第9話:騎士団長アルマース


 決闘の翌日、ロックとリオは早速王宮に呼び出された。

 会議室と思しき部屋に通され、二人はテーブル越しの不快な視線に取り囲まれる。相手は如何にも金のかかった服に身を包んだ、国の重鎮貴族たち。


「魔力の低い卑しい下民が。分不相応に力など求めて、よくもやってくれたものだ」

「忌まわしい《凶星》の封印を解くなど。見よ、あのおぞましい邪悪なオーラ」

「会議もなにもあるまい。なぜさっさとこの汚物を処分しないのか」


 嫌な目だ、とロックは吐き気を覚える。

 彼らの目は自分たちを見ているようで、その実焦点が合っていない。彼らが見ているのは、「凶星の力に手を染めた薄汚い無能」と「我らを救ってくださる慈悲深き勇者様」という虚像。彼らの頭の中だけに存在する、実在しない妄想だ。


 妄想を現実の上に置き、現実のロックたちを否定する虚ろな眼差し。まさしく、今もリオを苦しめ続けているクソッタレどもの目そのもの。


 尤も、今のリオであれば全く気にも留めていないだろう。

 なにせ――


「んふふー」

「リオ、流石に今は離れ……わかった、離さないから首筋に甘噛みはやめえっ」


 ロックに甘えるのに夢中で、リオこそがおっさんどもなど眼中にないのだから!


 隣の席同士をくっつけ、なんて生温いものではない。同じ席で、ロックの膝に腰を下ろし、首に両腕を回して抱きつき密着している。そして頬擦り甘噛み軽い口づけと、まるで人目を憚らない、見せつけるようなスキンシップ。


 当然と言えば当然だが、重鎮貴族たちは額に青筋を浮かべてお怒りだ。


「貴様ぁ、穢れた身で勇者様に触れるでないわ!」

「凶星の邪法で、純粋な勇者様を惑わしおったか!」

「万死に値する! 今すぐ勇者様を解放せよ!」


 しかし彼らの目に映っているのは、『邪悪な力で無能に誑かされた、可哀想な勇者様』という、彼らの頭の中だけに存在する妄想。ロックに頬を撫でられて心底幸せそうなリオの顔など、見ようともしないから理解しない。


 ロックがうんざりしていると、扉が開いて一人の男が入室した。

 長い髪と髭で一見わかり難いが、歳は重鎮貴族たちより一回り下。しかし叩き上げた鋼を思わせる、鍛えられた肉体と鋭い眼光で、威厳は明らかにこちらが格上だ。


 会議に参加する最後の一人、騎士団長アルマースである。


「お待たせして申し訳ない。事情聴取に時間を取られまして」

「事情聴取だと? 罪人も罪状も明らかだというのに、調べるもなにもあるまい!」

「禁忌を犯したこの大罪人を今すぐ処刑! それ以上なにを話すことがある!」

「結論のわかり切った議論で我らを待たせるなど、これだから成り上がり者は!」


 口々に喚く重鎮貴族たちの目は、アルマースに対する蔑みと敵意を隠そうともしない。


 アルマースは下級貴族の血筋で、一兵卒から武功を重ねて現在の地位まで上り詰めた実力者だ。血筋を至上とする貴族には、その成り上がりを忌み嫌う者も多いのだろう。

 アルマースは慣れているようで、堪えた様子もなく彼らに首を傾げて見せた。


「貴方がたは、そんなに自ら世界を滅ぼしたいので?」

「……一体どういう意味だ、今の発言は?」

「ここにいる方々は皆、三十年前の災厄を覚えていることでしょう。この少年に宿る《凶星の欠片》は、その災厄で魔神復活を目前まで進めた《黒茨の魔女》が所有していた代物。魔女は凶星の力に呑まれ、圧倒的な暴威と引き換えに正気を失い、暴走していました。そう、とてもこうして、話し合いの席に腰を落ち着けることなど望めないほどに」


 アルマースに釣られる形で、重鎮貴族たちの視線が改めてロックに集中する。


 話の間も、ロックは膝の上でリオを甘やかすのに忙しい。自分の存在を否定する目に囲まれ、こう見えてリオの心には大きな負担がかかっているのだ。それを癒してやるのがロックの昔からの役割であり、断じて甘えられて満更でもないわけではない。


 そんなロックの様子を見て、なんとも言えない顔で肩が脱力する重鎮貴族たちに、アルマースが話を続けた。


「現在、凶星の欠片は彼の中で奇蹟的な沈静状態にあります。下手に彼を追い詰め刺激するような行為は、それこそ眠る魔神をわざわざ叩き起こすようなもの。自らの手で災厄を引き起こすのと同義です。その責を負う覚悟があるというのでしたら止めませんが」


 アルマースの言葉に、重鎮貴族たちは顔色を青くして唸る。《黒茨の魔女》が起こした三十年前の災厄とやらは、余程彼らに深い恐怖を植え付けたようだ。


「し、しかしだ! それなら尚更、大人しい今のうちになんとか処分するべきではないのかね!? いつ暴走したっておかしくはあるまい!」

「そうだ! こんな薄汚い下民に、世界を滅ぼす爆弾を預けているなど!」

「我々が不安で夜も眠れぬわ!」


 叫ぶ声に先程までよりも切実な響きを感じるのは、凶星の恐怖を実体験で知るからこそか。心情的に理解はできなくもないが、言いたい放題される身としては不快だ。


「そもそも! 《凶星の欠片》は厳重に封印されていたはず! それがなぜ、このような下民の手に渡ったのだ! これは騎士団の管理責任ではないのかね!?」

「そうとも! 責任を問われるべき身でなにを偉そうな口を叩くか!」

「それについてですが、むしろこちらが貴方がたに責任を問う立場でして」

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