第10話:騎士団長の秘密と目的


 アルマースの眼差しが、重鎮貴族たちを射抜くように鋭くなる。


「《凶星の欠片》が封印されていた宝物庫の警護は、騎士団ではなく《魔導兵団》の管轄ですよ。そして兵団の長であるサジタリウス家こそが、彼に凶星の欠片を与え手引きした主犯。他ならぬケイン=サジタリウス氏の証言で、そのことが明らかになりましてね」


 決闘で《六等星》ごときに敗北したとあっては、勇者パーティー候補としての立場は失墜を免れない。家からも切り捨てられる。《賢者》故の賢しさで早々に悟ったケインは半ば錯乱し、せめてもの道連れとばかりに家の裏切りを暴露したらしい。


 サジタリウス家は魔神崇拝者と通じ、《凶星の欠片》の封印を解いてロックに手を出すよう仕向けたのだ。


 ケインはロックを陥れて殺した後、全ての罪を父親に押しつけ、当主の座を奪い取る魂胆だったそうで。あらかじめ、父が裏切り者である証拠もご丁寧に揃えていた。


「兵団の長、それも歴史あるサジタリウス家が魔神崇拝者と通じていた。これは由々しき事態です。魔神崇拝という病魔が王国の中枢にまで巣食っていたのですから。これでは心苦しいですが、貴族の中でも一等貴き身分の皆様にも嫌疑を向ける他なく。サジタリウス家と交流のあった方々を始め、徹底的な調査が必要でしょう」


 アルマースが視線を巡らすと、重鎮貴族たちは死人めいた蒼白の顔で目を泳がせた。


 王国の武力は《騎士団》と《魔導兵団》に二分されている。そして貴族ばかりで構成された魔導兵団の方が、王宮での発言力は高い。サジタリウス家は、その中でも代々トップに位置する家系だった。当然、他の重鎮たちとも繋がりが深い。


 となれば、疑いの目が彼らに飛び火するのも必然的な流れだ。そして《星剣の勇者》を擁する王国に置いて、魔神崇拝者の烙印は死罪と同義。


「勿論、私は皆様の潔白を信じていますが――彼の処遇については、どうか私にお任せください。王国に剣を捧げた騎士の長として、災厄を防ぐために命懸けで尽力すると誓いましょう。この一件、私に預けて頂けますね?」


 にこやかなアルマースの言葉に、誰も口を挟めない。下手に異議を唱えれば、他の同僚によってたかって疑惑を免れるための生贄にされる。そうやって互いに牽制し合って、全員身動きが取れなくなる。


 会議の主導権が騎士団長の手に渡ったのは、誰の目にも明らかだった。







「……あんた、一体なにが目的なんだ? 俺を庇って、あんたになんの得がある?」


 結局、『ロックの身柄は《凶星の欠片》共々、騎士団長アルマースが全責任を負って預かる』ということで会議はまとまった。


 ひとまず身の安全は保障するとのことだが、素直に頷けるほど暢気ではいられない。

 固く手を繋ぎ合って睨みつけるロックとリオに、アルマースは苦笑を浮かべた。


「闘技場で話した通り、星と女神、引いては君たちを救うため。と言っても、これで信用してもらうのは難しいだろう。だから、私の秘密を君たちに明かそう」


 案内された先は、騎士団本部。どうやら団長の私室らしき大きな部屋だ。

 ロックとリオを中に通すと、アルマースは扉を施錠した上、部屋中に幾重にも結界が張り巡らされた。身構える二人に、アルマースが腰の剣を壁に立てかけながら言う。


「これは外からの潜入や盗聴を防ぐためのものだ。何分、秘密が多いものでね」


 言って、アルマースが本棚に手を触れると、なにやらガコガコと機械の音が。

 どうやらアルマースの魔力にのみ反応して起動する機械仕掛けらしい。本棚がひとりでに左右に開くと、中は部屋と同じだけ広い空間になっていた。


 その空間一杯に陳列された品々を見て、ロックの表情が引きつる。

 古代の遺物らしき骨董品、そのどれもが自分の中に宿る、《凶星の欠片》と同じ力を帯びていた。つまり、全て《凶星》、魔神に由来する品ばかりなのだ。


「……確かに、こいつはとんだ秘密だな。あんた、魔神崇拝者だったのか?」

「いいや。私は騎士である前に、女神と魔神の真実を追う一人の学者でね。騎士団長になったのも、女神に関わる古代遺跡の探索が騎士団の管轄だったからだよ。だから私は、神殿が隠蔽を図ったようなことも多く知っている」


 どこか遠くを見つめるアルマースの目には、悲哀の色があった。

 誰もが捨て置き忘れ去った、悲しい出来事を知ってしまったような目。


「今はまだ、全てを語ることはできない。しかし女神の秘密を、隠された歴史の真実を知るにつれ、私の中には一つの疑念が膨れ上がったのだ。……過去に六度《凶星》が地上に大きな災厄を振り撒き、《星剣の勇者》が魔神復活を阻止した。しかし結局のところ、元凶である凶星そのものを打倒することは一度も叶わなかった」


 それはそうだ。

 過去に決着がついていたなら、リオが《星剣の勇者》に選ばれる必要もない。


「凶星と星剣の英雄譚は繰り返され、その度に悲劇も数え切れないほど繰り返された。いつの間にか、誰もがそれを受け入れてしまっている。私は、前提から間違っているのではないかと思うのだ。戦いでは、《凶星》による災禍の連鎖を断ち切れないのではと」

「なんだそりゃ。まさか、話し合いで《凶星》と和解しようとでも?」

「ああ、その通りだ」


 まさか肯定されるとは思わず、ロックはあまりの荒唐無稽さに耳を疑う。

 こちらに向き直るアルマースは、その目に使命感の火を灯していた。


「ロック。君こそがその可能性を私に提示してくれたのだ。誰もが即座に身も心も蝕まれて破滅した凶星の力を、君は見事に受け入れ共存している。そして力に溺れることもなく、凶星の宿敵とも言うべき《星剣の勇者》の彼女と共に在る」


 アルマースの真っ直ぐな瞳がロックとリオを映す。

 そう、だ。決闘のときからずっと、彼の視線は焦点が外れていない。頭の中の妄想ではなく、現実にいるロックとリオを、アルマースは常に正しく見ていた。

 だからロックもリオも、自然とアルマースの言葉に聞き入ってしまう。


「凶星を宿した少年と、星剣に選ばれた少女が互いに手を取り寄り添い合う。これは、今までの歴史に一度たりともなかった奇蹟だ。私は確信しているのだよ。君たち二人の絆こそが、真にこの星を救う鍵なのだと」


 預言者のような、厳かな口調で騎士団長は告げる。

 あたかもそれを肯定するかのごとく、己の中の《凶星》が脈動したのを、ロックは確かに感じ取った。


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