第11話:《聖騎士》と決闘
結論から言って、ロックとリオは騎士団長アルマースと協力関係を結ぶことにした。
アルマースは騎士団長としての地位と権力で、二人を王宮から庇護する。
二人はアルマースの『凶星による災禍の連鎖を断ち切る』試みに手を貸す。
どうにも隠し事が多そうだし、世界を救うことにだって興味はない。
しかし……アルマースは初めてと言ってもいい、自分たちを正しく映す目の持ち主。
ロックとリオにとって、『目』はなにより信用の置ける判断材料だった。
どれほど口が達者な輩でも、焦点の合わない濁った目は決して誤魔化せない。
だからアルマースの真っ直ぐな目は、ひとまず信用してもいいと二人が考えるのに十分な根拠だった。少なくとも、今までの目が濁った有象無象に比べて、遥かにマシな相手なのは間違いない。
それに、アルマースは『魔神に関わる品々を私的に集めている』という、王宮に知られれば魔神崇拝者として死罪も免れない秘密を明かしてきた。
そこまでの覚悟を示されては無碍にできず、またアルマースはこうも言った。
『私の試みが成功すれば、《凶星》も《星剣の勇者》も消えてなくなる。君たちはなんのしがらみもない一個人に戻って、自由に二人でどこにだって行けるはずだ』
元より他にアテがあるでもなし。裏切られたり、都合が悪くなったら斬り捨てるまでと、ひとまずアルマースの話に乗ることで話は纏まった。
しかし、騎士団本部を出ようとした矢先に問題が起こる。
「勇者様! どうぞご覧ください! このガストン=カプリコーンこそが、貴女の剣であることを証明しましょう!」
「…………」
場所は騎士団本部の中に設けられた訓練場。
ケインと決闘した闘技場に比べれば、敷地面積も内装も遥かに質素だ。観客席もリオとアルマースの他に、幾人かの暇人しかいない。そこでロックは学院の《聖騎士》候補、ガストン=カプリコーンに決闘を挑まれていた。
ガストンはケインと並んで、後の《勇者パーティー》の一員として有力視されていた生徒だ。学生らしからぬ筋骨隆々の体格をした美丈夫である。
彼は本部に乗り込んでロックたちと出くわすなり、「卑劣な手段で学友ケインの名誉を汚した仇を討つ」という旨の口上で決闘を挑んできたのだ。
さも友情に熱い騎士の鏡だが、真実は違う。なぜならケインとガストンは、日頃から犬猿どころか蛇蝎のごとく敵視し合う仲だったのだ。
そもそも《賢者》候補のケインと《聖騎士》候補のガストンは、それぞれ背後に魔導兵団と騎士団がいる。つまり権力争いの延長で、二人は『勇者パーティーのナンバーツー』というポジションを奪い合う関係にあった。
ガストンからすれば、敵が勝手に自滅したまたとない好機。ここでケインを失墜に陥れたロックを、自分が華麗に完璧に叩き潰す。そうすれば勇者パーティーに於ける地位と、今後一生の名声と栄光が約束される……とまあ、大方そんな魂胆だろう。
「チェアアアア!」
「シッ!」
鋭い斬撃が、あらゆる角度からロックに襲いかかる。
杖越しに重い衝撃を味わいながら、ロックはひたすら受けに徹していた。
一見して筋肉頼みのパワー型なガストンだが、性根はともかく技巧も相当なものだ。
基本に忠実な剣はそれだけに手堅い。技術に魔力と筋力も合わさった斬撃は、防御越しにもロックの体を打ち据え、痣を増やしていく。
対してロックの杖は届かない。剣戟の隙間を掻い潜って何度も反撃を入れたが、ガストンが全身に纏う魔力の鎧に弾かれる。ガストンの魔力も高いが、ロックの魔力が平均以下に低いせいで破れないのだ。
幾度かの攻防を経て、両者は弾かれたように距離を取る。
ガストンは不意に構えを解くと、体を弛緩させながら余裕ぶった態度で言った。
「もう十分だろう? 潔く負けを認めたらどうだね?」
「……はあ? なに言ってんだ、お前」
「まさか、これだけやって実力の差がわからないとは言うまいな? どうやら神殿の洗礼を受けた我が聖なる剣の前では、邪悪な《凶星》の力も無意味と見える。現に先程から手も足も出ないではないか。既に勝敗など確定している。いつまでも見苦しいだけの悪足掻きなどせず、せめて引き際の潔さで矜持を示すべきだろう」
なにやら都合のいい解釈まで交えて、ガストンは自信満々に言い切る。
――ああ、やっぱりこいつもその程度か。
ロックは落胆と失望を露わにする。観客席のリオも同様だろう。
降参する素振りも見せないロックに、ガストンは随分と苛立たしげだ。
普段なら、とっくに相手が白旗を上げる頃合いなのだろう。終始優位に立って相手を圧倒し、汗もかかずに勝利を収めるのが、この騎士にとっての『戦い』なのだろう。
そうやって負け知らずの苦労知らずで通ってきたのだろう。才能に恵まれ、努力は当然のように報われ、成功と称賛だけを味わって生きてきたのだろう。
それは言い換えれば、一度だって困難に立ち向かったことなどないということだ。
挫折を知らず、絶望を知らず、安全に勝てる戦いだけしか経験がないということだ。
つまるところ――
「確実に勝てる相手としか戦ったことのない、甘ったれの腰抜け野郎がほざくな。この程度の肩慣らしで戦ったつもりか? ごっこ遊びに付き合う趣味はない」
「貴様、騎士の頂を目指す私の剣を侮辱するか!?」
「だったら一つ訊くがな。なぜ、お前はただの一度もリオに挑もうとしない? 騎士はともかく、剣にかけては俺の知る限り、リオこそ頂点に立つ使い手だ。あいつに挑んで、あいつから学んで、あいつを超えようとは思わないのか?」
「なにを言い出すかと思えば、馬鹿馬鹿しい。勇者様は《星の女神》に選ばれた神聖なる御方だぞ! 神に愛されし彼女と剣の才を比べるなど畏れ多きこと。ましてや競い超えようなど愚者の妄言! 貴様のような身の程も弁えぬ愚物と一緒にするな!」
「…………要はあいつにズタボロに完敗して、プライドをへし折られるのが怖いだけだろうが。よくもまあ、それで頂を目指すなんて恥知らずにも口にできたな」
懸命に積み上げたものが、砂の城みたいに崩されて転落する挫折と絶望。
走っても這いずっても、出口どころか向かうべき方角すら見つからない不安と恐怖。
それを知らず、知ろうともしない。勇者は特別だから、例外だから、勝てなくても仕方ないと、自分は悪くないと賢しさを気取った諦め顔で宣う。
そんな臆病者など、いくら自分より強くたってロックはちっとも怖くない。
才能も実力も彼奴らより圧倒的な、天地にも等しい差の相手と、ロックは十年も競い続けてきたのだ。地べたを這い、涙を枯らす夜を幾度も過ごしながら。
そしてついに、彼女が待つ星空まで飛び立つ翼を得たのだ。
今更こんな、地べたから星を眺めて満足するような輩に構っていられるか。
「お前らクズどもになんか、もうなにも期待しちゃいない。そうやって好きなだけ、自分を憐れんで慰めていればいい。でもな、せめて俺の邪魔をするなよ」
「言わせて、置けば……! 私に傷一つつけられない無能の分際で、図に乗るなあ!」
「そっくりそのまま返すぞ。偉そうな口を叩きたかったら、俺に『切り傷』の一つでもまともにつけてからほざくんだな」
杖を肩に担ぎながら、痣しかない体でロックは不敵に笑って見せた。
「翻弄されてるねえ、《聖騎士》候補様は」
「ええ、すっかり黒い子の手のひらで転がされちゃってるわ」
「初めて見る類の技巧だ。ふむ、実に興味深い」
「は、はいぃぃ。魔力反応も、なんだか変な感じがしますぅぅ」
「ハン! どっちもまどろっこしくて眠たくなっちまうぜ!」
ロックとガストンの決闘を観戦する、訓練場の観客席。
そこに、他の団員とは明らかに風貌の異なる五人がいた。
騎士団の制服は白を基調としているのだが、彼らの服は黒。しかも各々で随分と形や意匠の違いがあり、それぞれ好き勝手に改造したことが窺える。
彼らは《黄昏の牙》なる、騎士団の独立遊撃部隊……と言えば聞こえはいいが、早い話がはみ出し者を集めた無法集団だ。真っ当な騎士には程遠く、しかし並の騎士とは比較にならない戦闘能力を団長に買われた、一癖も二癖もあるならず者揃い。
挙げた手柄を帳消しにする勢いで悪名が轟いており、どれほどかといえば各々が、いわゆる『七つの大罪』を二つ名に冠しているくらいだ。
「パッと見は聖騎士候補ちゃんの一方的な攻勢だけど、実は一撃もクリーンヒットがないのよねえ。候補ちゃんの剣はぜーんぶ、一つの漏れもなく黒い子の杖で防がれてる。候補ちゃんからすれば、『直撃のはずが、なぜかたまたま間に杖が挟まってる』なんて感覚なのかしら。何度繰り返しても偶然で済ませちゃうなんて、可愛いお馬鹿さんねえ」
「いやあ、アレは《六等星》くんの技量を褒めてあげるべきじゃない? なにせ、杖が体に吸いついてるみたいな杖捌きだからね。杖が磁力かなにかで、自然と剣に引っ張られるみたいな。防御を防御と悟らせない、あの動き。最早曲芸の領域でしょ」
妖艶な微笑を浮かべる《色欲》の女戦士に、《嫉妬》の盗賊がヘラヘラと軽薄に笑う。
「ケッ! 確かに攻撃を凌ぐ技量は、妙に尖ったモンがあるぜ? ありゃあ、『決して敵わない圧倒的格上』を前にして、なおそいつの前に立ち続けるためにあるみてえな技術だ。けどよお、結局は負けないだけ。凌ぐばっかじゃ永遠に勝てねえだろうがよ!」
粗暴な強面を一層凶悪に歪めながら、《強欲》の弓兵がつまらなそうに吐き捨てた。
そこに異を唱えるのは、表情も声音も起伏に乏しい《怠惰》の騎士と、オドオドした態度で身を縮こまらせる《暴食》の魔女だ。
「だが、《凶星》の少年の表情には、余裕と確信がある。アレは、決して単なる引き延ばしではない。なにか、機が熟すのを待っているように俺には見える」
「そ、それに、魔力反応から見ても、なにかしら魔法を構築中みたいですぅぅ。ただ、その、やっぱり反応が変で。大規模術式というわけでもない感じなのに、やけに構築に時間をかけてて。構築が下手とか、そういう様子でもなくて、私にもなにがなんだかぁぁ」
あーだこーだと、議論を交わすというより好き勝手に意見を言い合う面々。
その様子を彼らより下段の席から見ている者が二人。
騎士団長アルマースと、リオだった。
「いやー、やっぱりわかる人にはわかっちゃうかー。ちゃんと見る目のある人には、ロックの凄い所が見えちゃうかー」
失笑や嘲笑を浮かべる他の団員と違い、ロックに対して侮りも嘲りも見せない《黄昏の牙》メンバーに、リオはニマニマと緩んだ笑みを隠せない。
恋人を評価されて嬉しそうな様子に、アルマースはなんとも微笑ましくなった。
「それで、よければ彼がなにを狙っているのか、教えてもらっても?」
「すぐにわかるよ。そして……きっと皆、恐ろしくなるだろうね。世界中できっとあの人にしか使えない、ロックの《固有魔法》を見て」
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