第10話 自宅待機

風邪をひいた。

喉が痛くて声が出ない。

どうせ、誰ともコミュニケーションをとるわけではないので、出社しても良いのだけれど「感染するからやめろよなー。」と電話に出たルコさんから言われた。


「でも、無菌室を会社に持ち込んでくれるのだったら良いですよー。」と変わったことを言われた…。これはルコさんの独特の嫌味かなと一瞬思った。「インフレータブル ゾーブ ボールって知ってる?あんなのでゴロゴロ出社してきたら面白いよねー。」そんなことをうきうきと話してくるところをみると、嫌味でもなさそうだと思った。


そういえば、ルコさんはヨウタさんと付き合ってるらしい。すこし、ヨウタさんをいい感じだと思っていたので、若干傷ついた感じがして告白する前に失恋した気がして、さらにへこんだ。


「はぁ、さいあく。チラシ一日千枚配らなきゃいけないのに…」とかすれた声で考えた。「なんとかボールって何だろう…?」ルコさんの言うことを頭の中で反芻してみた。なんと言われたか思い出せなくて、検索[ 風邪 ボール 出社]でやってみたけど、何も出てこなかった。


また、部長が怒るんだろうなぁ。

昨日、軽く咳をしていたら「この時期に風邪ひくやつは気合が足りんやつだ、俺の時代は一日で風邪なんか治した。」そのあと、我流の風邪の治し方、酒を飲んで風呂に入って、汗を大量にかいた後、ホッカイロを身体中に貼り付けて寝たらすっきり治ったということを延々と話していた。


前日、お母さんにそう言うふうに言ったら「ばかだねー。そんなに無理してどうすんの。そもそも脱水症状で死ぬよ?」とあきれた言い方をされたけれど、怒られるのが怖くて「やらなきゃだめなの!」と大声で言い合いの喧嘩になった。


次の日、熱がひどく出た。声がでなかった。咳がでた。

なんとかのボールで出社できるのなら、出社したいけど…。

そうこう、考えてるうちに眠りに落ちて夕方の日が落ちてきていた。


玄関で声がする。誰か来たみたいだ。


おかあさんが「お見舞い。小夜さんだよ。ちょっと布団被ってて。はい、マスク。」


不織布マスク ペロリ柄プリントマスク 個包装【20枚入】を手渡されて、空気を入れ替えのために窓を開けた。ウイルスだらけだからねと私を布団の中に押し込んで窓をあけて、空気の入れ替えをした。


ひとしきり、そんな気休めの儀式をしたあと、小夜さんが私がしているマスクと同じものをして部屋に入ってきた。不織布マスク ペロリ柄プリントマスク 個包装【20枚入】だ…。お母さんが私のマスクを勝手に渡したんだな…と思った。多分、女子はこんなのが好きだと思ったんだろうな…。お母さんは…。


小夜さんは、にやにやしている。片手にはボロボロのチラシだったものを相変わらず持っている。サイコパス度が不織布マスク ペロリ柄プリントマスク 個包装【20枚入】で、増している。こわい。私と同じマスクをしている…。こわい。


そして、トートバッグ型のカバンにはチラシがちょっと見えた。


小夜さんは「げんきですか?」と声をかけてきた。


変わった質問をする人だなぁ…サイコパスだからな…と思いながらその言葉には答えずに「チラシ、配ってくれたんですか?」と小夜さんに聞いた。


「はい、配ってました…。びびる出来事がありました。」


ぴんときた。きっと小夜さんは、城南区の別府のここあたりにポスティングしてたはず。「六丁目あたりの、点滅信号の角のお宅のおばあちゃんですか?」と聞いた。


「ん?いつもなんですか?」小夜さんは、眉をぴくりと片方だけ動かして聞いた。


「はい、ポスティングしてる時には、待ち構えているらしくって…」


「十分間くらい話し込みました…。」


私は思わず「えっと…。久山さんちのおばあちゃんが、ご迷惑をかけました…」と頭を下げた。


「知り合いですか?」


「えっと、百五十枚チラシを配ってたら、ファンになってくれたみたいです…。」


「そのあとも、声をかけられました…。三人ほど…。」


「あ、はい。すみません…。小夜さん、めんどくさかったですよね…」


「おえかきさん。いえ…。最近アナリティクスって、どうなってます?」


「結構増えてきましたよ…。全体的にPVが増えてきました…。」


「ユニークユーザーは…?」


「えっと、増えてます…。正確な数字が必要ですか?」


「いえ、何かしましたか?」


「サイトにバックナンバーを入れました。百五十枚チラシの。」と言いながら直近のチラシを手渡そうとしたら、小夜さんは「ウィルスが手につくので大丈夫です」と断った。


若干傷つきながら、その箇所を指でなぞりながら説明した。


下の部分に五分の一くらいの幅に、もっと知りたい人は前の十二号のチラシも見てね!というDFポップ系の文字に、星とかハートとかを散らした枠とタイトルが入ったチラシの縮小版を貼り付けてある。それを見せながら「誘導しました。」と言った。


「ほう…。やりますね。少しずつレベル上げしてますね。おえかき勇者が…。」


「はい。もう少し、伸ばせる気がします…。三ヶ月目からやれる気がしてきました…。」


不織布マスク ペロリ柄プリントマスク 個包装【20枚入】をして向き合った二人が、マスクの下でお互いにニヤリと笑っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る