第6話: 百合と鷲の暗闘
***
──1月5日。
ベイルート南郊。ラフィク・ハリリ国際空港。
空港とベイルートを繋ぐ幹線道路を、一台のスポーツカーが飛ばしていた。
「──アシェット。どこか行きたいところはあるかい?」
「──ラウシェ地区のレストラン街なんてどうかしら?」
フランスの対外工作機関──
「レストランか。良いね。じゃあその後はさ、一緒に博物館に行かないかい? 古代ローマの美術品が山ほどあるんだよ」
「ま、今回の仕事は荒事になる予定はないし……、クリスマス休暇が伸びたと思って、気楽にやれば良いんじゃないの?」
2人の任務は、カルロヌ・ゴーンの脱走に、フランス政府の要人がどの程度関わっていたのかを調査することであった。昨日付で、ゴーンはICPOから国際手配された。ゴーンを含めた関係者を守るにしろ、切り捨てるにしろ、全容の把握はフランス大統領エマヌエル・マキロンにとって急務であった。
「……ところで本題なんだけどさ。随分とお粗末な話だとは思わないかい? 今回の一件、大統領には事後報告だったらしいよ?」
「本国の経産大臣と駐日大使の独断らしいわね。御陰でヒアリングの結果が部署によってバラバラだわ。……駐レバノン大使は何て言ってるの?」
「文書の回答は『知らなかった』の一点張りだよ。まぁ普通、事前に話があったら初めから大使館で匿ってるよね」
「そもそも、
「一枚岩じゃないフランス政府は信用に値しないんじゃない? 多分」
「それを言ったら、レバノン政府だって大して変わらないでしょうに」
スポーツカーは速度を下げ、ベイルートを南から北に向かって縦断した。海沿いの大通りを抜け、多数の大使館やレバノン政府の中枢が集まるハムラ地区を目指した。
道中、デモ隊に遭遇した。
──ハリーリ首相の横暴を許すな!
──汚職・絶対・反対!
──俺達の税金を返せ!
──レバノンに自由を!
「仕方ない。……迂回するか」
「……? 、ちょっと待って」
アシェットは表情を強張らせた。
「どうした?」
「小銃を持った男が6人。車を囲んでる」
アシェットは武装集団を端目に窺いながら、開き直ったように溜息をついた。
「──おい。お前らはアメリカのエージェントか?」
武装集団の一人が、自動小銃AK47を向けながら聞いた。
「まさか。僕達はフランス人の観光客だよ。欧米系だからって一緒にしないでくれ」
「見分けなんぞ付かん。……連行して尋問しろ」
武装集団は囲いを狭めてきた。
「ぉい! 何でだよ。って言うか、お前らどこの連中だよ! おい! ……っ」
「騒ぐだけ無駄よ。……ったく。サイテーな気分だわ」
***
「──フランスの間抜け共が捕まったぞ? どうする」
「囲んでるのはヒズボラだろ? だったら、そのうち開放されるさ。そこらのごろつきよりはマシな連中だからな」
武装集団に連行されていくフランス人2名の後ろを、ハンバーガーの移動販売車が通り過ぎていった。
その車中には、販売員に扮したアメリカ人──ホイト・ソワーズとロスコー・スミス──がいた。2人は、CIAの情報収集官だった。
「5000人ポッキリのお笑い組織がうちの真似事なんてするから、痛い目を見る。……懲りてないのか? 連中は」
ソワーズは言った。
「ニュージーランドで環境テロリストのヨットを爆破して、地元当局に拘束される。ソマリアで人質奪還を企てて失敗。中国に送り込んだ工作員は二重スパイでした……。振り返ってみると散々だな、あの組織。通りでゴーンが頼らなかったわけだ」
スミスは苦笑いした。
2人は運転台から調理スペースに移動すると、エプロンを身に着けた。
「……とは言え、何でよりにもよってテイラーなんかを使ったんだ? 前科持ちの特殊部隊くずれ。人生賭けるには泥縄すぎるだろう」
ソワーズはぼやきながら、鉄板に熱を入れ始めた。
「金持ちの感覚は分からん。ま、その辺はどうでも良いさ。こっちのターゲットは初めからテイラーの方だからな」
スミスは備え付けの冷蔵庫を空け、パテと生野菜を取り出した。
「FBIの潜入捜査官としても働いたことがある人物が、その時の人脈も使ってグレーな商売をしている。……確かに金蔓の匂いがする。FBIの関係者ってだけでカネの匂いがする」
「予算は命。国益は二の次! それが、俺らCIAの本分だからな」
ソワーズとスミスが笑い合っていると、販売車に団体客が来た。
「──おい、ちょっと良いか?」
「ぁあ、もう少し待ってくれ。これから作り始めるところなんだ。先に注文を聞くよ。何が良い? ベジタリアン向けもあるよ」
スミスは人当たりの良い声で言った。
集団客は、全員防弾ベストを着用していた。
「我々は
「……何?」
スミスは眉間に皺を寄せ、ソワーズの方を見た。
「喜べスミス。次からは、『レバノン政府御用達』って看板が立てられるぞ」
「……じょーだんキツいぜ。ソワーズ」
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