第13話 断崖絶壁からジャンプ
私は気分的には捨て鉢で「もう、どうせ退職ですからね。イベント、どうせ失敗するなら、全力で崖から飛びます!崖の途中の岩肌や木に引っかかって切り刻まれるくらいならどれだけ高い水柱立てられるか記録を狙います。このクソイベと一緒に!小夜さん、このクソイベ、なんで冬場に夏の出し物持ってきてやがるんですか?しかもこんな地味な…。」と罵った。
小夜さんは頭を掻き毟る私をニヤニヤしながら見て「しりませんよ。想像力の欠如の賜物でしょう。」と言った。
私はストレスを感じながら、爪を噛む。
「内容の変更を考えています。」と、私が呟くように言うと、小夜さんは「ほう?」とだけ反応した。
その反応を確認しながら慎重に「私の友達にコスプレ勇者がいます。海外在住の…。 レベル999.9999くらいある勇者です。いわゆる『拡散希望』で一気にタイムライン上を汚染してくれそうなひとです…。世界中で…。」と言うと、小夜さんは呆れたような口調で「コスプレ大会、するんですか?」と言った。
私は「いや…、いや…。」と否定しながら頭の中の探るように話を続けた。「最初はそう思ってました…。
でも、時間が足りません。仕込みが圧倒的に足りません。その友達は、コスプレ勇者なのですが、お腐れ様でもあって、海外の組合員も…。ガチムチの…。」
私は少し、頭の中を手探りで話しているうちに、話しながら自分の中の世界に入っていってしまった。前に小夜さんがいて、説明をしながら自分の考えをまとめようと夢中になった。
小夜さんは首をかしげながらその違和感を伝えるために「何を言ってるかわかりません。おえかきさん…。」そう言いながら私を諌めるような口調になっていた。
「部長は確か山笠の…。
祇園山笠の…。流の役付きの…。
今度なんとか講の飲み会がと…。」
私は悪夢にうなされるように呟きながら、部長の席に近寄ると、部長の席を思いっきり蹴ったらしい。私はあまり覚えていない。馬鹿な後輩を束ねているうちに、脳内麻薬でラリってしまったらしい。
また、風邪の熱が振り返してきてる気がしていたけれど咳は出ていなかったし、喉の痛みもなかったから大丈夫だろう。言動を忘れてしまう事以外は…。
小夜さんがにやにやして言った。 「凄かったですよ?おえかきさん。
机蹴ったあと、夏場には街中でケツ晒して水浴びて気持ちいい!ってイキリながら必死で走ってるくせに!冬場は寒いからケツ出せねぇっていうのか!何が男っぷりだ!何が粋だ!って言ってました。半分罵るように…そんなに男の汚いお尻が見たかったんですか?」
私は言葉に感情を込めず言った。
「私は、ガチムチではなく、細マッチョの色白で私が制圧できそうなオトコがタイプです。BL好きには変わりありませんが…」何を答えているのか良くわからなかったが、もう、何もかもめんどくさかったので、頭の中に浮かんだ情報は全て口に出すモードに入っていた。「しっかし…。我ながら…。この要素を盛り込めるとは、マジ覚醒したかも…。」
「なんですか?最近メモに頭の中の走り書きをしないんですね、おえかきさん。暴走している感が半端ないです。」
申し訳ない気持ちがあったけれど、本当に周囲に説明することが難しくなっていっていて「頭の中の思考が追いついていないので…。まとめられないんですよ。一言で言ったら、そのふんどし姿のガチムチを寒空の下、海の中にたたき込んだら壮観だろうなと思ったのです…。クリスマスも近いですからね…。低コストで現実的です。しかも、おばあちゃんたちは意外と筋肉好きです。三世代のファミリー向けの要素も網羅しています。」
小夜さんは、不思議な顔をしていた。
そりゃそうだ、こんなことを考えるのは私か、まこちゃんくらいしかいない。いや、まこちゃんでもこんなことは考えないだろう。
私は言い訳するように「クリスマスも近いです。海へ飛び込んでマリゾンに流れ着いて梯子を駆け上がって告白タイムにしましょう。そういう提案です。小夜さんには理解不能かもしれませんけど…面白いイベントになる気がします。」と言った。言い訳するように言ったけれど、面白いイベントになるだろうなという部分は自信があった。
私はきょとんとしている小夜さんに対して、詳細を説明する。説明しながら自分の考えをまとめていく。
「つまり。マリゾンって言うウエディングサービス、目の前に広がる白い砂浜、博多湾に沈む夕日と海岸線など、最高のロケーションを生かしたオリジナリティーあふれるサービスや演出を、各ショップやレストランで楽しんでいただけます。っていう場所に、部長が入れ込んでるキャバクラの薄着のねぇちゃん並べて、ねぇちゃんは紫色した唇のガチムチに駆け寄ってもらって告白。拒絶の平手でぶん殴ってもらうんですよ。振る時には。」
小夜さんは納得いかないような顔をして「振られる前提で話してますね」と言った。
「あ、そうか。告白オッケーだったらキスしてもらいましょう。山笠の時は女断ちするらしいですが、折しも真冬です!女断ちの必要もなく、そのままシーホークホテルで台あがりですよ!」そういいながら、でかい声で笑った…らしい…。らしいというのは、自分が言ったことを覚えていないから。
ほとんど覚えてない…。
あまりのストレスにタガが外れたのだろう。それか、何かが取り憑いていたか…。そして、そのイベントは、部長決済で盛り込まれることになった。よくこの時期にマリゾン側はオッケーになったな…。と思った。
私は、その後小夜さんに改めて説明をする。
「山笠の男衆には海岸線に沿って三メートルほど泳いでもらうだけにしました…。海岸からマリゾンまで。けど、弊社社長所有の漁船から部長には飛び込んでもらいます。他の人への示しもありますから。二十四時間テレビってあるじゃないですか。みんな走りますよね。あの役目です。まぁ、海を泳ぐ複数人のライフセーブを管理できないというのもありましたけどね…。」
小夜さんは相変わらず、会社の内部事情に詳くて「社長のはクルーザーですよ。漁船ではなく。業績悪化で売り払うらしいですから最後のお披露目になりそうですね。」と教えてくれた。おそらく、ニュースソースは口の軽い部長だろうけど。
という、話で今日がそのイベント。何はなくても、目玉ができた。
だが…。何よりも一番手がかかるのが、部長が揃えてきた女どもだ。文句ばかり言う奴らで、なんの協力も仰げない。部長が普段どんなふうな女と付き合ってるのかよくわかった。
寒いだのお腹減っただの、飲みすぎて頭が痛いだの。人員がほとんどそちらへかかりっきりになってきた。
私が苦手な部類の女子なので、学生たちには近寄らないように言っていたのだけど、男どもは学生であっても誘蛾灯に誘われる昆虫のように次々と引き込まれて行って帰ってこなくなった。
ポンコツ社員だけでは会場が回せないじゃないか…。
「ねぇ、おえかきさん。あそこらへんのゴミ一掃してきていいですか?」
小夜さんがぼそりとそう言った。
もちろん、毒虫のようにケバケバしい女どものことだ。「ファミリー層には、あれは不向きです。」納得いかないという口調で指をパキパキ鳴らしている。
そう言われたらそうだけどね。そもそも、このイベント自体がファミリー層向けではない。追加で配りまくったチラシには、【クリスマスがやってくる!締め込み姿の男衆の撮影OK!今年をこの締め込みイベントで締めくくろう】という筆文字が踊っていた。小さくウサギのイラストがしめしめと言って笑っている小細工デザインでファミリー向けを演出したつもりだ。やっつけ感が半端なくて恥ずかしいけど。
焚き火が四角い業務用油缶の中でバチバチと燃えていて、その炎を囲むように、キャバクラのお姉ちゃんが陣取っていた。
椅子に座ってるのが、おそらく人気No.1なんだろう。寒さに震えながら、歯を食いしばりながらうずくまってるのが多分下っ端ちゃん。寒すぎてお姉ちゃん同士で抱き合ったりしてる子もいて不憫だったりもするが、大体は金髪が風で乱れてナマハゲみたいな感じになって学生を顎でこきつかっていた。毛足の長い毛皮のコートも含めてピンクのナマハゲ然としている。焚き火で棒の先にマシュマロをくっつけて焼いている。
私は、この寒空に、脚剥き出しでやってくる集団を見たときに「女の子は腰を冷やしちゃだめだ」とおばあちゃんが言っていたことを思い出していた。
ケバケバしいキャバクラのNo. 1がヤシロに話しかけた。
「ねぇそこの、ヤシロくんって言ってたっけ、毛布買ってきてよ。ニトリあるじゃん?あそこでさ。」「え?そうっすよね、風邪ひきますよね。」そう言って手を出すヤシロに、「備品代で落としてよ。こっちは早朝からこんな感じじゃない?もう、ほんと風邪ひいたら賠償もんよ?一日に私たちがいくら稼ぐと思ってんの?」と言われて、ヤシロは私と小夜さんの方を振り返った。
小夜さんが、キャバクラNo. 1の方に歩いていって、私もその後ろに隠れるようについていかざるを得なかった。
「あんたさ、いい加減にしいよ。」そう言ったのは小夜さんで、おねえちゃんは「はぁ?なんな?あんた。」と立ち上がりながら凄んできた。
「お姫様気取りもここで終わりにせんとな。つまらんことになるけんさ、忠告に来たったい。」小夜さんの方言を聞くのは初めてだった。博多弁ではない。聞き覚えのある筑後弁でさらに「あんた、部長の愛人ね?」と、ずばり聞いてきた。
「は?誰が?なん言いよるかいっちょんわからんっちゃけどぉ。」
「愛人やろが。あの部長が貢いどるんは知っとるんやけど。夕方五時の女やん?じぶん。毎日そん時間に電話かけてくる。」
「は?かけよらんし!」とキャバクラNo. 1は、怒気をあらわに答える。
「派手な金遣いしとるくせにさ、毛布も自分で買いきらんとね。つまらん生き方しとうね。」
「あそこに、部長の奥さん来とるばってんさ、挨拶してこんね。」
「知らんて言いよろうが!」
「おえかきさん、部長がいつもお世話になっている人なので、奥さんもご挨拶されたいと思います。呼んできてください。この方からご挨拶に行くのはプライドが許さないようなので。」
「はぁ?!あんた何言いようと!?」あっという間に、派手なキャバクラ愛人No. 1(確認中)は防戦一方になった。
「ここは、ファミリーイベントやけんね…、お前みたいな輪を乱すやつは御退場願っとるったい…。どうせ、つまらん男の金だけが目当てやろが。愛があるんやったら応援もするばってん、毛布一枚金も払わずねだるようなやつにとっては、そんな愛情も換金性やろけんなぁ…。」
「はぁ!?なんかきさん!!」そう言うと、キャバクラ愛人No. 1は、小夜さんの襟元に掴みかかってきた。
「おえかきさん、この馴れ馴れしい愛人の方が、私を殴ろうとしてますよ。暴行障害事件発生です。ムービーでも撮っておいてください。」
私は、小夜さんに言われて砂浜の上に携帯を取り落としながら、カメラを立ち上げようとして、フーディを起動したりして(ちがうちがう、美味しそうに撮ってどうする)と自分でツッコミを入れたりなどして、あたふたしていたら、向こうで止まっていたラジオ中継車から、マイクを持ったキャスターが降りてきた。
「大江ねーさーん!」と、学生が叫んでいる。「取材したいってー!」と声を張っている。
「ほう?おえかきさん。ラジオの取材みたいですね。」と、襟首を掴まれたまま小夜さんが言った。
そして、掴んでいたキャバクラ愛人No. 1の手をやんわりとはらいのけると「テレビ局の取材もきっと来ますよ。おえかきさんのインタビュー次第では…。」そう言うと、急にキャバクラモブキャラのお姉さんたちがソワソワしだした。まだラジオの取材だと言うのに、携帯の自撮りカメラ機能で化粧の確認をしている。
「この場所に居たかったら、おとなしく順番を待っててください。ヤシロさんも何か無理難題を言われたら、私たちにすぐ相談してくださいよ。あなた、まだ未成年ですよね。私たちには未成年保護の義務があります。」
小夜さんは、その言葉を学生ヤシロを一度も見ることなく言った。キャバクラ愛人No. 1のお姉さんだけをメンチを切るような距離感で見つめながら。押し殺すような声で凄むように。
そして「寒いのだったら弊社のフィールドコートがあります。ヤシロくん持ってきてください。毛布いらずです。」と言った。
私は、そんな小夜さんの姿を眺めながら。「制圧完了」の文字が頭の中に浮かんでいた。
砂浜に、まだ焼いてないマシュマロの袋が落ちて転がっていた。
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