちょっと楽しそうに説明を続ける。

「ところで一条くん」

「は、はい」

 説明をくれる先輩に、つい敬語で応答。

「ここはロッカールームだけど、今わたしたちは、男子と女子が一緒にいるでしょ」

 言われて、ハっと気づいた。これから着替えると言っているのだから、自分は別の部屋に行くか、せめて外で待機しなくては。

「あ、ゴメン。すぐに出ていくよ」

 と、つい慌てたら、違うらしい。

「あ、ううん、いいのいいの。コホん…まず見ていてください。扉の、二つ並んだ上の、赤いボタンを押すと、カーテンが締まります」

 ポニテ少女がボタンをピっと押すと、ロッカーの正面、左側から、シャっとカーテンが出現。

 薄くて銀色で柔らかそうなカーテンは、一秒もしないでロッカーと少女を、丸く「C」字形に包み込んだ。

 数舜だけ遅れて、内部で辺りが灯り、カーテンには少女のシルエットが見える。

 カーテンで仕切られたスペースは、直径にして二メートル程だろう。

 銀色の生地越しに、講義を続ける優香里。

「もう一回、同じボタンを押すとカーテンが開きます」

 ピっと機械音がした途端にカーテンが引かれて、優香里が姿を現した。

 当然だけど、宇宙服ではなく私服のまま。

「今みたいに、カーテンで仕切ってから着替えてください。次に宇宙服。実際に着替える時は、カーテンを閉めてから、青いボタンを押してください」

 アイドルが、赤いボタンの下の青いボタンをポチっと押すと、ロッカーの扉が開かれる。

 扉の裏側には、ハンガーと棚があって、私服などをおいて置くスペースだ。

 そしてロッカーの中は、なんと下のフロアまで続く、吹き抜けの構造。

 長いベルトコンベアみたいな仕掛けが、下のフロアまで続いており、ベルトには何種類もの、見たことのない素材で作られている数種類のスーツが掛けられていた。

「この宇宙服の中から、好きなのを選んでください。機能的には殆ど違いとかありません。ちなみに、ヘルメットはロッカーの中の棚に乗ってます」

 なんとなく、大金持ちが作った、ちょっと凝った衣裳部屋みたいな造り。とか思う。

 黙って説明を聞いていた凛々は、コレらの事を知っている様子。

「わぁ~、可愛い宇宙服がいっぱいあります~。と、凛々はとても感激したのでした~」

「以上で説明は終わりです。着替えの手順をもう一度説明すると、まずは赤いボタンを押してカーテンを閉めて、青いボタンを押してロッカーを開いて着替えて、着替え終わったらまた青いボタンでロッカーを閉めて、赤いボタンでカーテンを開いておしまい。以上です。なにか質問はありますか?」

「え……とにかく、着替えれば良いんだよね…?」

 まあ着ぐるみショーなんだし。とか納得。

 仕事をするには、この中から衣装を選んで着替える必要がある。

 という事だけは解った。

 少年の質問に、アイドルはナニかを思い出したらしい。

「その通りっ……あ、そうそう 宇宙服の事だけど」

「うん」

「スーツの下は何も着けちゃダメだからね。そうじゃないと、スーツが機能しないから」

「うん……って、ぇえ–っ!?」

 サラっといわれて、少年はドキっとする。

 つまり、着替える時には全裸になれ。と言っている。しかもアイドルの口から直々に。

「えっそのっ、ぜ、全部っ、脱ぐっって事…?」

「そうよ。って、講義で唯さんも言ってたでしょ」

 言われて、思い出す。確か宇宙服とかの説明の時だ。

『宇宙服はねン、正式には「イマジネーション・クルーズ・スーツ」って言うのよン。地球風に略すと「ICスーツ」ねン。このスーツはぁ、うふふ…切る時は、な・ん・に・も・付けてちゃ、ダ~メ。うふふふ、イヤんエッチぃ♡』

 聞いていた時は、着ぐるみショーでそういう設定の物語があるのか。程度に納得していた。

 まさか本当に、裸になって着替えると、アイドルは言っている。

「あ、急いだほうがいいかも。それじゃ、えっと…凛々は解ってるわよね。一条くん、何かわからない事があったら、着替えながらでも声をかけてね。それじゃ、みんな着替え開始!」

「えっ……」

「は~い。と、凛々は着替え始めるのでした~」

 少年を置いてけぼりにして、少女二人は、カーテンを閉めた。

 遮蔽の布は、足下すら見えないくらい、ピッタリと床まで覆っている。

 数舜して、カーテン内のライトが点灯。

 銀色の薄膜に、二人のシルエットが、クッキリと映し出される。

「あ、僕も着替えなきゃ–わわっ!」

 斜め前のロッカーで、シルエットの凛々が、脱衣してゆく。

 不思議なくらいボンヤリとしていない影は、中の人物の輪郭を、意外にハッキリと見せていた。

 いま何が行われているのか、暗い影だけでなく、明るい肌色でも、手に取るようにわかる。

 舞人から見て横向きなツインテ少女は、ブラウスを脱いでハンガーに掛ける。更にスカートを落としてシャツを脱ぐと、下着姿になった。

(は、肌と下着のラインがクッキリ…い、いや、い、色まで分かる…!)

 頭部はいつもの茶色だけど、そこから下は殆ど肌色に見える。足元が肌色という事は、先にソックスを脱いだ、という事も、色味でわかってしまう。

 肌色系シルエットの凛々は、そのまま背中に両手を回すと、ブラのホックをプチっと外す。

 カップを下げると、制服や今日の服装からでは想像もつかなかった大きな乳房が、タプんと揺れた。

 下着というのは意外と締め付けているらしく、ブラが外れたと同時に、乳房が一回り大きくなったようにも見える。

 しかもけっこう鋭利なシルエットは、先端の小さな膨らみや淡い桃色までをも、浮かび見せていた。

(す、凄い…っ!)

 まるで、湯気の向こうの裸を見ているような、コッソリ覗いているような、いけないドキドキ感。

 脱衣する布が擦れる、スリスリと小さな音まで聞こえて、余計に禁断っぽかった。

 不意打ちのような興奮をさせられながら、思わずアイドルのカーテンに視線を向ける。

 優香里は、ブラを外して畳んで、扉の棚に置いたところだった。

 凛々と同じく横向きだから、年齢に比べて恵まれているプロポーションも、ハッキリと解る。

 優香里の乳房は、大きすぎず小さすぎず。

 たぶん標準よりは大きいけど、全身としてバランスが取れていて、恰好良い。

 シルエットの中で窺える乳首も、小さくてツンと上を向いていた。

 肌色な影のアイドルが、ピョンっとジャンプをしたと同時に、腰の白色がストんと落ちる。

(っパンスト–っ!)

 初めて見たセクシーな事象を、一瞬で理解する少年脳だ。

 今、ごく薄い銀色カーテンの向こうでは、クラスのアイドルである優香里が、全裸になっている。

 しかも、ショーツを脱いだフルカラーなシルエットの足元は黒く、まだソックスを履いている。

(ゆ、優香里ちゃん…影だけど、エッチっぽい…っ!)

 靴下だけを残した全裸。

 特に変ではないけれど、脱ぎ順に関しての秘密を知ったみたいで、余計に心臓がドキドキと高鳴ってしまう。

 靴下を脱ぐとき、微妙にバランスを取って、身体の向きが変わった。

 こちらにお尻を向けている姿勢だから、肌色シルエットのお尻あたりで、カーテンがフワりと押されている。

「っ–っ!!」

 肌に触れたカーテンは、丸いヒップの形や色だけでなく、お尻の谷間のグラデーションも、結構ハッキリと魅せていた。

 アイドルのお尻を見てしまった気がして、思わず歓喜の悲鳴。

「あっ–あわわっ!!」

「? 一条くん、どうかした?」

「っぃいっ、いえっ、なんでもありませんっ–っ!」

 覗きがバレたのかと思ってヒヤヒヤ。

「そ、そうだっ–着替えないと!」

 小声の少年は、慌ててカーテンを閉めると、ようやく着替え始めた。

「い、急がないと…ぇえっと、上のボタンを押して」

 中からは外が見えない不思議なカーテンを閉めて、ロッカーの扉を開くと、そこには様々な衣装が収められている。

 扉の内側に設置されている、ベルトコンベア用らしき二つのボタンを操作したら、縦に並んだ回転寿司の如く、別なるデザインの衣装が次々と巡ってきた。

「そっか、この中から 好きな衣装を選ぶんだ。特に衣装とか指定されてないけど…あ、これ 格好良いかも」

 コンベアで上がってきたスーツの中から見つけたのは、リアルロボットアニメのパイロットスーツ的なデザイン。

 ジャージっぽい余裕のあるシルエットだけど、肘から先と膝から下が、何か金属質の装甲っぽい素材で包まれている。

 色も、白地に爽やかなブルーのラインが入っていて恰好よく、素材はツルツルのビニールみたいに見えた。

 背中には、何だかブースターみたいなバックパックが一体化している。

 スーツは頭部以外、完全に一体成型らしく、胸の前を開いて足下から着るようだ。

 少年は急いで全裸になると、青いラインのスーツを着用。スーツそのものはとても軽く、着心地はジャージ以上に良かった。

 中の肌触りも、タオルケットみたいで、正直、気持ち良い。

(……裸にこういうの着るって…なんがHな感じが…)

 なんて事も、正直ちょっと思う。

 特に、クラスの女子とか一緒でもあるし。

 着込んで胸元のジッパーを上げたら、学ランみたいな首元がカチっと音を立てて、自動ロックされた。

「これでいいのかな…あれ、ちょっとサイズが大きいかも」

 そんな独り言が聞こえたのか、カーテンの向こうからアイドルの声。

『一条くん、スーツのサイズだけど、首の前あたりにボタンが付いてるでしょ? それを押すと、ピッタリに調整されるから』

「あ、うん ありがと」

 言われた通り、首元正面の小さな緑色のボタンを押したら、シュっと空気が抜けるような音と共に、スーツの関節部が縮んだ。

 再び、優香里の声が聞こえる。

『それと、ヘルメットと一緒にダブルタイマーも置いてあるでしょ。二人とも、それも装着してね』

「あ、うん」

『は~い。と、凛々も返事をしたのでした~』

 ロッカー内部の上側に、透明な卵みたいな物体がある。これがヘルメットらしい。

 横倒しにした卵の、尖った方が透明で前側。滑らかに丸い方は金属で覆われているから、こっちが後ろだろう。

 頭を通す穴も開いていて、間違いなくヘルメットだ。こちらは衣装と違って、一種類だけの様子。

 着替え終わった少年は、自分の全身をチェックした。

 スーツはちゃんと着れているし、タイマーも付けたし、ヘルメットも持った。

「これでオッケーかな」

 ボタンを押してロッカーを閉めると、カーテンをオープン。

「おまたせっ–ぅわあぁっ!」

 既に着替えを終えていたらしい少女二人に、舞人は驚かされた。

 透明卵のヘルメットとダブルタイマーは、共通している。

「わぁ~、一条さん格好いいです~。と、凛々は感激したのでした~」

 ツインテール少女は、フワフワなミニスカートにミニエプロンが着いた、黒系のゴスロリメイドスーツ。

 胸が強調されたデザインで、白い手袋と、同色のオーバーニー。頭には、小さな白いレースのヘアキャップが乗せられている。

 スカートは極端にミニサイズで、足の付け根までギリギリ露出だ。ちょっとでも屈んだら、上から以外で、下着が見えてしまうだろう。

 わずかに見える胸元や腿がビニールみたいに艶々しているので、全身一体化したスーツだと解る。

 靴底のちょっと高い黒ショートブーツが、童顔と相まって、よりロリロリして見えた。

 背中には白い天使の羽根みたいなパーツを着けていて、腰の後ろには大きなリボンがユラユラしている。

 幼げなツインテールと、黒メイド一式の衣装が、とてもマッチしていて愛らしい凛々だ。

 しかし舞人が驚かされたのは、実は優香里の恰好。

「あら、けっこう決まってるじゃない」

 明るく言うアイドルを一目見た途端、少年は思わず視線を釘付けにされていた。

 首元のロックとかピンク色の手袋、同じ色のショートブーツを装着したスーツだけど、ほぼそれだけ。にしか見えない。

 全身はなんと、透明なビニールの如く、肌色の艶々だった。

 スーツ自体が極めてピッタリに調整される為か、極薄素材のスーツは肉体に隙間なく、ピタリと密着している。

 乳房の形や引き締まった下腹部、臍の窪みまで、ハッキリと解った。

 肝心な個所、乳房の先端、両の乳首は、赤いダイヤモンド型で隠されていて、股間部分も、同じようなパーツでギリギリ隠されている感じ。

 背中には大昔のSFみたいな、二つの銀色のロケットが装着されていた。

 尾てい骨のあたりも、ダイヤモンド型のパーツがある。きっと、腰前面でアブない処を隠しているパーツと、股下で繋がっているのだ。という気がする。

(サっ–サイドの紐が無いTバックっ、とかみたいな形っ、なのかな…っ!?)

 ビニールっぽい艶々がなければ、まるで大事な処だけを隠したボディペイントみたいだ。

(いや、あってもソレっぽいんだけど…!)

 羞恥心の強い年頃な少年としては、目のやり場に困ってしまう、大胆衣装。

「? どしたの。あぁ、このスーツの事?」

 舞人が真っ赤になっているのを見て、アイドルは明るく話してくれた。

「ホラ、前にも話したけど、わたしって肌がスベスベすぎるじゃない? だからスーツはピッタリフィットしたのを着たいの。そうね~、ちょっと締め付けられる感じが丁度いい、みたいな感じかな。特に宇宙だと、安心感が半端ないし」

 日常生活では「パンすと」とか、常に気にしながら生活してるからかもしれない。

 確かに、全身をピッタリ包むスーツなら、常に密着してるから、自由に動けて心地よく感じるのだろう。

「な、なるほど……気になる点は、お互いに違うけど…なるほど」

 とはいえ、あまりにもピッタリし過ぎて、スケスケ過ぎている。

 足の付け根から背骨の窪みラインまで、極薄スーツが完全密着しているし、フロントのダイヤモンドにも、薄く縦すじがあるようにさえ、見えて来た。

(……なんか、すごい…)

 少年的にはドキマギさせられるほど、Hな恰好。

 なのに本人は、全く気にしていない様子。

「さ、それじゃ船に行きましょ」

 アイドルを先頭に、ヘルメットを小脇に抱えて部屋を出た。


              ☆☆☆その③☆☆☆


(こ、このまま車に乗るのかな)

 通路の扉を開いて、先日に見た宇宙船らしき建造物に向かう姿は、SF映画とかの宇宙飛行士みたいで、ちょっと格好良い。と、舞人は思う。

 スーツの効果か、件の建造物が本物の宇宙船みたいに思えてきて、何だか興奮が高まってくる。

 頭の中では勇ましいBGMまで、勝手に演奏。

 と同時に「優香里ちゃんはあの恰好で子供たちの前に立つのだろうか?」とかも、頭をよぎった。

 ガラスの通路を数歩と進むと、金属質な宇宙船っぽい建造物の、左の横っ腹に到着する。

「ここが船の入り口よ」

「船?」

 言いながら優香里がボタンを押したら、シュっと軽い音を立てて、扉が上にスライドオープン。緊張しながら中に入ると、白くてちょっと狭い通路になっていた。

 通路は左右に伸びていて、天井そのものが照明になっているところなんかは、さっきの更衣室と同じ。

 左側の通路には、スーツに着替えた唯が、ニコニコ笑顔で待っていた。

「いらっしゃぁいン。みんなぁ、スーツの具合はどぅン?」

「はい、何か格好良い–ぅわっ!」

 少年は、また驚かされた。

 明るいお姉さんが着ているのは、なんとビキニ鎧。

 赤と青で彩られた艶々な鎧は、中世風でちょっとエッチなRPGを連想させて、どこか懐かしさも感じるデザインだ。

 首のロックと繋がっているらしい肩アーマーと、肘から先を覆うグローブアーマー。膝宛てと一体化した、アーマーブーツ。

 大きなバストを包むブレストアーマーは、その面積が完全にビキニの範囲。豊かな乳房をギュっと詰め込んで、護っていた。

 見事にくびれた剥き出しのウェストを過ぎると、腰はやっぱり、面積が縦に小さいビキニボトム。

 艶々アーマーっぽい前部分は逆三角に小さくて、ベルトで繋がったサイドアーマーは腿の半分までくらいの長さ。

 そしてヒップは、なんとと言うか決定事項というかの、Tバック。

 巨乳や広い女腰には、ビキニ鎧がムッチムチに食い込んでいて、女性の肢体を扇情的に飾り立てていた。

 背中には、肩アーマーから繋がった赤いマント。腰の上までの長さで、丸くて大きなお尻を見え隠れさせるかのように、ヒラヒラ。

 舞人たちと同じく卵形のヘルメットを手にしていて、頭にはいつものキラキラ球飾りを着けている。

 一応、肌の部分は優香里たちと同じくツルツルの素材で覆われているものの、肌色成分大サービスなスーツは、ほぼ裸に近い。というか、裸よりもH。

(ゆ、唯さんも、大胆……)

 ショーツが覗けそうな凛々と、ムチムチビキニ鎧の唯と、キケンな個所だけを塗ったボディー・ペインティングみたいな優香里。

 舞人は目のやり場に困って、つい通路の天井とかをキョロキョロしてしまった。

 そんな少年の挙動を、アイドルが自己納得で言い当てる。

「? あ、一条くん宇宙船が珍しいんでしょ。解るわ。わたしも初めて乗った時は、嬉しくてアチコチ見ちゃったもん!」

「あ、うん……そうだよねー、あははは」

 真っ赤になって、照れ隠しに必死な、年頃の舞人。

 少年のそんな初々しい羞恥反応を、ビキニ鎧のお姉さんは、何やらニヤニヤ笑顔で楽し気に眺めていた。

 RPGなH系の副所長に連れられて、三人は通路に沿って右へと曲がる。

 ヘルメットは、上を向いたような形で背中に装着できて、被らないときはそうしておくらしい。

 いづこかへ向かう間ずっと、前を歩く唯のTバックや凛々のミニスカ、そして優香里の裸尻っぽい艶々ヒップが、少年の視線を否応なく釘付けにし続けた。

 突き当りの扉を潜ると、そこはどうやら、コックピットらしき造り。

 学校の教室の四分の一くらいの広さで、扉の向かい側が正面で、フロントガラスっぽくなっている。

 シートが左右に三つずつ、合計で六席あって、最前列の右側が操縦席的な感じ。

 コントロールシートの周りは、計器類やらスイッチやらでゴチャゴチャしてる。

 イカニモな操縦桿らしきグリップも見えて、ああやっぱりコックピットみたいだなあ、とか思わせた。

 ビキニ鎧の唯が、右側の操縦席に座る。

「さ、出発よン。みんなもシートに着いてン♡」

「あれ? 車で移動じゃないんですか?」

「イヤん、車じゃ宇宙にはぁ・イ・け・な・い・でしょン?」

 舞人の質問に、唯は笑いながらHっぽく答えた。

 好奇心の強い優香里が、左側の前から二列目に座って、凛々はその後ろ。舞人は頭に「?」を浮かべつつ、右側の二列目、唯の後ろに陣取る。

 着席をすると、自動的にスーツの背中がシートに吸着される、不思議な感覚が。

(あれ…これって、もしかして…)

 舞人の中で、急速に、そして静かに「あ、宇宙に上がるんだ」と、認識がされ始めていた。

「安全装置OKン。ハシゴロウさん、船内、オールグリーンですぅン」

 フロントガラスの上、小型のモニターに告げる唯。

(ハシゴロウさん…?)

 と、モニターにはロボットみたいな、人形らしき物体が映し出された。

『おっしゃ! 発信準備OKだぜっ、べらんめぃっ!』

「…人形がしゃべってる…!」

 CGとも思えないクリアな画像で、まるで生きているかのように話す人形。

 舞人は、ちょっと前の、SF映画の金属生命体を想像させられる。

 驚く少年に、アイドルが教えてくれた。

「あれ、一条くん初めてだっけ? あの人、この船の整備担当している、ハシゴロウさんって言うんだよ。あ、そっか。この間、地下に降りた時には会えなかったもんね。ハシゴロウさん、いつも船に着きっきりだから」

「……そうなんだ……」

 会話が聞こえていたらしいロボが、舞人に気づく。

『ん? なんだ若いの、新入りかい?』

 卵型の頭に、ゴーグルみたいな大きな両目。というか、カメラアイなのだろうか。

 細い鉄パイプを束ねたみたいな首が、金属質な胴体から生えていた。

 モニター越しだからか、バストアップしか見えないので、全身とか身長は解らない。

 少年は職人気質っぽい人形に向かって、立ち上がろうとして出来ないままシートに固定されつつ、挨拶をする。

「は、初めまして…一条 舞人です。よ、よろしくお願い いたします」

『おぅ、若けぇの、しっかり頑張れよっ!』

 気軽に挙げた手は、ゴチャゴチャしたメカっぽい身体に比して、輪っかみたいなオールディーのロボットハンドだった。

 それから、唯と整備担当の間での専門的なヤリトリが済むと、四人が乗り込んだ建造物が、小さく振動。

「わっ、何なにっ–えっ、これ…っ!?」

 窓の外の地下空間を見ると、この巨大な建造物が、ゆっくりと前方へ動いていた。

 宇宙に出るとか、本気なんだ。とか、なんとなく実感してしまう。

 そして、心臓と心がドキドキしてくる。

 舞人たちが乗った建造物が前進すると、地下空間の前方の壁が大きくスライド。やや下り坂に作られた広い空間を、ゆっくりと滑り降り始めた。

 スロープ天井の左右には、小さな黄色い照明が等間隔に並んでいて、見えないほどのずっと向こうまで、続いている。

 少年たちの座る席にも、簡易的な操縦席のようにモニターなどが設置されていて、舞人はその映像に、息を呑んで魅入っていた。

 地下空間を映したモニターの端に、先日、雨の日にトランポリンをした端っこが見える。

「この建造物が動いてる……ホントに、宇宙船なの…?」

「そうよ。ちなみに名前は『レモネードα(あるふぁ)号』……って、まぁ確かに、実際に宇宙に出るまで 信じがたいわよね」

 と、優香里は楽しそうに笑っている。

 言われた舞人はまだ信じきっていないところがあるけど、心臓は、緊張と興奮と、未知への期待感で、ドキドキしていた。

 長くて緩やかなスロープを下ると、暗い水面が見えて、宇宙船はそのまま進水してゆく。

「み、水に入るの?」

「メインエンジン始動ン」

 そのまま沈んだりして。とか想像してしまって、ちょっと怖い。

 そんな心配をヨソに、船体は完全に水没した途端、カクんと軽い浮遊感を得た。

「微速前進、ヨーソロ~、なぁんてねン」

 副所長の能天気な操縦で、宇宙船が水中を進み始める。金属の壁で囲まれた薄暗い空間を数十秒と進んでゆくと、行き止まりの壁が上方へと開いた。

 開けた壁を抜けると、頭上の方向が、僅かに明るくなってくる。

 そして窓の外に、魚が見えた。

「こ、ここは海っ!?」

 愛らしいドヤ顔で、説明をくれるアイドル。

「そ。宇宙に出る時に街なかから発進したら、目立つし電波障害を起こしちゃうでしょ。だからなるべく、街から離れた海上から出発ってワケ」

 パイロット席の唯が「モニターを見てン」と教えてくれる。映像の中には、天気予報などでよく見る日本地図が映っていた。

 東京湾の出入り口に、南下する小さな光点が点滅している。

「その光がぁ、私たちの現在位置よン。このまま六百キロくらい東に抜けたらぁ、周りを見計らってぇ…宇宙に、で・る・からねン♡」

 無意味にセクシーに告げる、ビキニ鎧の副所長。海中で六百キロという距離を、船はものの数分で進んだ。

「今日のこの時間、この海域にはドコの船もいないのよン。ん、レーダーにも船影は無ぁし♡」

 対して、この宇宙船そのものは特殊な電波を発信しているらしく、地球で使用されているレーダーやカメラには映らない仕組みだと、唯が教えてくれた。

「万が一にもぉ、お船とお舟がゴッツンコしちゃったらぁ、大変でしょン?」

 その為の警戒らしい。

 宇宙に出ても、国際宇宙ステーションとか人工衛星があるから、衛星軌道を離れても警戒は怠れないのだとか。

 ついでに、文明の進度に差があり過ぎる場合、先進する科学レベルは中進する文明惑星に対して、特例を除いて秘密保持する決まりなのだとか。

「?」

 舞人たち少年少女をこのようにバイトとして雇う。くらいならともかく、国家レベルとか本格的に文明の利器を伝搬させてはならないらしい。

「つまりね、こういう宇宙船とかを地球レベルで持ってないのは、秘密保持の賜物って事なワケ」

 よくわからないけど、現在の舞人たちのように地球人が普通に宇宙へと行くには、独自に技術開発をしないといけない。という話だ。

「まあとにかく、秘密は秘密って事よね」

「そうそなのです~。と、凛々もお答えしたのでした~」

 そんな講釈を聞いているうちに、周囲の安全が確認されると、唯が操縦桿をグっと引く。

 同時に、船体が少しだけ、上を向いた。

 船がそのまま、速度を上げて海上に向かう。周りの海中が次第に明るくなってゆき、船の作る波の影響か、小さくて無数の泡が、白色の壁になって後ろへと流されてゆく。

 速度が更に上がってゆくと、背中がシートに押し付けられて、思わず床を強く踏みつけていた。

「はい、海上よぉン♡」

 言葉と一緒に、窓がザザっと、波と風で洗われる。

 水のカーテンを一瞬で抜けて、眩しい太陽が覗けた。

 宇宙船は数秒の間、海面を水上スキーのように、高速で滑ってゆく。

 そして。

「レモネードα号、発進ン~っ!」

 掛け声と共に、船体は更に速度を上げて、水面から大きくジャンプ。

 舞人たちは今、海面から空へと飛翔したのだ。

 エレベーターが上昇するのに似た体感があって、緊張で下腹部がキュンとなる。

 モニターの海面がグングンと離れてゆくと、舞人はもう「いま空を飛んでいる」としか、実感出来なかった。

「ほ、ホントに、飛んでる…!」

 もう疑うどころか、そのままでしかない。

 この建造物は、宇宙船レモネードα号は、確かに飛んでいるのだ。

 そしてこのバイトは、もうきっと着ぐるみショーなどでは、絶対にない。

 下腹部のあたりには、まだ緊張の力みが感じられる。

 理屈とかで考えなくても、自分自身の肉体が「空を飛んでいるんだ」と、教えていた。

 とはいえ。

「そ、空に上がっているけど……」

 ロケットとかシャトル発射の映像などで、コックピットの人たちが重力に耐えている映像なんかが、よくある。

 あんな感じを思い浮かべてたけど、舞人が感じている緊張感を考えても、映像ほどの重力があるとは、とても体感できない。

 緊張しながら、そんな違和感も感じていた。

「あの…本当に宇宙に向かってるの? なんか、イメージとは違うというか……」

 そんな事を優香里に訊ねると、得意げな唯が答えてくれる。

「うふふ、地球の技術だけで作ったロケットだとねン、例えばスペースシャトルだったらぁ、衛星軌道まで飛ぶからぁ、時速二万八千キロのスピードが必要だしぃ、月ロケットだったらシャトルよりももっともっと遠くに飛ぶからぁ、初速で時速四万キロも出す必要があるのねン。でもこの宇宙船はぁ、ロケットエンジンじゃなくて重力制御で飛んでるからぁ、そんなに速度も必要じゃないしぃ、重力圏脱出時のGもぉ、それほど・か・ん・じ・な・い・のよン♡」

 Hな感じに言いながらウィンク。

 しかも、例えば時速十万キロとか出しても、いま感じている慣性、程度しか、この宇宙船では感じないらしい。

「ちなみにねン、現在 時速二十・マ・ン・キ・ロ・よン。重力圏脱出ゥン!」

 一部アブない言い方をしながら、とんでもない速度を教えてくれた。

 そんな話をしているうちに、舞人は惜しい事をしたと解る。

 ちょっとした講義の間に、宇宙船は大気圏外へと飛び出していたのだ。

 気が付いてモニターを見るも、母なる地球は既にソフトボールほどの大きさ。

 青い空が黒い宇宙に代わってゆく過程とか、正直、ラクガキストとしては、見たかった。

「あぁっ、地球がもう あんなに小さく……」

 とか口にして、舞人はようやく、自分が宇宙に出た事実を理解した。


              ☆☆☆その④☆☆☆


「ホントに 宇宙……」

 一週間くらいトランポリンとかで訓練して、バイトで宇宙。

 何だか漫画みたいだ。

 左後ろのシートから、明るい声がする。

「わぁ~、お月様が明るいです~。と、凛々はウットリするのでした~」

 モニターではなく、コックピットのガラスを見ると、漆黒の宇宙空間に半分だけの、異様に明るい月が見える。

 宇宙では、地上よりも見える星の数が少ないらしい。

 ソレらも含めて、明るい月は、なんとなくワザとらしくも見えた。

 一つ一つの光点は確かに確認できるけど、キラキラ輝く、という事はない。

 星々は瞬く事もなく、ただ光っているまま。まるで、黒い紙に針で穴をあけて後ろから光を当てっぱなし。とかしているみたいだ。

 そんな、地上に比べてなんとなく安っぽくも見える宇宙空間に、やたら明るい月がある。

 それほど大きく見えないものの、地上と違って大気が無いからだろう。太陽に照らされた輪郭が、まるでカッターで切り出したかのように、ピシっとエッジが立って見えた。

「す、すごい…こんな ハッキリ…!」

 宇宙船は、時速二十万キロという超スビートで飛んでいる。しかし前方の月は、殆ど全くと言っていいほど、大きさに変化がない。

 というか、近づいてる感じがしない。

「なんか…宇宙船が止まっているっていうか…この船、進んでる気がしない…」

「確かにそう感じるけど、それは地上ほど景色に変化が無いからよ」

 アイドルによると、電車とか車に乗っていて走りを実感できるのは、主に周囲の景色が変化する事が、大きな要因らしい。

「それに、地球から月までの距離は三十八万キロもあるでしょ。時速二十万キロ出してるこの宇宙船だって、通り過ぎるのに二時間弱、かかるわ」

「な……なるほど」

 こういう話をするときに優香里は、とても楽しそうだ。

 と、月が左に大きく動いた。

「わっ…あ、船が動いたのか」

 宇宙船が方向転換したのだけど、宇宙船内の重力しか感じられないからか、船ではなく宇宙が動いたように見えた。

 操縦する唯が、エッチっぽく言う。

「それじゃ、今回の、も・く・て・き・の、宙域ねン♡」

 別に「目的」という言葉に官能性は感じないけど、副所長は別なようだ。

「お仕事の場所はぁ、同じオリオン腕のぉ、五千光年離れたお隣の太陽系よン。地球名『タトス太陽系 第四惑星 惑星タトス』のぉ、上空ぅ 百六十・マ・ン・キ・ロの、宙域でぇす!」

「たとす太陽系? 上空百六十万キロ?」

 銀河系の形については、舞人たちも、唯から講義を受けている。

 舞人たちの住む地球が属する太陽系は、銀河系の端っこにある。誰もが知っているとおり、銀河系は横から見ると、薄く伸ばした凸レンズみたいな形。

 丸く膨らんだ中心部分をバルジと呼び、これが銀河系の中心であり、夜空を見上げた時に見える、天の川だ。

 バルジの周りは、星々や塵やガスなどが薄い円盤状に広がっていて、これはディスクと呼ばれる。

 銀河系は、その名を「天の川銀河系」と呼ばれ、直径は十万光年ほど。

 このディスクは、ただピザの生地みたいにペロんと薄く伸びているワケではなく、バルジから生えたタコの腕みたいな姿。

 銀河系そのものが回転しているから、渦巻き状に引っ張られて円盤を形成しているのだ。

 バルジからは何本かの腕が伸びていて、それぞれ「いて座腕」とか「ペルセウス腕」とか名付けられている。

 舞人たちの住む太陽系は「オリオン座腕」の端っこにあるのだ。

「つまり、同じオリオン腕の中にある、別の太陽系に行く。という事ですか?」

「正解ぃっ♡ 舞人くん、呑み込みが早いりねン。そういう男の子、お姉さん大好きよン♡」

 なにか別な事を想像しているらしく、頬を染めて楽しそうな唯。

「銀河系に…というか、そんな近くに別の太陽系とかあって…宇宙人がいるんですか…?」

 つまり、同じ銀河系に、知的生命体、いわゆる宇宙人が実在している。という話。

 にわかには信じられない。

 イマイチ実感の湧かない少年に、アイドルが答える。

「あら、地球以外の人たちだったら、一条くんだってもうお知り合いでしょ?」

 と言われて思い出したのは、バイト先の所長さんである、ミスター・アシウラー。

 そして予想通り。

「は~いっ、テレパシスター星人の凛々だって~、出身地は地球じゃない惑星なんですよ~。と、凛々は説明したのでした~。えへへへ」

「……そ、そぅだったっけ…」

 なんか、結構壮大な話題に対して雑に乗っかってきた。みたいな感じ。

 あらためて、この明るいツインテール少女が宇宙人だと言われても。

「それじゃぁ、お待ちかねぇ。ワ・-・プ イくわよン♡」

 搭乗員たちに伝えながら、副所長が操縦桿を前方に押した。

「ワ、ワープって–わ、何っ!?」

 後方から、キーーーンと甲高いエンジンらしき音が聞こえたと思ったら、窓の外、漆黒の宇宙に、今まで以上の数の星が見え始める。

 まるでプラネタリウムみたいな光景に驚いていると、今度は星々が急速に青くなって、遥か前方の中心点に向かって光の尾を伸ばした。

「星の形が…伸びた!」

 なんだか、海外の古典SF映画みたい。

 そう感じた次の瞬間、伸びた青い星たちが一瞬で、宇宙船の背後へと通り過ぎる。

 同時に、窓の外が光一つとない闇と化す。

 瞬きすら間に合わない次の一瞬には、さっきと同じく伸びた光が見えて、そしてまた光点が伸びて見えたと思ったら、元通り。

「? ? ?」

 全ては刹那の出来事。

 星々が見えて伸びて青くなったと思ったら真っ暗になってまた星々が伸びて見えたと思ったら元通り。

 音に例えると「っシュっっ!」みたいな。

 甲高かったエンジン音も、今は静かに戻っている。

「ワープ完了よン。目的の宙域に到着ぁくン♡」

 と言われても、窓の外は同じ宇宙だし、そもそも動いたという実感すらない。

 でもあれほど目立っていた月がどこにも見えないし、やっぱり宇宙を移動したらしい。

「タトス太陽系の宙域よン。地球からぁ、約五千光年の場所でぇっす!」

 五千光年離れました。と言われても、すっごく遠いとかは思うけど、宇宙規模で見れば小さな小さな銀河の中で、ごく僅か超単距離を移動したのみ。

 星々の位置だって認識としては変化無しだし、正直、ピンとこない。

 それでも、出来るだけ実感しようと、少年はここ数日で脳に覚え込ませた知識を総動員してみる。

「えっと……光の速度が一秒間で約三十万キロだから…六十倍して一分間に百八十万キロで、さらに六十倍して一時間に一千と八十万キロで、更に二十四倍して一日で……うわ~、計算が面倒くさすぎる~!」

 もともと理数系ではない舞人の頭が、ゴチャゴチャしてきた。

 大体のトコロで、四七三兆四百キロメートル。

 歩いたら、とか、そんなコト想像すら出来ない距離だ。

「ものすご~く大雑把な計算だと、そうなるわよね。あははは」

 と笑うアイドルも、かつてアルバイトで宇宙に上がった時に、同じような計算とかした事があるらしい。

 とにかく舞人たちは今、自分たちの住む太陽系から五千光年離れた宇宙にいるのだ。

「それじゃあみんなン、そろそろ準備にぃ、かかってねン♡」

 副所長に言われて、舞人たちはコックピットから移動。

 重力制御の効いた宇宙船内の、狭い通路の先。

 左側には、やや広めな扉があった。

「ここが貨物室よ」

 手動操作で開かれると、中には、訓練で使い慣れた水鉄砲一式があった。

「あれ、これ使うの?」

 なんとなく聞きながら、既に慣れた手つきでクロワッサン型の大型バッグを、右の肩から斜めがけ。

 チューブで繋がったペイントガンを手に取ると、もはやシックリと手に馴染んだ感じ。

 そんな感覚をなんとなく楽しんでいたら、隣からくぐもった声が聞こえてきた。

『一条さ~ん。そろそろヘルメットを被っておいた方が、良いですよ~。と、凛々は進言したのでした~』

 と忠告をくれた凛々は、透明な卵型のヘルメットに愛らしい頭部を収めている。

 丁度、水鉄砲を担ぎ終わったトコロ。

「あ、そっか。ありがと」

 忘れていたけど、自分自身が宇宙に出るのだ。

 舞人は首の後ろで上を向いてくっついているヘルメットを、前に倒す感じで被った。

 プシュっと空気が締まるような音がして、ヘルメットとスーツが密着。

「そのへんはオートだから楽でしょ。やっぱり地球型よりも進んでるわよね~」

 アイドルも完全装備。

 ヘルメットを装着すると、機器による通信音声はとてもクリアだ。

 しかし優香里の恰好は、まるで裸に卵なヘルメットを被っただけ、みたいにも見える。

 舞人はドキドキ。

 貨物室から出て、三人は乗船時に潜った、宇宙船の出入り口へ。

 優香里がボタンを押したら、三人の周囲が壁で四角く囲まれた。

 同時に、天井が赤く点灯。

 空気が抜けるような音が、シューっと遠くに聞こえる。

「わ、何?」

「宇宙に出るから、出入り口を機密したの」

 一メートル四方の狭い空間だからか、三人の身体がモゾモゾと触れ合う。ヘルメットの中では、優香里と凛々の愛らしい美顔が、艦内灯で赤く照らされている。

「一条くん、ちょっとごめんね」

 アイドルが振り向くと、舞人の背後の壁、ちょっと高い位置の船内モニターを使い、コックピットと通信をした。

 振り向いた少女の身体が、舞人の胸に押し付けられる。綺麗なプロポーションの優香里の、標準よりも大きくて形の良いパスとが、プニんと密着。

 思わぬ触れ合いが起こって、少年はドッキリ。

「あわわ–っ!」

 ふわっふわなパン生地みたいに柔らかくて、それなのに張りのある弾力も感じられる。

 舞人の宇宙服の上からでも、暖かい体温まで伝わってくる感じがして、まるで裸の優香里とくっついているみたいだ。

 ヘルメットも抱き合うように隣り合わせで、本当に抱擁しているような気持ち。

 そんな少年の焦りを、全く感じていない様子の優香里だ。

「唯さん。こっちは準備OKです」

『はぁい、舞人くんと凛々はぁ、は・じ・め・て・だからぁ、優香里ちゃんにぃ、優ぁしく、教えてもらってね…ぃやン、えっちぃ。それじゃあ三人とも、しっかりねン♡』

「も~、唯さんてば~」

 何だかおかしな言い方をした後も、話は続いた。

『あ、それからぁ。宇宙に出る前にぃ、も一度、確認ねン。宇宙で危険な現象が起きたらぁ、とりあえず全部ほっぽりだしてもいいからぁ、一秒でも早く危険から遠ざかってねン。お仕事も大切だけどぉ、何よりも自分の、か・ら・だ・を、大切にしないとねン♡』

 とはいえ、広大で隙間しかないとも言える宇宙空間で危険な目に遭うこと自体、まあ有り得ないとも、聞かされている。

 衛星軌道上で人工的なデブリと衝突。とかが、宇宙での危険の最たるものだとか。

『何かの漂流物とか小惑星とかだったらぁ、船のレーダーが遠距離で捉えるけどねン。二光年とかの距離だって、宇宙規模で考えたらキス以上の超接近だしねン。うふん♡』

 と、ちょっとアブないうえ逆説っぽい例えで、いったん通信は終了。

 とにかく、物理的な危険はほぼない、と考えて良いらしい。

 やはり人間規模だと、宇宙は何もない、スッカスカの空間なのだ。

 機密スペースの赤い照明が消えて、小さな緑色のランプが点灯。ヘルメットの中の顔も、ランプと同じ緑色。

「扉を開けるわね」

 優香里が告げると、宇宙船の扉が静かに開く。その向こうは、まるで墨汁の海みたいな、漆黒の闇。

 舞人は生まれて初めて、映像や空想ではない、本当の宇宙を目の前にしていた。


              ☆☆☆その⑤☆☆☆


(ごくり……ちょっと 怖いかも)

 足を踏み出した途端、扉の陰から大きなサメが飛び出してきて……。

 とか、全くリアリティーのない、そのくせミョーにリアルな恐怖の想像をしてしまった。

「それじゃ二人とも、わたしについてきて」

 そういうと、アイドルは宇宙の暗い闇に向く。

 扉に両手をかけると小さくジャンプをして、重さの無い空間へと、艶やかな肢体を投げ出した。

 ……ふわぁ~~~~~……。

 目の前の現象を音にすると、そんな感じ。

 ほんの数秒、音も空気も無い空間を、宇宙船から離れてゆく優香里。

 それはまるで、足を着いているこの宇宙船から、どうしようもなく引っ張られてゆくかのように、あるいは底なしの沼に飲み込まれてゆくかのように、ちょっと怖く見えた。

「っ–あっ、優香里ちゃん、何かつかまるもの–っ!」

 とか思わず焦った舞人の耳に、楽しそうな優香里の声が、ヘルメットの通信機を通してクリアに聞こえて来た。

「一条く~ん、凛々~♪」

 見ると、十メートルほど離れた少女は、両足を肩幅に開いて仁王立ちして、大きく手を振っている。

 太陽の光も遠い遠い宇宙空間で、綺麗なボディラインが肌色のまま、眩しく見えているのはナゼなのか。

(あ、そっか…空気が無いから照り返しとかなくて…だから光と影がハッキリ分けて見えるんだっけ)

 などと講義を思い出しつつ、優香里の所作はとても安定しているように見えて、まるで見えない大地にシッカリと足を着いているみたいだ。

「だ、大丈夫なの?」

「へーきへーき、とりあえず二人とも、わたしの処まで来てみて!」

 親指を立ててグッジョブ、みたいなアイドル。

 呼ばれても、真っ暗な宇宙は正直、怖い。

「でも、優香里ちゃんが呼んでるんだし…」

 息を深く吸って、はあぁ…と吐く。

(……よし、行くぞ!)

「まずは僕から…!」

 意を決して、宇宙船の出口を軽く蹴る。

 一歩、外へ。

 舞人はついに、宇宙へと飛び出した。

 ……ふわ……。

 という感じで、身体が流れる。

 足の力は思っていたよりもそのまんまだったらしく、予想外のスピードで飛び出していた。

「!」

 何もない空間で、何の抵抗も無くクルクルと回る身体。

 漆黒の空間の中で、宇宙船と優香里だけが、上下なく回転して流れてゆく。

「うわわわっ–ととっ、止まらないっ!」

 そんな中でも、母船から離れてゆくのが解るのが、本能的に怖い。

 焦って慌てて、何かに縋るように手足をバタバタする舞人。

(こ、このまま、宇宙漂流っ!?)

 そんな想像が頭をよぎると、もっと怖い。

 心の中が、少しずつ確実に、焦りと恐怖で占められてゆく。

 まだ冷静だけどちょっと混乱し始めている少年の耳に、またアイドルの声が届いた。

 その声は、焦りとか全く無くて、むしろ楽しそう。

「一条く~ん、いい~? まずは深呼吸して、落ち着いてね。そしてゆっくり、十まで数えてから『止まれ』って、思ってみて」

「えっえっ–し、深呼吸して、止まれ? ……は、はひ…すううぅぅ…」

 バイト先輩の言うように、回転漂流したまま、深く深呼吸。

「はあぁぁ…で、い~ち、に~い…」

 なるべく焦らず、十まで、頭の中で数える。

「…きゅ~う、十っ…止まれっ!」

 思わず言葉になっていたけど、思ったと同時に、何事も無かったかのように、回転が止まっていた。

 キョロキョロして、斜め後ろに向いたヘルメットの向こうに見える優香里も宇宙船も、上下が斜めに逆さまだけど、確かにピタリと止まっている。

「……回転が、止まった」

 安心してから分かったけど、宇宙船から飛び出した自分は、既に優香里を通り過ぎている。

「丁度いいわ。一条くん、上下が逆さまでしょ? 頭の中で、自分の上下を宇宙船に合わせてみて」

「えっと……」

 上下を合わせるのだから、この状態だと側転する感じかな。とか思ったと同時に、宇宙船と優香里がクルっと回転。

 一瞬ともいえる速さで、舞人と上下方向が同じになった。

「あわっ、何か、回転した!」

「うん、上手上手。今度はこっちまで飛んできて」

 飛んできてと言われて、空を飛ぶようなイメージ。

 今度は優香里たちがポーズを変えずに、そのまま近づいてくる。

 少年自身が、移動したのだ。

 数メートル手前で停止すると、今度は舞人の正面に、クルりと降りた感じ。

 ここまで動いて、宇宙空間での動き方とか、なんとなくだけど掴めてきた。

「どう? ICスーツの使い方、わかった?」

「…うん、だいたい、だけど。難しい操縦とかじゃなくて、思った通りに動ける。っていうコトでしょ?」

 イマジネーション・クルーズ・スーツの名の通り。宇宙空間を、装着者のイマジネーションの通りにクルーズしてくれるスーツだ。

(そっか。だから訓練期間ずっと、理解するよりもイメージする事が重要。って言ってたんだ…っ!)

 難しい事を考えるよりも、感覚で動いた方がよい。それがICスーツであり、スーツを使った宇宙での仕事、という事だ。

 VRがホビーレベルで実現している現代人だから、目や耳や嗅覚や触覚などから得られる情報の影響力は、誰もが理解している。

 宇宙空間という、海の真ん中よりも「何かに触れる感覚のない世界」では、この無重力の感覚に、解っていてもどうしたって囚われてしまう。

 舞人のように、自分の脳内の妄想だけで、外部からの影響力をほぼ無に出来るのは、妄想癖というある種の才能であった。

 スーツの扱い方を舞人なりに体感すると、後はその感覚を、楽しみながら自分のモノにするだけだ。

 宇宙船を、自分にとっての上下や前後や水平の基準として意識。

 途端に、自分は暗闇の大地に着地した宇宙船と、同じ大地に立っているような感覚になれる。

 何と言うか、足の裏に何かが触れる感じはなくても、透明なガラス板の上にいる感じ。

 寝転がるイメージをしたら、宇宙船ではなく自分の身体が転がった。

「自分を基準に周りを動かすよりも、周りが固定してあって自分が動く。ってイメージした方が、動きやすいかも」

 その感覚は、地球上での感覚と同じで日常的だからか、安心感がある。

 たとえ、周囲が超広大で漆黒虚無な宇宙空間でも、そう感じられる少年の妄想能力。

 対して「自称 宇宙人」の凛々は、ちょっと感覚を掴みにくいらしい。

 優香里に手取り足取り教えられている。

「あわわわっ–っえっと~、上っ! と、凛々は想像します~っ!」

『それじゃぁ、みんな 少し練習してみてねン♡』

 宇宙船からの、唯の通信。

 慣れるための時間が三十分くらい与えられて、その中で舞人は、アっという間に、宇宙を自由に飛び回れるようになっていった。

「すごいっ! なんかホントに、空を飛んでいるみたいだ~っ!」

 自分が思った方向に、身体が流れる。

 方向を変える度に、背中のバーニアがプシュプシュと何かを吹き出して、少年の意思通りに宇宙を舞う。

 この噴射そのものは、移動手段ではなく、装着者に対する安心の演出らしい。

 飛行する少年は、やっぱり外は真っ暗だな。とか思って、アニメで見たような星々がキラキラ煌めく宇宙を、なんとなく想像した。

 その途端。

「ぅわあぁ! って……綺麗~」

 バイザー一杯に、色とりどりの星たちが、映った見えた。

 見えている星たちは、舞人の肉眼の目視ではない。

 装着者の強いイメージを感知したスーツが、宇宙に存在する星々を「光が届くならば見えるであろう輝き」として、映像化している。

 同時に、装着者のイメージを優先しているから、その光はキラキラしていた。

 ちなみに、見えている星たちは、舞人を中心に直径七千万光年くらいの範囲。

 目の前に広がる、神秘的で美しい光景。

 まるで、昔のSFアニメやSF映画などで見た、星たちが煌めく宇宙、そのものだ。

 上を向いて両腕を広げて、飛行、旋回、急降下から急上昇。上下を意識しても重さがない鮮やかな宇宙空間を、少年は、自分がイメージした通りに飛び回る。

「すごい……僕は本当に、宇宙を飛んでいるんだ…!」

 と感動していたら、現実に引き戻された。

『はぁい、そろそろ三十分よン。舞人くんも凛々ちゃんもぉ、慣れたかしらン?』

「あ、そうか。バイトバイト」

 少年は飛行するイメージのまま、宇宙をクルっと旋回して、いったん母船の近くに戻った。


              ☆☆☆その⑥☆☆☆


 レモン型な宇宙船のそばで、外に出て来た唯から直接、仕事の説明を受けている。みたいな立ち位置だ。

「まずはぁ、コレ絶対のお約束ぅ。破っちゃやぁよン♡」

 唇の前で、両手の人さし指で小さく×を作る、セクシー上司。

 宇宙で作業する際の、基本的で絶対的な約束事。それは。

「さっきもお話したけどねン、何か『万が一』の事があった場合はぁ、それぞれ独自の判断でぇ、危険から最も早くぅ、遠ぉぉぉくにぃ、逃げる事よン。近かったらぁ、宇宙船に逃げ込むも良しねン。ダメそうだったらぁ、装備品も放り出してぇ、まずは自分の身の安全を第一に考えてぇ、行動してねン。お姉さんとの、や・く・そ・く・よン♡」

 ビキニ鎧の身をくねらせて、ウィンクをくれる唯だ。しかしこれは何よりも大切な事だと、お姉さんはHっぽい瞳で、真面目に告げた。

「みんなのスーツにはぁ、スペースビーコンが付いてるからねン。避難したら即、スイッチオンよン。ちゃぁんと、後でお姉さんがぁ、拾ってあげるからねン♡」

「「「は~い」」」

 三人の返事にウンウンと頷いた副所長は、いよいよ仕事の内容を発表。

「今回はぁ、この宙域のこの場所ン。つまりぃ、タトス星の上空ぅ、百六十万キロの宙域にぃ、絵画を再現してもらいまぁす♡」

 と言っても、絵画が完成したら、依頼主であるタトス星からの見栄具合とかの関係で、距離とか微調整はするらしい。

「絵の題材は、コ・レ・でぇっす! じゃじゃんっ!」

 大々的な発表とともに、プロジェクターから宇宙船の前方空間へと映し出されたのは、有名な日本絵画、喜多川歌麿の「びいどろを吹く女」だった。

「びいどろを吹く女……?」

 びいどろを吹く女–。

 江戸時代の有名な絵師、喜多川歌麿が、寛政二年(一七九〇年)または翌年の寛政三年に描き上げたと言われている、女性画。

 別名「ビードロ吹き」「ポッペンを吹く女」とも呼ばれている。

「こ、この絵を描くって……宇宙空間にですか? ど、どうするんですか?」

 宙域に絵を描くとは、どういう事なのか。

 ビキニ鎧のお姉さんは、綺麗でセクシーな艶顔で、話を続ける。

「みんなが装着しているペイントガンでぇ、この宙域の指定する範囲にぃ、色を撃ち出していって貰いまぁす。特に男の子の舞人くんはぁ、元気に打ち出してねン。いやン。指定する範囲はぁ、縦幅が一千三百二十万キロメートルでぇ、横幅が八百八十万キロメートルよン♡」

「た、縦が、いっせんさんびゃく……!?」

 文系の舞人には、正直、何の事やら全く想像できない。

(僕が頭悪いのかな…よく分からないんだけど…)

 もちろん、お姉さんだって、舞人と凛々が初心者である事は理解している。

「それじゃあ、作業の手順を説明ねン。まずはみんなぁ、船の正面を見てン。それからぁ『枠を見たい』って、思ってねン♡」

 言われた通り、レモネードα号の前方を向いて「枠が見たい」と思った、次の瞬間。

「わっ、ヘルメットに何か映った!」

 卵型の内部に、白くて縦長な、四角いフレームが現れた。

 フレームの四隅からは、三色に色分けされた細いフレームが、宇宙船の先端部分に伸びている。

 何と言うか、宇宙船が宇宙空間で凧揚げしているみたいだ。

「フレームが見えるでしょン。その四角い枠がぁ、みんなに色を撃ちだして貰う範囲よン。フレームに繋がったタコ糸みたいなサブフレームはぁ、この母船とフレームの距離を色分けしてぇ、見せてまぁす♡」

 色分けされたサブフレームは、水平距離で百キロメートル毎に色が変わって、赤、黄、青。つまり、母船から四角い縦長のフレームまでの距離は、約三百キロという表示だ。

 色を撃ちだすメインの四角い枠は純白で、実際には、不可視の特殊な電磁フィールドだという。

 ここまでで、舞人はなんとなく、仕事の仕方が解ってきた。

「つまり、このスーツで宇宙空間を移動しながら、あの白いフレーム内にペイントガンで色を撃ちだして絵を描く。というコトですか?」

「正解ぁいン♡ 舞人くんたらぁ、飲み込みが早いのねン。呑み込みが早いのはぁ、女の特権なのにン。きゃ♡」

 大人でなければよく分からないであろう事を言いながら、お姉さんは正解をくれた。

「あのフレームの前方ぅ、十キロ辺りで色を撃ちだすとぉ、丁度いいわン。とにかくぅ、最初は・あ・せ・ら・な・い・で、慣れていってねン♡」

「「「は~い」」」

 熱っぽいウィンクを貰って、三人は作業に取り掛かる。

 宇宙空間に、絵を描くのだ。

 フレームに向かって「飛ぶ」と意識をしたら、身体がフワりと飛翔。

「フレームの手前、十キロか」

 宇宙船から二百九十キロメートルの距離を、ほんの数秒で、たどり着く。

 十キロ手前と言っても、縦千三百二十万キロ、横八百八十万キロの広大すぎるキャンバスだから、視界いっぱいどころか、全体を捕らえる事すら不可能だ。

 絵を描くフレームの正面なのに、視界に映るのは、ただの宇宙。

「うわ~。なんか凄いな~」

 どうしたものやら、と、思っていたら、宇宙船の唯から通信が入った。

『優香里ちゃん、一条くん、凛々ちゃん。ヘルメットの「イラストゴーグル機能」をぉ、オンにしてみてン♡』

「イラストゴーグル?」

 と口にしたら、フレームに細かい無数のマス目模様が出現した、どうやらICスーツは、飛行以外の色々な機能も、音声入力でも操作できるらしい。

 通信マイクは全員共通でオンにしているからだろう。一緒にゴーグルをオン

凛々の声も入ってくる。

「ひゃやや~、フレームが細かく仕切られちゃ手ました~。と、凛々はビックリしたのでした~!」

 宇宙でのバイト経験があるためか、アイドルはすぐに仕事の手順を推察する。

「あ、わかった。この細かい枠の一つ一つに、ペイントガンで色を置いてゆくわけですね。つまり、この一千万キロ以上の大きさのモニターにピクセル絵を描く。みたいな感じですよね」

『ピンポンピンポ~ン。あったりぃン。元イラストとぉ、ピクセル絵の位置関係とかぁ、場所ごとの色とかぁ、必要な情報はぁ、ヘルメット内に映し出されるからねぇン。それじゃ、今日は練習もかねてっていう感じでぇ、タッチ、しましょうねン。解らない事があったらぁ、エンリョなく訊いてねン。お姉さんが優ぁしく、教えて、あ・げ・る♡』

 少しは聞き慣れてきたセクシーボイスを合図に、三人は作業に取り掛かった。

「この広~い面積に、この水鉄砲で色を置いていくわけか…」

 地上での訓練で慣れた水鉄砲を手に、宇宙空間を移動しながら、広い面積を眺める。

(トランポリンとか水鉄砲とか、たしかにこのバイトの為の訓練だったんだなぁ…)

 とか、今だったら理解できる。

 なんとなく腕のダブルタイマーを見たら、待ち合わせをしてから既に一時間半くらいが過ぎていた。

「えっと…まずは元イラスト」

 と言ったと同時に、予想通り、ヘルメットの右側に「びいどろを吹く女」が表示される。

「お…っても、フレームのどこに どの色を撃ちだせばいいのかな?」

 と呟いたら、元絵が、目の前のフレームと同じ大きさまで、部分拡大された。

 上下左右にと頭を動かしたら、視界のフレームに合わせて元絵の拡大箇所も動く。

「なるほど、どこにどの色を撃ちだすかは これでわかるんだな」

 フレームが超巨大だから、ちょっとした基準も欲しくなる。舞人はフレームに対して上昇すると、左右真ん中の頂点あたりで停止。

 元の絵とフレームの縦横比はピッタリ同じ。唯によると、人物の部分だけでなく背景にあたる余白や、紙そのものも含めて、描くのだ。

「パズルみたいに、端っこから埋めていこうと思ったけど」

 舞人はフレームと元絵とを比べて、女性の頭髪部分の頂点の色を撃ちだそうと、狙う。

「あの辺りかな……」

 あらためて、頭頂部分にまで、降下移動した。

 元絵の色を確認していると、モニター内には、ペイントガンで選択した色も表示される。

 頭髪は黒だけど、人物像の頂点としては、髪留めらしい赤いリボンがあった。

「まずは赤色か…ええと」

 拡大すると、元々の紙の色と薄く混ざり合っていて、しかも黒ではない色で輪郭の線が描かれている。

「へぇ…けっこう細かいんだな~」

 撃つべき色は、ごく薄い赤茶色だと分かった。

 使用する色は、どうやら作業する自分たちが判断するらしい。

 失敗するのはイヤだから、水鉄砲は単発にセット。

「まずは一発目……って言うか、何もない空間に撃って平気なのかな。まあ…まずは やってみよう」

 意を決して、息を呑んで照準を合わせる。

 ユックリとトリガーを引いたら、何の反動もなく、その色が撃ちだされた。

 –ピスっ!

 イメージとしてはそんな感じ。

 秒速十キロメートルほどで射出された色の弾丸は、地上での訓練の時と同じ、銀玉鉄砲の銀玉ほどの大きさで、一瞬だけ見えて遠ざかる。

 そして一秒後、色が到達した四角いマスが、撃ちだした色でポっと四角く染まった。

「色が付いた! っていうか、すごいな~!」

 到達した瞬間に色が広がったという事は、一瞬であのマス目いっぱいに広がった。という事だ。

 しかも見た目には何もない空間なのに、ちゃんとフレームの中で固定されているらしい。

「マス目の大きさは解らないけど、十キロ離れても見えるんだから、かなりの大きさなんだろうな」

 そんな事を、漠然と思う。

 白いフレーム内の細かいマス目の一つが、色づいた。これを、元絵と同じ絵が完成するまで続ける、という事だ。

 仕事内容を理解した少年に、優香里からの通信が入った。

「どう、一条くん?」

「うん、だいたい分かったよ。宇宙を飛びながら色の球を乗せていくって事でしょ?」

 言いながら視界を巡らせると、ヘルメット内にまた新しい情報が映し出された。

 フレームの向かい側、自分の背中方向に向くと、三百キロくらい先の宇宙船は、当たり前だけど視認できない。

 しかし母船の位置とおぼしき場所から、漫画の吹き出しみたいな丸っこい枠が飛び出していて、吹き出しの中には母船の姿。

 更に頭を巡らせたら、フレームの下方にも同じような、二つの吹き出し。

 舞人から見て右下は凛々、左下は優香里だった。二人とも、それぞれの吹き出しの中に映し出されている。

 ゴスロリメイドな宇宙服少女は、女性が口にするびいどろの部分を、ピッタリスーツの少女は元絵の右側下から、それぞれ塗りつぶしてゆくつもりらしい。

「とにかく、作業を続けていくよ。慣れれば問題ないと思う」

 少年の返答に満足したらしいバイト先輩は、凛々にも尋ねる。

「凛々は どう?」

「はい~…あややっ。凛々は色を間違えちゃいました~!」

「大丈夫よ。色を失敗したら、ケシゴム効果のある『無色弾』を撃ってから、また色を乗せればいいから」

「はいぃ、気を付けます~。と、凛々は反省するのでした~」

(そっか。失敗したときの事とか、いま初めて聞いた)

 そう思って、失敗してくれた凛々にさり気なく感謝しつつ、舞人は宇宙空間に絵を描くバイトをスタートさせたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る