第14話の最終回 お客様都合による返品不可の大団円

十二時に始まったイベントは、焼きそば片手の観客に囲まれて賑わっていた。


小夜さんが「山笠の人はこんな場所で?祝い唄と一本締めってやってもいい感じなんですね。」と聞いてきた。

私が「まぁ、男の社会はメンツの社会ですから。何をやっても怒られるでしょう。」と答えておいたことが真理だった。それ以上でも以下でもなかった。


つまり、論理的には私が小夜さんに伝えたこと…「やらずに怒られるより、やって怒られた方がいいんじゃないですかって部長に言ったら、すんなりやることに決まりました。」この言葉に凝縮される。


山笠の長法被は、正装の時に着るものらしい。それを、着せてセレモニーをやるかどうかって話を部長から相談されたのである。彼が怯えているのは「これはヤマの行事かぁ?」と総代や関係者各位からしこたま怒られる可能性があるというめんどくさいところ。


実際、その覚悟があるかどうかという話なのだけど。まぁ、私自身はこのイベントは山笠に関わりがあるわけではないからどうでも良かったのだけど、七百年続いている祭りで弊社主催のイベントが彩られるのであれば、それも箔が付く。


そして、どうも男気のある総代という町内の最高責任者から、心付が届いているらしい。まぁ、そうなると…ね。怒られる覚悟でやらざるを得ないでしょう…。


「参加者の山笠関係者を一列に並べて、博多祝い唄を歌ってもらう感じです。最後は、博多一本締め。」


小夜さんは、にやりとして「いいですね」と言った。「一本締めは、このあとは、しのごの意わずに、決まったことに従うという意味です。後腐れなしのパワハラ儀式です。」


私はそのことは初めて聞いた。


「責められないと言うことですか?何をやっても。それはいいですね…ヤクザみたいです。」


そんな話をしていた。


遠いロシアの端からまこちゃんがTwitterを中心に、男の尻の画像と、福岡の裸体文化について熱く語ってくれたおかげで、弊社のイベントがネットの中ではかなりキワモノ的なバズり方をした。


炎上近くにまでなっていたけれど、ネットに無頓着な弊社社員には、全く何も気づかれなかった。


部長は、顔写真入りで、このイベントの首謀者…いや主催者と謳われていた。多分、ゲイ扱い。


締め込みで泳ぐらしい。遠泳するらしいと、いうところがバズったので、中継することにした。学生の一人がドローンを持っていて、社長のクルーザーに一緒に乗り込んで、ダイナミックな映像をお届けすることになった。


司会進行役には、声が通って、度胸があるルコさん。私と言う話もあったけれど、私は全体を見ていないといけないので遠慮した。


「大江さん!キャバクラNo. 1がいなくなりました!ご帰宅されたということです」ヤシロが伝えてきた。


私は、そうか…。戦死者一人っと。と、なんの感動もなく考えていて、部長のビンタ役がいなくなったと言うと、小夜さんが、ヤシロさんが出ればいいですよ。と言った。


え?と私とヤシロ二人がキョトンとしながら、女装した方がいいですか?ドンキにカツラ売ってますかね…と言うと、そのままでいいんです。部長はもう、ネットの中ではゲイ扱いですから。と小夜さんは返してきた。「ヤシロさんがラバースーツとか持ってるんだったら別ですけど。今の可愛い感じでも『タチ』『ネコ』関係がわかりやすくて良いですね」とニヤニヤしていた。それは百合用語だ。間違った知識を披露することもあるんだな。小夜さんでもと思っていた。


あー…と私が言うと、ヤシロは、まぁそれもアリかもしれませんね。殴っちゃえばいいんでしょ?平手で。と軽く請負った。物理的な暴力は好みませんが、ネタとしてならオイシイです。と、ノリの良さを見せつけた。きっとそれが彼がモテる理由だ。


そんな会話で気軽に始まった部長の遠泳だった。


しかし、思いのほか大変だったのは、意外にも体力勝負の部長は途中で体力が切れかけて、溺れ始めたことだった。


足が吊ったり、海水を飲んだりしていて、二十四時間テレビのマラソンのラストシーンみたいになっていた。


ある程度、前座の男衆の皆が、告白タイムでビンタされ、海水の中に落下したりしていた、そこそこ色男の海外帰りのスポーツマンはキャバクラのお姉さんにキスされたりしてひと通りは大盛り上がりになって、おちついた時に、部長の遠泳の映像がロッキーのテーマでスクリーンに映し出された。


その音楽に乗って、体力が続く限り命をかけて愛する人の元に泳ぎ辿り着こうとする部長の姿をルコさんは必死にトークで煽り立てた。お見事と言うほかない司会進行だった。しかし、陸で待っているのはキャバクラNo. 1ではなくて、ドキドキしながら目に涙を溜めているヤシロなのだ。


音楽って便利だなぁ、ロッキーってスタローンって、何にもましてビルコンティって偉大だなぁと思う瞬間だった。感動的で私自身も涙した。


おばあちゃんも涙してた。

沿岸から応援のシュプレヒコールが湧き上がっていた。

ヤシロまで胸の前で祈るように両手のひらを組み合わせて涙ぐんでいる。

ひとりの青年がゲイの道に落ちた瞬間だったかもしれない。


そして、渡辺部長が泳ぎ着いた。

歩き方が変だった。どうも締め込みが擦れて塩水がまたずれを起こしたところを刺激してうまく歩けないようだ。まるで、某下半身だけ剥き出しの「はちみつたべたいなぁ」がお決まりの台詞の熊のキャラクターのようだった。

そして、彼の想像の中では、待っているのは、愛するキャバクラ愛人No. 1の筈だった。

そこで、ビンタされる小芝居があって、みんなが人生の理不尽さと努力は叶わない世知辛さに大爆笑して、このイベントが終わる筈だった。


そのイベントが終わった後は、予約していたホテルでよしよししてもらう筈だったんだろう…。それを楽しみに泳いできたのだ。股ずれしながら…。命を賭けて。


しかし、そこにいたのは、見ず知らずの男の子ヤシロ。


「お前、誰?」というような顔をしている部長に感動して涙を湛えたヤシロは駆け寄り抱きつきキスをした。


どこまで本気かわからないが、衆人環視の中、部長のゲイ疑惑が確定した瞬間だった。バカだなぁヤシロ…その場の雰囲気に流されてお前までゲイ確定だなと後で言うと「大江ねぇさんはそれだからモテないんですよ」と返された。どうも、ゲイには女子が心を開きやすいらしい。まぁ、そうだな…。


そして、ヤシロが部長の唇に吸い付き、舌を絡めているであろうという濃厚なキスシーンに拍手とおめでとう!という言葉と失笑。シュールなエンディングに入ろうとしたときに、物凄い勢いで駆け上がってきたキャバクラNo. 1がヤシロに飛び蹴り、倒れ込んだ二人を引き剥がした勢いで二、三度ビンタした。そして、上体を起こしてキョトンとしている部長にキャバクラNo. 1が号泣しながら抱きつき転がりながらキスをした。必死にごめんなさい好きだと言っていた。ふたりの生足が絡み合って下品にエロかった。


上空からドローンの空撮と、ルコさんのハンディと、映像研の学生のリアルタイムの編集の連携が見事だった。


「愛だ!」と頭の中で閃いて、それを思ったら腹の底からおかしくなった。最低最悪の状態で、あのキスだ。

渡辺部長もうっとりとキスに応じてキャバクラ愛人No. 1の腰と胸をひかえめにまさぐっている。最低最悪の衆人監視の中でお披露目された愛だった。


小夜さんは「部長、愛が叶った瞬間です。おめでとうございます…破滅をもたらす純愛ですね…。」と呟いていた。目が潤んで声が震えていた。


ヤシロは失恋したような顔で二人を眺めて、傷つき逃げるように背中を丸めて小走りで退場、少し涙ぐんでいた。擬似失恋。ルコさんが「少し事情ありの素敵なカップルの誕生です!二人に幸あれ!」と言うとそれを合図に、安室奈美恵のキャンユーセレブレイトが大音量で流れ、しょぼい大型のクラッカーの音が切なく響いた。本当は、花火とか上げたかったなぁ…。

しかし、この爆音で流れるキャンユーセレブレイト、小室哲哉はやはり偉大だなぁと思った瞬間だった。


それらが、観客席の渡辺部長家族の前で行われた一部始終。


感動はしたが、私の感想は「なにしてくれてんねん…。キャバクラ愛人No. 1…。一気にファミリーイベントじゃなくなっとるやないけ。」だ。


そんな感想を社内の誰しもが思っていた。破滅的な恋愛が好きそうな小夜さん以外は…。


周囲の人はキャバクラNo. 1が部長の奥様か、お付き合いされてる方だと思っていて、綺麗な方よねと、惜しみない拍手を送っていた。


小夜さんが、こういった愛のカタチもあるんですねおえかきさん…。と感に耐えない表情で目を潤ませながら相変わらず声を震わせながら言う。


渡辺部長の奥さまとお子さまは、何が起こっているかわからず、愕然とした顔をしていたが、ほどなく奥様が顔を真っ赤にして複雑な表情をして足早にその場を立ち去っていった。その姿を見ながら、私は戦後処理の仕方ではとんでもないことになるぞとドキドキしていた。


後日、部長は離婚調停中だということを耳にした。戦後処理に失敗したんだなと思った。


小夜さんは、突然会社から意味もなく姿を消した。そのあと私も辞職して、もう一度就職活動をすることに決めた。辞めさせられたわけではなく、もう一度新しい場所で全力で頑張ってみたいと思ったから。


就職活動中に小夜さんから手紙をもらった。また、一緒に仕事がしたいと書いてあった。消印を確かめてみたけれど、知らない土地だった。


私はその一緒に仕事をしたいと書いてあった手紙をお守りにするくらいに今も大事にしていて、それを見るだけでその時のことを思い出す宝物になった。


それだけ嬉しかったんだ。

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