第11話 サイコパス預言者と生贄の仔羊
私は、小夜さんがお見舞いにきてくれたあと、土日を挟んで二日程寝て風邪は回復、出社することができた。事務所のドアを開ける時に、多少ドキドキした。敵前逃亡して戻ってきた兵士の気分だった。私が休んでいる間に皆が歴戦の勇者になっていたらどうしよう…と、ビクビクでドアに手をかけて考えた。
だが、現実にはそこに歴戦の勇者などは居らず、そこはやはり魔窟のままで陸軍の下っ端養成所みたいな怒声が飛び交う場所だった。つまり、ドアを開けると渡辺部長が、すごい剣幕で怒っていた。「え、えぇ…私が病み上がりで出社した朝っぱらから…?!オトメゴコロが破壊されるー…。」と思った。おそらく私の瞳孔は開いていただろう。
そっと足音を忍ばせてドアを閉めて、自分の席に着くと部長が声をかけてきた。「大江くん!ちょっと」背筋が寒くなった。風邪がぶり返しそうだ。おおえくんって呼ばれてる!!ちょっと小夜さん!!助けを求めるように小夜さんを見たが、全くの無反応だった。
「大江くん、イベント担当してくれんかね。手が空いてるのが君だけなんだよ。こいつに任せていたんだけど、全然進んでいなくてね…。お祭り、好きでしょ?若い人は。」
(はい、終わったー!)頭のなかで、そう叫んだ。
必死にこの会社にしがみついてきたけれど、とうとう、クビになる原因が取り揃えられたわけだ。
もう一度小夜さんの方へ視線を向けた。こそこそとしている余裕など無く、勢いよく体ごと背後を振り返ると、小夜さんはいつも通り無表情で自分の仕事を進めている。この人の『社内予言』は恐ろしい的中率で尽く当たる。ノストラダムスかよ…いや、あいつは全然予言当たってない…エドガーケーシーかな…?女性ならジーンディクソンか…。知らんけど…。そんなことを考えていた。
小夜さんがお見舞いに来てくれたあの日に話したことには、まだ後があった。
小夜さんがお見舞いに来て話した言葉はこうだ。
「おえかきさんが休んでる間にプランを練り直さねばならない気がしてきています。そもそも、我々が互いに手を組んだのはやりたいこと、利害が一致したからです。」
「は?…はい?」
「私はこの会社に一泡吹かせたい。おえかきさんは、自分のお絵描きを継続して出来る仕事を維持したい。その我々の利害が一致しない状況になる可能性が出てきました。」
「?」小夜さんが、なにをいってるかわからない…。
「まぁ、私は”集客だけ”できれば良かったんです。
あの適当に威張りたいだけの上役が企画したしょっぱいイベントに。我々が分不相応な集客を実現して、この会社の奴らに赤っ恥をかいてもらうのが目標でした。」ぺろりマスクの口元から舌が出た印刷が施されたものの下で小夜さんは不機嫌に舌打ちをし、続けた。
「イベントをやっているのに、イベント会場は何処ですか?と聞かれるような屈辱を企画者に味わっていただき、ともすれば、それでこの福岡という土地での貴様らの評判地に堕ちよ!永遠に呪われよ!というような信用にも関わるようなイベントであれかしと…。そんなことを祈念、夢想しておりました。新規事業のお披露目会なんてイベントではなく、信用暴落イベントにするつもりだったのです…。」
「サイコパスですね…。」私はキョトンとした顔をしていただろう。その言葉の重要性があまりわかっていなかったから。
「はい、私の名前は本当は小夜子と書いて(サイコ)と言いますからね…。名は体を表すのです。テーマソングは、KISS 「Psycho Circus」です」
「えっ!!そうなんですか?」
「嘘です。」
「あー…。嘘なんですね。」
「さて…。」
「なぜ、彼らがイベント会場をここにしたかと言えば、ここにはITやテレビ局勤務の富裕層などの住居があります。環境をみてくださいよ。福岡市博物館、福岡市総合図書館、セレブどもが暇つぶしにふらふらできるところがいっぱいじゃないですか。」
「ほー…。」
「だた…。我々のイベントは、残念ながらしょぼいんですよ。学園祭レベルのイベントです。水風船釣りや、金魚すくい、焼きそば販売。さてさて、冬の極寒の中、そこに人がきますか?風がびゅーびゅー吹いてます。子どもは凍えて泣き叫びますよ。親は子どもを持て余してイライラの最恐クレーマーと化してプンスカして帰っていきます。」
「えー…。なんなんですか…それ。」
「さらに、我々の会社は、この博多区の中洲にあるという。遥か遠く地下鉄で移動しても、なんと三十分かかる。」
「め、めんどくさいですね…」
「そうです。寒いしめんどくさいから、おそらく、下見もせずに、前日にバタバタして、準備もままなりません…。それが弊社の社員のレベルでしかありません。」小夜さんはニヤニヤしている。
「は、はぁ…」
小夜さんは、私のパジャマの襟をぐいと引っ張り、顔を近づけ囁くように言った「このイベントは失敗します…。」と。そして「このイベントで一番の正解は、人を呼ばないことだったのです…。」と続けた。
「なのに、私たちが人を呼んでしまうように仕向けていたわけですよ…。」
「だめじゃないですか!!」
「そう、だめなんです。大失敗をこの会社は計画していたんですよ…我々の動きを含めて…。」
私は、小夜さんの目を覗き込みながら、背中がゾクゾクしてきた。この人、ヤバイ人だ。掛け値なくやばい人だった!風邪がひどくなる!
「そんな、おえかきさんにちょっとした兆しの識別方法をお知らせします。渡辺部長が、おえかきさんの名前を、「大江くん」とくん付けで呼んで来たら超!注意です。大失敗の恐怖の大王がおえかきさんの元へやってきます。」
小夜さんは、瞳孔が開いて怯えている私に向かって、「がんばって!」と囁きながら、小夜さんが掴んで乱れていた襟元をなおし、労わるように私の頭をぽんぽんと軽く叩いて「はやく風邪よくなるといいですね。お大事に…」と言い残して、小走りで背中を丸めて帰って行く姿を窓から見おろしていた。小夜さんの走り方までどこか妖怪じみて見えた。
そして今、その姿を今この冬の最中に手に汗を握りながらぞくぞくしながら思い出していた。
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