第14話:《凶星》から生まれ落ちたモノ


「おお! 見よ、この《凶星》の輝きを……!」


 凡そ人が足を踏み入れない山中の、人目から隠すように建てられた教会で。

 神は神でも魔神を崇拝する黒衣の信者たちが、如何にも邪悪な装飾をした祭壇の前に平伏していた。彼らの指導者である邪教神官が、祭壇の傍らで歓喜の声を上げる。


 祭壇の上には禍々しい赤光を放つ、巨大な黒い結晶が。ロックの身に宿るのと同じ《凶星の欠片》、その高さだけで身の丈を超える大型結晶だ。


「魔神のお告げが下った! 今こそ決起のときである! 身勝手に増殖し、星を貪るばかりの愚か者どもに、凶星の使者たる我々が天罰を下すのだ!」


 大型結晶の輝きを背に、高らかに叫ぶ神官。

 実際のところ、大型結晶が突如として発光し出した理由など、この神官はわかっていない。ただ信者を煽り立てるために、ご都合的な解釈で熱弁を振るっているだけ。


 熱狂する信者たちに神官が一層弁舌を回そうとした、そのときだ。

 教会の中を赤々と照らしていた輝きが、急速に引いていく。


「え?」


 神官が振り返ると、大型結晶は発光自体を止めたわけではなかった。


 どうも、光が内部の一点に凝縮されているらしい。

 さらに結晶そのものまでが、光の一点にエネルギーを吸い取られるかのようにして、透き通った黒がくすんだ灰色に色褪せていくではないか。


 今まで見たこともない現象に、神官は困惑するばかり。


「え? え?」


 そうこうしているうちに、決定的なことが起こる。

 色褪せた結晶に亀裂が走った直後、爆散した。


「おぎゃああああ!?」


 空気を揺るがすほどの衝撃と音が轟く。

 信者たちは魔神の怒りかと縮こまり、神官は絶叫しながら段差を転げ落ちた。

 十秒、二十秒と静寂が広がって、やがて一同はおそるおそる顔を上げる。


 大型結晶のあった祭壇の上に、誰かがいた。


「――――」


 美しい少女だ。


 黒いドレスを纏うは、筋肉も脂肪も一切の無駄や余剰がない、完成された肢体。

 長い黒髪に深紅の瞳。顔立ちは子猫を思わせる可憐さでありながら、目を合わせると獅子に睨まれるかのような、畏怖を与える強い眼差し。


 そう。髪や瞳の色を除いて、その容姿は《星剣の勇者》リオと瓜二つだった。


 状況からして、大型結晶の中から生まれたとしか思えない。

 明らかに尋常ならざる存在で、同時に生まれたての雛鳥。

 上手いこと利用できれば、と神官の狡猾な頭脳が回る。混乱と困惑の中でも冴え渡る頭脳を自画自賛しながら、神官は半ば少女へ言い聞かせるように叫ぶ。


「見たまえ、同志諸君! 我らの行いを評価して、魔神は我らに《凶星》の御子を遣わして下さった! 彼女こそ忌々しき《星剣の勇者》を滅ぼし、この星に真のきゅうさ」

「お前、うるさい」


 神官の演説は、血の色をした閃光に本人ごとかき消された。

 少女が手から閃光を放射した一瞬で、神官の姿は跡形もない。地面に焼きついた人型の焦げつきだけが、神官の死を物語っていた。


 羽虫を払うように振るわれた圧倒的魔力に、信者たちは震え上がる。

 祭壇に腰かけてそれを見下ろす少女の目は、まさに虫けらを見下ろす獅子だ。


「お前たちは、なに?」

「わ、我々は! 貴女様に忠誠を誓う者であります!」

「この穢れ切った星の浄化を願う者です!」

「凶星の御子よ! どうか、どうか我々に導きを!」


 恐怖で押し潰されそうになりながら、信者たちは伏したまま声を張り上げる。

 ここに集う彼らは、ある意味で敬虔な信者だ。

 真剣に、切実に、「こんな世界は滅ぶべきだ」と祈る者たちなのだ。


 ふーん、と少女は欠片も興味がなさそうだが。


「それじゃあさ、君たちはボクの……ちっ。いいえ、私の命令に絶対服従する。その命まで含めて、私の駒となって働く。そう受け取っていいのかしら?」


 なぜか舌打ちの後、少年めいていた口調をガラリと変えて、少女は問う。

 このまま、気まぐれに皆殺しにされるのではないか。

 そう怯えながらも、信者たちはハッキリと頷きを返した。

 対して少女は、やはりどうでもよさそうな顔で言う。


「あっそ。いいわよ、その望みは叶うわ。私は、この世界を滅ぼす。人間も、魔物も、動物も植物も、命あるモノは一つ残らず皆殺しにする。森を焼き、山を砕き、海を枯らし、全ての地平線を荒野に変える。そのための走狗として、せいぜい働きなさい」


 少女が軽く手をかざすと、周囲に散らばった結晶の破片が宙に浮いた。

 破片は形を変え、体積を増し、魔物とも似て非なる異形へと変貌する。


 瞬きの間に整列する世界滅亡の軍団。現実離れした冒涜的光景に、信者たちの恐怖心は次第に熱狂へと変わった。

 気が触れたような笑みに染まっていく信者たちを、少女は冷めた目で睥睨する。


 ふと、その視線が明後日の方向へと外れた。


「あなたを認めない人間どもなんて、絶滅すればいい。あなたを傷つける世界なんて、滅亡すればいい。あなたを不幸にするばかりの、愚図なあの子になんて任せられない。あなたのことは、私が幸せにしてあげるからね――ロック」


 そう呟く少女の顔は、まるで恋する乙女のような淡い朱に染まっていた。


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星剣勇者の六等星幼馴染は、恋と努力と闇堕ちで最強へ駆け上がる 夜宮鋭次朗 @yamiya-199

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