第12話 窮鼠と噛まれた猫

小夜さんは、ベローチェで魔法の言葉を言えば部長は抑えられると言った。

「気持ちがさだまったと思いますので、おえかきさんに特別に最強の呪文を授けます。よく聞いてくださいね…。」と、勿体ぶった言い方をして話した呪文の効果は抜群だった。


彼女が教えてくれた呪文の一つ目は

「見積もりは同じ会社からふたつもらうんですか?」という言葉。


相手が怯んで、大声を出そうとしたら、今度は「特に印刷会社からは!」と部長の言葉に被せ気味に相手に喋らせないようにして凄んで、場合によっては泣いてもいいと、小夜さんはにやりと笑った。


何度もベローチェで練習したから、間違えることはない。


小夜さん直伝の呪文の二つ目

「バイトを雇うとか、そんな金がどこにある?と言われたら、まだ計上されていない雑収入の枠を当てるのでは無理ですか?としっかり目を見て伝えてください。」


呪文三つ目

「相手が怯えたら、すかさず「部長の…まだ申請されていない…」と語尾を濁しながら、小声で言ってもいいです。よわよわ無課金おえかきさんの本当のままで良いです。」


小夜さんが言う「おえかきさんに、こんな演技の才能があるとは思いませんでした。リアルが充実していないと、他人の人生をうまく演じられるんですね。」という言葉には、少しトゲがあって腹がたったけど。


その部長とのやりとりのプロセスを経て、恐ろしいくらいに、すんなりとバイトを雇うことが決まった。魔法の呪文は、すごい効き目だった。小夜さんに「それって…この呪文ってどういうことですか?」と聞くと、「まぁ、想像通りです。」と言ったが詳しい事は説明してくれなかった。大人の事情というやつだ。


実は私は、学生を操るのは得意だった。学生時代にコミックマーケットへ参加した経験や、場所取りの経験。遠征の経験の中でいかにチームプレイで会場を制圧するかを語り合っていたし、参加するのが大変なら自分たちで運営した方が良くない?と言い出す奴がいて、運営にも身内のスパイを潜り込ませて便宜を計らせようと目論んでいたりしていて、政治力も磨いてきたからだ。


実は、組織運営で一番大事なのは「熱量を持つチーム運営」だと思っている。そして、そのことに関して言えば、オタクは強い。人的な調整コストがゼロだ。理不尽なタスクであっても、自分の作品を世に出すということや、”愛する押し”のためには全力を尽くそうとする。抵抗があればあるほど燃えるのだ…。


そんな熱量を持った組織で個々に熱い個人だから、逆に面倒くさいこともある。

彼らは参加の意欲と自分が達成したい目的のために論理のすり替えも辞さない覚悟で難題をぶっかけてくるからだ。


そういった個性を組織内で力技で押さえつけながらも満足度を高く満たしてやる技能はそこで身につけ、磨いてきたつもりだった。そんな成功体験があるからこそ、私は集中して迷いなく突っ走っていくことができる。


運営のためのツールは、もっぱら携帯の無料アプリで全て賄える。

私のオタク活動全盛の時代に、エンジニアのギーク野郎が環境を整えてくれたから、いまだにそれを使っている。基本は、SlackとTrello。加えてZenly。顔を見ながらの中継、ミーティングはまぁ、いろいろとあるけどLINEでもいいしFaceTimeでもいいかな…。複数人ならzoom。


Trelloを使って、後輩の学生バイトに仕事を割り振る。 Zenlyはとにかくスタッフの居場所を把握して近くにいるスタッフと連携をとってもらうのに便利だと言うと、小夜さんは苦々しい顔をしていた。「自分の居場所が四六時中わかるのは気持ち悪くないですか?」と言う。「むしろ、どこで何してるかわからない人の方が気持ち悪くないですか?」と答えると「世代の違いですね。おそらく、子どもであればあるほど自他との境がなくなるらしいですからね…」と言いながら、「子どもの調整コストの低さがスピード感に繋がるのなら、それは良い事だとします。私はやりませんけどね。」


現地に着いたら教えて!FaceTimeで現場中継してね。LINEでもいいよ。と伝えていたら、その言葉どおり、着信がきた。


”風つぇええ!超吹き曝し!!”そう言いながら、ゲラゲラ笑ってる学生がモニターに映されている。人通りは…あまりない。

画面の端で”かずえー好きだー”と、叫んでるバカがいる。精力を持て余して愛と下半身の動きが連動してるやつ。集めたのは大体バカで勢いがある子たち。


そんな勢いのある学生が言うことを聞かなくなりそうな時のための最終兵器には小夜さんがいる。その安心感は結構大きかった。


「テント飛ばされそうやね。テント固定するのにペグとか打てそう?」

「うーん、ペグも打てますけど、防災用タンクを使って、最高20Kg×6で120Kgの加重をかける事ができますけどね…。あまり見た目が良くなくって。でかい重りがぶら下がってる姿がね…。ポリの台座にかませる水重りは有料だけど、借りててもいいかもしれませんねぇ…」


イベント屋のバイトリーダーに声をかけてて正解だったなと思った、知識があるというのはレスポンスに違いが大きい。


「じゃ、判断まかせるね。有料分見積もり取っておいて。うちの会社の名前出していいからメールでいいから送ってもらって。」


集中し始めると、ここが会社だと忘れてしまう。椅子の上でスカートのまま、立て膝の上に顎を乗せて考えていた。 (小夜さんと就業時間外に会議するだけではもう時間が足りない。部長にお願いして小夜さんをスタッフに加えてもらおう。)


交渉したら、苦々しい顔をしながらではあったが、部長から許可が出た。


小夜さんは、にやにやしながら言った。

「おえかきさん。脅迫が上手になりましたね…。」


「はい、何故か部長が私を恐れるようになりました。交渉がしやすいです…。」


私は携帯のZenlyが起動されたディスプレイを見ながら「あーくそ!ヤシロ、またゴーストモード!!連絡つかない!」と苛々していた。

できるイベントバイトリーダーは時折消えてしまう。Zenlyで位置情報が動かなくなる。「女子とどっかに消えたかも!あーーーー!仕事中やぞ…。これだからリア充はちんこもげろ!って思いますよ!」


そう唐突に叫び出す私を小夜さんは、無表情で眺めている。

「かなり吹っ切れましたね。」と言った。

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