比喩ではなく物理的に宇宙(そら)のキャンバス ~トンデモ舞人くん!~
八乃前 陣
プロローグ 空想は全てを超える
子供のころ、冬になったら雪の中で、ぼ~っとしているのが好きだった。
毛糸の帽子やマフラー、コートや手袋などを温かく着込んで、しんしんと降る雪の中、公園でジっとしている。
正面を向いたまま焦点を定めないでいると、ボヤけた視界の中心、緑の植え込みとかだけを残して、周りが白い闇になって、小さな景色の中を静かに雪が降り続けるのだ。
「なんだか不思議な眺めだな~」
まるで真綿に包まれたみたいな緑の葉っぱに、真っ白い雪が音もなく降り続けている。
幻想的な景色に浸っていると、大抵、心配した大人の声で、現実に戻されたりした。
口元まで湯船に身を沈めながら、目を閉じて想像するのも好きだった。
(お風呂の中だけど、僕は今、海にいるんだ)
お湯の中を海とか考えると、意識から湯舟が遠退いて、暖かいけど周りは海だと思い込めてくる。
青い海と、青い空。大海に浮かんだ自分だから、周りは全て水平線。
ネットの動画とかで見た事のある、クジラのジャンプとかを思い浮かべると、海に漂っている事が、ちょっと怖く感じたりする。
やがて自分の正面から、巨大な鯨が大口を開けて、飲み込みにきた。
上下に開いたアゴよりも、横幅三メートルくらいの広い口が、とても怖い。
迫りくる口の中はなんとピンク色で、髭状の歯は真っ白だ。
呑み込まれながら、歯の隙間を海水が流れる時の、ザザザとした波の濁音。
「わ…っ!」
自分の妄想なのにちょっと怖くなって、思わず目を開けると、当たり前だけどいつものお風呂だった。
都会は夜でも明るすぎて星が見えない。と言うけれど、案外そうでもない。
晴れた日に、マンションの屋上とか、なるべく高い場所で夜空を見上げる。そして周囲の明かりを遮るように、顔の外側を両手で隠す。
そのまま数分ジっとしていると、それだけで、思った以上に星が見えた。
暗い青色だけど透明感のある夜空は、図鑑などで見る真っ黒な宇宙よりも、なぜか「遠くの向こう」までを想像させる。
小さな星たちも一色ではなく、白色や黄色や赤色などの、色とりどりだ。
「えっと……あれが小熊座だよね」
図鑑などで見た正座の星を見つけると、頭の中で、図鑑に描かれていた黄色いラインで、星たちが繋がる。
すると、視界の中の星座たちがハッキリと、形になって見えた。
「すごい……星座の周りで星がキラキラしてる!」
広い春の夜空には、北に小熊座や大熊座、西には牛飼い座、南の空には乙女座や獅子座が形作られ、更に空気の濃度のおかげで、星たちがよりキラキラと煌めく。
やがて自分の意識も、星たちの中へと溶けてゆく。
そんなふうに天上を見上げていると、暗い空へと本当に吸い上げられてしまいそうな、不思議な錯覚に捕らわれたりした。
夜、寝るときには電気を消す。
なかなか眠れないと、やがて闇に眼が慣れてきて、暗い室内でも薄ボンヤリと、壁とかが見えてくる。
だから、ベッドの中で目を閉じて、見上げていた夜空を思い出し、宇宙を想像。
意識を、宇宙空間へと飛ばしてみる。
布団の中で寝ている自分が、マンガの幽体離脱みたいに遠退いて、仰向けのままの体はグングンと上昇。
天井を抜けて屋根を超えて、近所で一番高いマンションの屋上よりも、更に上空へ。
そこから地上を想像して、振り返ってみると、いつも見かける街のバスが、急速にサイズダウンしてゆく。
普通のバスの大きさから、シングルベッド、まな板、プラモ、ミニカー、そして親指サイズから小指よりも、もっと小さくなる。
それでも、バスのライトはずっと黄色い。
近所の家々も個々の輪郭が薄れて、細い道の常夜灯で仕切られた、歪にブロックを形作る光の点線へと、変わってゆく。
更に上空へ上がってゆくと、町内は、家々の灯の集まりと暗い車道に分かれる。
車道に逆らわず流れるヘッドライトは、無機質なのに生物的な規則正しさを感じさせて、まるで人類が認識していない別なる生命体かのような、不思議な想像もさせられる。
もっと上って、もう家やコンビニ、街燈の明かりで作られた光の点線しか見えなくなると、やがてそれら数色の光が、紐状に繋がって見えた。
光の紐たちが絡み合い横たわる黒い台地は、ちょっと幻想的。
目線を変えて、路上を歩く日常生活では決して見えない、高所からの遥か遠くへと視線を向ける。電車で数十分かかる南の港には船が停泊していて、仄かな常夜灯が穏やかに明滅。
街の北側を見ると、濃紺色の星空に漆黒の山が輪郭を見せていて、なんだか畏怖を感じたりした。
更にグングンと上空へ上がってゆくと、雲を抜けて空を超える。
視界を占めていた街が小さくなって、地域が縮んで、大地が遠のく。
そしていつしか、衛星写真みたいに、日本全体が見渡せた。
青い海は思ったよりも艶々だとか思いながら、宇宙にまで出る。
宇宙は限りなく黒に近い濃紺に感じられて、様々な色の星々が綺麗だ。
(僕は今、宇宙にいるんだ)
地球全体がソフトボール程の大きさに感じられるのは、どのくらい離れたからなのか。
意識の中ではもう、重力は感じない。
(無重力空間だよね……どうやって地球に帰ろうかな…)
そんな事を考えると、意識がこのまま宇宙漂流してしまいそうで、ちょっと怖くなって、目を開ける。
(まさか本当に宇宙空間?)
とか、心のドコかで考えながら、目を開けたら当たり前にベッドの中で、ちょっと安心したりした。
大きな瞳が女の子みたいで可愛らしい、やや小柄な少年「一条舞人(いちじょう まいと)」は、自由に意識を飛ばせるそんな「空想」が大好きで、そして絵を描くことも好きだった。
だから、今年度に高校生となった舞人の通学カバンには、教科書やノートのほかに、ラクガキ用の無地ノートと色鉛筆も入っている。
舞人は空想とラクガキが大好きな、ラクガキストだった。
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