第12話:摂理の否定


「ハア……ハア……ッ。貴様ぁ、いつまで見苦しい引き延ばしを続ける気だ!?」


 慣れない疲労感に苛まれながら、ガストンは叫ぶ。


《凶星》の力を一応警戒してはいたが、とうに力の差は明らかだ。

 魔力も剣の腕も、こちらが上で相手が下。戦士としての優劣は決まり切っている。


 だというのに、いつまでも降参せずに無駄な引き延ばしを続けるのか。

 格下で無能の《六等星》ロックは、あれだけ防戦一方の醜態を晒して置きながら、余裕ぶった虚勢の笑みでガストンの苛立ちを煽ってくる。


「ギャンギャン喚かなくても、もう時間切れだよ。――宣告する。三手だ。あと三手以内に俺を倒せなければ、お前はもう終わりだ」

「まだ、くだらん妄言を重ねるか……!」


 もう付き合いきれない。なぜ未来の聖騎士たる自分が、こんなクズと。

 雑念に思考を乱しながら放つガストンの剣は、見るに堪えないほど酷くなっていた。


 体力の消耗。集中の欠如。相手が人間にせよ魔物にせよ、終始優位に立って圧倒する戦いしか経験がない。そんなガストンは自分の剣が乱れ切っている自覚すら持てない。


 ロックは今まで以上に余裕を持った動きで、楽々とガストンの攻撃を捌いた。


「三! 二! 一! そら、これでなにが終わりだと――!?」


 宣告された三手を雑に消費し、四手目の剣を繰り出す。

 ようやく観念したか、急に脱力して棒立ちになるロック。その無防備な脇腹に、ガストンの潤沢な魔力を乗せた剣が叩き込まれた。


 そして、


「……は?」


 異様な手応えだった。

 剣がロックに触れたところで停止し、それ以上いくら力んでも押し込めない。


 ロックの纏う、脆弱な魔力に阻まれているのだ。この程度、自分の魔力なら造作もなく破れるはず。なのに、剣に込めた魔力は破壊されて霧散していた。弾かれるのでもなく、まるで紙切れが業火で焼かれるかのごとく一方的に。


 わけがわからず、ガストンは呆けた声を再度漏らす。


「は?」

「腹を防御しろ。力一杯な」


 ロックがゆっくりと拳を振り被る。

 思考停止しながらも本能が警鐘を鳴らし、反射的に魔力を腹部へ集中させた。

 しかし――内蔵を突き抜ける強烈な衝撃!


「~~~~っ!?」


 白目を剥き、吐瀉物を撒き散らしながら悶絶するガストン。

 生まれつき並以上の魔力を持ち、剣の才能にも恵まれた負け知らずのガストンにとって、それは生涯初体験の苦痛だった。内蔵が撹拌される。肺に酸素が入らない。親にだって殴られた記憶のないガストンには忍耐不可能な痛みだ。


 地面を転げ回ってすっかり制服を汚し、痙攣しながら蹲るガストン。

 それを、黒結晶の異形を纏ったロックが無感情な眼差しで見下ろしている。日頃、ガストンが格下相手にそうしているように。


「どうした? 腹に一発喰らった程度で、頭を地面に擦りつけてもう降参か?」

「ぎ……ざ、まああああ!」


 人々から仰ぎ見られるべき自分が、地を這いつくばって見下される屈辱。

 貴族として、聖騎士候補としてのプライドが、ガストンに苦痛を一瞬忘れさせた。


 胃液混じりの涎を撒き散らしながら飛び起きる。裏返った絶叫を上げ、がむしゃらに剣を振り回した。技術もへったくれもない、外見通りの力任せ。しかし魔力だけはありったけ注ぎ込んだ斬撃が、未だ無防備なロックの全身を打ち据える。


 しかし、結果は同じだった。

 魔力は依然として、ガストンが圧倒的に勝っている。《凶星》のモノと思しき禍々しい魔力が、先程までよりは量を増して今のロックを包んでいるが、やはり微弱で脆弱。


 その脆弱な魔力が、なぜか破れない。

 どれだけ魔力を注ぎ込んでも、ロックに触れただけで腐蝕するように崩れてしまう。


 魔力同士の激突なら、量の多い方が勝るのは当たり前だ。自然の摂理だ。

 その摂理に反する、ありえないことが起こっている。


「それで終わりか?」


 剣を振り回す手が止まり、息も絶え絶えのガストンに、ロックが問う。

 これ見よがしに欠伸などして見せた直後、手にする杖が残像を伴って閃いた。


 まず手を強かに打たれ、剣を取り落とす。続いて横っ面を殴り飛ばされ、両腕で顔を庇ったところに脛への突き。再び地面に膝をつくと、上から滅多打ちにされた。


「ひっ、ひぎぃぃぃぃ!」


 魔力の鎧が全く意味を成さず、一撃一撃がとにかく異様なまでに痛い。

 生まれてこのかた味わったことのない類の恐怖に駆られ、ガストンは惨めな悲鳴を上げた。大きな体を縮こまらせて震える姿は、誰がどう見ても弱者のそれ。


 いっそ憐れみさえ誘う丸まった背中に、冷え切った声が降りかかる。


「どうした? 剣を拾って立ち上がれよ。まだちょっとばかり攻撃が通じなくなって、ボコボコの袋叩きにされただろうが。たかが魔力の優位を失った程度でそのザマはなんだ? 安全な場所から一方的に相手を叩けなくちゃ、戦えませんってか?」


 ガストンと地面の間に杖が差し込まれ、梃子の要領で上体が無理やり起こされる。

 額から角を生やした悪魔が、憤怒に燃える眼でガストンの顔を覗き込んだ。


「俺はずっとソレに抗って、戦い続けてきたんだ。何度も叩きのめされて、何度も地面を這いつくばって、その度に何度だって立ち上がってきたんだ。――散々俺のことを見下して笑い者にしたお前らが、一回躓いた程度で『できません』なんて通ると思うなよ」

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