第13話:固有魔法【アウトレイジ】


「どういうこと、なの?」

「なにが起きてんだ、こりゃあ……?」


《黄昏の牙》の面々は困惑していた。

 あの少年、ロックがなにか仕掛けるだろう、なにか起こすだろうとは思った。

 しかし、なにが起きているのかわからない。


 他の団員よりも多くの場数を踏み、尋常ならざる経験も多く詰んだと自負する彼らをして、目の前の光景は異常だった。


「え? なに、あの聖騎士候補様、なんで急にボコられ始めたの? 《六等星》くんは《凶星》の力を使ったみたいだけど、魔力量は大して上がってないよね? せいぜい魔導士として中の上になった程度だ。それでどうしてああなるんだ?」


 まさしく《嫉妬》の言う通りで、状況が覆るだけの変化はどちらにも見られない。

 そのはずなのに、現実は完全に力の差が逆転している。

 魔力量では、未だガストンの方が圧倒的に上であるにもかかわらず。


「技術や作戦でどうこう、って次元の話じゃねえな。それにあの聖騎士候補……温室育ちで精神クソ雑魚の根性なしってこと抜きにしても、大袈裟に痛がりすぎじゃねえか? ついさっきまであんなのに余裕面してたのによ」

「魔力の差が無効化、いや反転している? アレが《凶星》の力ってこと?」


 一同の視線は、自然と部隊一の博識である《暴食》に集中した。

 小柄な体を一層縮めながら、《暴食》は絞り出すような声で意見を述べる。


「わ、私にもわけがわからないですぅぅ。とりあえず、過去に《凶星》の力であんな現象が起こった例は記録にありません。おそらくその、彼が構築していた魔法の効果じゃ、ないかと。魔力量の差が小さければ、属性の相性などで覆るケースはありますけど。でも、アレはそういう領域を明らかに逸脱してますぅぅ。ああも極端な反応となると」

「――《対竜特化魔力性質》」


 ポツリと独り言のように呟いたのは、両腕を組んで瞑目していた《怠惰》だ。


「縮めて対竜特性とも呼ばれる、百年に一人が生まれ持つかという特異な魔力。それは魔物の王たる竜種の魔力を、量を問わずまるで猛毒のごとく侵食し破壊する。古代の《竜殺し》はその特性で以て竜の鱗を破り、竜の牙を受け止めたという」


 四代目の《星剣の勇者》も対竜特性の持ち主で、《凶星の欠片》を呑み込んだ邪竜との死闘は歴代の中でも有名な逸話である。

 特筆すべきは軍を焼き滅ぼす邪竜に、四代目勇者がたった一人で渡り合ったこと。


「対竜特性とはちっぽけな一人の人間を、人間など遥かに及ばぬ絶大な魔力を誇るドラゴンと同じ土俵に立たせる奇蹟。その《竜殺し》とドラゴンが、もしも同等の魔力量でぶつかり合ったなら……おそらく、ああいう風になるだろうな」

「で、でも、あの騎士さんは当然ドラゴンじゃありませんし、《凶星》の子も竜殺しの魔力じゃないですよぉぉ」


 結局、誰も答えがわからずに沈黙する。

 わからないこと、未知や不明とはそれ自体が恐怖であり脅威だ。

 ましてや魔力量の差という、魔導士の強さを左右する絶対の基準を否定する代物。

 その恐ろしさを正しく認識し、一同は戦慄を禁じ得ない。


「……それで、無知な私たちに解説は頂けるのかしら、勇者様?」


 そう《色欲》が問いかけた先は下の席。

 こちらの反応にニヨニヨとご満悦な様子の《星剣の勇者》リオだ。


「うーん。どうしようかなー。ロックに断りもなく話すのはどうかと思うけど、アレはカラクリがわかったところでどうしようもないからね。なんたって……ロックが十年かけて完成させた、ボクを倒すための《固有魔法》なんだから」


 リオの言葉に一同は息を呑む。


 そもそも固有魔法とは、学院で習うような体系づけられたものではなく、術式から独自に発明する魔法。歴史ある名家が子孫にだけ継承するような秘伝の類だ。それを平民、しかも魔力の低い劣等生が生み出したなど、普通なら鼻で笑い飛ばす話。


 しかし、リオがここで虚言を並べるような人物か判別がつかないほど、ここにいる五人は愚かでない。故にこそ膨れ上がる疑問。

 ――あの少年は、一体何者だというのだ?


《星剣の勇者》を倒すため、村人の生まれに過ぎない少年が独自に創り上げたという《固有魔法》。リオの口から語られたその内容は、おおよそ正気を疑う狂気の沙汰だった。


「自分の魔力を完璧に意のままとする精密操作。それを極めたロックは、自分の魔力性質をいじれるようになった。そして《竜殺し》の特殊な魔力性質……そっちの表情筋が死んでるお兄さんの言う《対竜特性》のことを知ったロックは、こう考えついたの」


 ――『魔力量を変えられないなら自分の魔力性質を、戦う相手に対特化させた魔力性質に作り変えればいい』って。


《黄昏の牙》の面々は、騎士団長アルマースも、理解するのに十数秒を要した。


「戦いを通して相手の魔力性質を解析。それに対して特化した性質に自分の魔力を改変する。解析と改変に時間がかかること。魔力の性質は一人一人違うから、違う相手と戦う度に一から解析と改変をしなくちゃいけないことが欠点かな」


 言葉の意味を呑み込むに連れ、嫌な汗が全身から滲み出てくる。

 まともな精神では考えつかない、考えついたところで決して実行には移さない。

 ロックの固有魔法とは、そういう暴挙の類だった。


「効果はご覧の通り。特化させたロックの魔力に、もう魔力量の優位は意味を持たない。触れただけで相手の魔力を破壊し、防御も攻撃も塵に還す。一度完成すれば、ロックは相手にとって最悪の天敵と化す。これがロックの固有魔法――【アウトレイジ】だよ」


 誇らしげなリオの微笑みが、なんと薄ら寒く恐ろしいことか。

 絶句する一同を代表して、《暴食》が悲鳴じみた声で叫ぶ。


「な、なんて恐ろしい真似を! 魔力性質は行使できる魔法の属性や位階を決定付ける、つまりは魔導士の才能そのものですよぉ!? それをいじり回すなんて、そんなの一歩間違えたら、生まれ持った才能を自分で殺す羽目にぃ!」

「そうらしいね。でも、生まれ持った才能が最初からなにもなかったら? どれだけいじり回してめちゃくちゃにしても、失う才能が何一つなかったら?」


 ひゅっ、と《暴食》が息を喉に詰まらせる。


 そうだ。才能に恵まれた者ほど、恐ろしくて到底真似ができない。

 いいや、『自分には才能がある』と少しでも信じている者であれば、とても同じ暴挙には出られまい。

『自分には才能がない』と見切りをつけ、それでもなお遥か彼方へ手を伸ばすことをやめない。滑稽なまでに諦めが悪い狂人のみが、その境地にたどり着けた。


「これは失うモノがない、なんの才能も与えられなかったロックだからこそ使える魔法。無能の六等星って嘲笑われながら、諦めずに抗い続けたロックだけに許された奇蹟。……だけど。十年かけてやっと完成させたこの魔法も、『自分が使うには魔力が足りない』っていう理不尽な壁にあの人は阻まれた」


 相手の魔力性質を解析し、それに合わせて自らの魔力性質を改変する。

 技術の上ではともかく、それに要する魔力量はそう多くない。魔導士として並程度の魔力量が最低限あれば十分に足りるだろう。

 ……その最低限にすらロックは届かず、《凶星》の力を得て初めて叶ったのだ。


「ボクがひとりぼっちにならないようにって、あの人はずっと戦い続けてくれた。どれだけ報われなくても。どんなに周りから嘲笑われても。そして、ついにロックの努力は報われた。これから世界が思い知るんだ。あの人の、本当の強さと凄さを」


 最早ロックの独壇場となった決闘に視線を戻し、感慨に満ちた声でリオは言う。

 恋人の躍進を喜ぶ背中に、呆れるやら微笑ましいやらと五人の反応はそれぞれだ。


 ――しかし五人とも気づかず、隣の席にいるアルマースだけが気づいた。

 リオの表情に浮かぶのが『強くなった今のロックと早く戦いたい』という、闘争心に猛る美しくも壮絶な、まさしく獅子の笑顔であることに。

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