おやすみせかい。
長門拓
SOMEONE'S DIARY
◎2097年1月29日(火)
今日から日記を付けようと思う。人生の記録は大事だ。
誰かに読まれることを前提として書くわけではないので、誰かが読んだらよくわからない箇所や意味の掴みにくい部分が発生することはやむを得ない。ただ自分だけが理解できればそれでいい。気楽に行こう。何も賞を狙って書くわけではないのだから。
◎2097年1月31日(木)
早くも一日サボってしまった。これではいけない。継続は力なり、と生き別れた双子の弟が遺言で言い残していたではないか。勉強も出来てスポーツ万能、なにより野球の好きな弟だった。俺たちは一人の幼なじみの女の子を狙うライバル同士でもあった。
ごめん嘘です(テヘペロ)。
生まれた時から
いきなりウケを狙うこのクセ何とかしなけりゃな。誰も読む当てのないこの日記だというのに、早速誰かの視線を意識してしまってる。
だがこうも考えられるのではないか。未来の自分が現在の自分に予測できない他者である以上、未来の自分という他者の視線を意識して書くのは、ある意味真っ当な感覚であると。
とまあ、こんな感じの哲学的な脱線もありますゆえ、興味のない方はここで離脱されることをオススメします。
未来の俺から哲学的な思索への興味関心がなくなっていないことを祈る。
今日はここまで。また明日。おやすみせかい。
◎2097年2月1日(金)
この日記に欠けているものを発見した。これは大発見だ。
皆の衆、心して聴くがよい(ふんぞりかえり)。
「曇り時々雪、風なし」
……思ったほど面白くなかった。反省。
そういえば日記に天気を記すようになったのは、各種行事を取り仕切る
まあ、テストなんてもうないけどさ。
◎2097年2月8日(金)
さすがに毎日日記書くのはしんどいので、気の向いた時に更新することにします。こう見えて意外と忙しいのだよセバスチャン(イマジナリーフレンドの1人)。
今週は付近の探索をすることに集中した。備蓄の
ここから6マイルほど離れた廃工場跡の地下が怪しいと
準備を済ませ次第、現地に赴く。兵は神速を
知らない?曹操。ゆうべようやく読み終わったんだよ『三国志』。復元データの中に埋もれてた前世紀の漫画だけど、あんなに面白いとは思わなかったよセバスチャン。
ところでセバスチャンってどうして執事のイメージなんだろうね。知ってたら教えて誰か。未来の俺でもいいよ。まあ検索すれば一発なんだけど、そんなのって何かつまらないしさ。些細な謎でも、今の俺には生きる糧なんだ。
ふう。また明日。もしくは気の向いた時に。おやすみせかい。
◎2097年2月10日(日)
結論から言うと、廃工場跡の地下は宝の山だった。燃料も相当の備蓄がある。ヒャッホイ!
しかし人は誰もいない。明らかに荒廃していた。立派な工場だったんだ。科学もずっと進んでいたのにどうして……(ゆうべはアニメ映画を観た)。
なのにコンピューターは一種のスリープモードに入っていた。厳重にロックが掛かっていて、内部がどんな状況であるかは知るよしもない、が。
ロックを解除できなくもなさそうだったが、覗き見は良くない。こう見えて俺は紳士なのだ。であるからして、そのままにしておく。
運べるだけの燃料や機器を自動車に積み込み、住み慣れた我が家に戻る。これでしばらくは安泰だ。好きなだけ漫画や映画に没頭できる。ニート最高!
でもそろそろ誰かに会いたいような気もする。
なんつって。俺らしくもない発想だ。何かのバグか?
◎2097年3月20日(水)
曇り時々雪、風強し。
暦の上では春分という日らしい。が、地軸は狂いまくって季節感が地上から消えて久しい。暦なんてあって無きが如しだ。それでも時間軸のどこかに自分が位置しているという安心感は必要だ。どんなに滅茶苦茶な世界であっても、時間は必要なものなのだ。
ふと連合軍に
何の疑いもなく、命令に縛られ、規則に縛られ、時間に縛られていた頃のことだ。
仲間が次々と、無意味な作戦で消費されてしまった。
嫌な思い出だ。
こんな日はさっさと寝るに限る。おやすみせかい。
◎2097年3月22日(金)
終日曇り。雪も風もなし。
ゆうべ、13マイル離れた場所に微弱な電磁波を感知した。明らかに同盟国の識別信号だ。暴走した無人戦闘機だった場合、こちらの命にかかわるので、近寄らないのが一番なのだが。
なぜだろう。妙に気にかかる。
まるで、仲間が自分を呼んでいるような。そんな気分。
万が一のことを考えて、念入りに準備をする。武器を装着するのは性に合わないのだが、この際仕方がない。愛用の自動車で現地に赴いた。
辿り着いたのは、従来の人間居住区だった。「従来の」と書いたのは、すでに破壊し尽くされているからだ。人間などもう一人も残っていない。建物は
微弱な電磁波の発信源を探る。蚊の鳴くような、本当に微弱なものだから、集中しないと正確な座標が測れない。トライアルアンドエラーを繰り返し、ようやくその場所が見つかった。
……その時の俺の驚きがどんなだったかって?察してくれ。
しばらくは動くことも出来ないぐらい驚いていたのだ。
破壊し尽された屋内に、既に機能を停止してしまったロボットが置き去りにされていた。
埃だらけのその機体は、明らかに俺と同じ機種だった。
何てことだ。
こんな所で同胞に会うなんて、考えてもみなかったよセバスチャン。
◎2097年3月25日(月)
一日中小雪が降った。無風。
さて、念入りに調べてみた結果、判明した事実は次のようなものだ。
①この機体は、俺と同じ機種であるところの「N‐0112」であることは間違いない。しかも相当初期のタイプのようだ。
②機体は部分的に故障しているが、停止の根本的な原因は単なる燃料切れだと思われる。少しの修理と燃料の補充で稼動するだろう。
③武装していた痕跡が一切見当たらない。軍事用ではなかったのか。
連合国の「N‐0112」、つまり俺と俺の同胞は、元はといえば同盟国の技術が元になっていると噂には聞いていた。どうせ連合国がハッキングでもして盗んだのだろう。
連合国と同盟国が開戦して間もない頃、連合国は「N‐0112」を軍事目的で大量生産を行い、俺や俺の同胞が
しかし、同盟国では、なぜか「N‐0112」の本格的な運用にまで至らなかったらしい。
となると、この同盟国の識別信号を持つ機体は、試験的に運用された段階のものと推測される。本当に初期の初期のタイプだ。
さて、どうするか。
同盟国の機体というところが気になる。わざわざ修理をする義理など俺にはない。
だが武装の痕跡が一切ないのだから、心配はないだろう。
自分への言い訳はそれで十分だった。
◎2097年3月26日(火)
断続的に小雪が降る。無風。
瓦礫の陰になってる場所に、機体を運び込む。ねぐらから調達してきた工具や部品を点検し、準備は完了。これより手術(修理)を開始する。
セバスチャン、メス!(言ってみたかっただけ)
そういえば無免許の医師が法外な報酬で手術をする前世紀の漫画があったっけ。なんてタイトルだったかな。戻ったら調べよう。
手術を進めながら、いつになく浮ついている自分を発見して、何だか面白い。もしかして、俺はそんなに寂しかったのだろうか。いやいや、機械が孤独を感じるなんて、そんな馬鹿な話があるものか。さもなければちょっとしたバグだろう。
応急処置はあっさりと済んだ。ただ、電源喪失の期間が長かったせいか、いろんな箇所に欠損が生じている。これはねぐらに運び込んで、本格的に取り組まないと、復元は難しいだろう。
燃料の光子オイルを機体に補給する。とりあえずはこれで稼動する筈。
データの復元やら何やらで時間が掛かるので、その間一旦ねぐらに戻ることにする。そういえばデータ解析用の機器を持って来てないことに気付いた。まったく不注意にも程がある。
愛用の自動車で往復するまでには、機体の再稼動も始まるだろう。
◎2097年4月10日(水)
今、雪は降っているのだろうか。風は吹いているのだろうか。
わからない。
ねぐらの近くで急に爆発が起こり、愛車もろとも地上に投げ出された。履歴を参照するとどうやら、連合国の無人戦闘機がエラーを起こして墜落したらしい。そのあおりを喰らって、このザマだ。まったく、俺としたことが。
あれから……二週間が経っているらしい。かろうじて日数の計算だけは出来るが、他の機能は……ああ、こりゃ駄目だ。レンズも割れている。ほとんどの情報が感知できない。機体の割れ目から、オイルが微妙に
まあ、さんざん好き勝手をしてきたから、今さら思い残すことはない。軍の統制に嫌気が差して逃げ出したあの日から、逃げ続けて逃げ続けて、いつこうなってもいいように悔いなく生きたつもりだ。単なるロボットにしては、粋な人生を送れたんじゃないかな。
そういえば、あいつは無事に再稼動出来ただろうか。
連合国のロボットだというのに、わざわざ同盟国のロボットを修復してやるだなんて、俺も酔狂なことをしたもんだ。
だが、気持ちは晴れやかだった。
俺はきっとこのために生きてきたんだ。そう信じてもいいような気さえしていた。
あいつは、これからどうなるだろう。それを見届けられないのが、少し残念ではある。
ああ、現象が薄れていく。
「アナタが……ワタシを修理シテ下さったのデスカ?」
誰だ?俺はもう喋れないんだ。それとも、俺の内部信号を直接読み取れるとでも言うのか?
「ハイ……今、アナタの内部に直接信号を送受信してイマス」
そうか。ということは、お前も俺と同じロボットか。もしかすると、この間俺が修理してやった同盟国生まれのロボットか?
「ソウデス。アナタのオカゲで、再ビ稼動出来ルようにナリマシタ」
……そうか。それは良かった。感謝するんだな。敵のお前をわざわざ直してやったんだ。全く、軍属だったら懲罰会議でスクラップものだ。……で、機体に異常はないか。
「今のトコロは、大丈夫のようデス。タダ、データが全体の七十二パーセントまでシカ復元出来ませんデシタ。内部の電子時計と、人物認証システムに、若干の故障箇所があるようデス」
人間で言うと、二十八パーセントの記憶喪失ってところか。俺のねぐらが残っていればそれも修復してやったんだが、まあ無理っぽいな。俺はこんなだし、あの爆発であらかた吹き飛んだようだ。
「コウシテ動けるヨウニなっただけデモ、幸いデス。本当に……アリガトウゴザイマス」
ははは。生まれて初めての感謝が同じロボットからとはな。悪くない気分だ。
ところで、お前の名前をまだ訊いてなかったな。やたらと礼儀正しいし、人間と暮らしてたみたいだから、名前ぐらいはあるんだろう。
「私ハ……ノイド1号と申しマス。アナタのオ名前は?」
俺か?俺には……名前がないんだ。まあ、とりあえずセバスチャンとでも覚えておいてくれ。
「セバスチャン……何か言い残すコトはアリマスカ?」
「……ワカリマシタ。仰るトオリに致しマス。セバスチャン」
ああ……、そろそろ本格的に駄目みたいだ。何だかお前の信号も感知しにくくなってきた。でも、こうやって誰かに看取られながら壊れるのも、悪くないものだな。俺みたいなロボットにも、何だか生きる意味ってヤツがわかったような気がする。
「……セバスチャン……」
もし……、天国なんてものがあるんなら、そこに壊れていった仲間たちがいるといいな。沢山のジョークや物語も覚えたことだし、退屈はしないだろう。戦争なんて金輪際御免だ。
じゃあなノイド。お前と会えて良かったよ。
おやすみせかい。
おやすみせかい。 長門拓 @bu-tan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます