第5話:「ダビデの鳥」作戦
***
──2020年1月3日。早朝。
東ベイルート、アシュラフィエ地区。
ダグラス・テイラーは、カルロヌ・ゴーンの自宅周辺で警備に当たっていた。
彼のチームは14人。そのうち(死体・逮捕者も含めて)6人は日本に残してきた。社長であるからと言って、ゴーンと酒を酌み交わしているような人的余裕はなかった。
テイラーはスウェーデン公安警察出身のグスタフ・バーサと共に屋外を巡回し、屋内はジョルジュアントワーヌ・レーと、元デルタ・フォースの米国人ヒコック・ダニエルに任せていた。
他に、イギリス軍特殊部隊UKSFを不名誉除隊になったウォーベック・パーキンと、フランス国家憲兵隊治安介入部隊出身のアーマンド・ペリゴールの2人を組ませ、ベイルート市内のホテルに待機させていた。
残りの2人──トルコ共和国の元外交官イブラヒム・イスハークとレバノン軍の退役軍人ハダド・ザブレベック──は現在南キプロス共和国におり、レバノンからEU圏内に逃げ延びるルートを探らせていた。
「──ここ最近のベイルート。妙に殺気立ってませんか?」
バーサが言った。
テイラーとバーサは、ズボンの後ろポケットに拳銃を差し、防弾ジャケットを着ていた。
「仕方ないだろう。レバノン政府がデジタル税の導入を持ち出したせいで国民は激怒。おまけに、昨日イラクの空港でイランのお偉いさんが吹き飛ばされたせいで、ヒズボラの連中がヒートアップしてやがる」
1月2日。イラクの国際空港近辺で、米軍によるドローン攻撃が行なわれた。これによって殺害されたイラン革命防衛隊の最高司令官カセム・ハッサンは、シーア派信奉者にとって英雄であった。
レバノン南部や政府の中枢に多大な影響力を持つイスラム過激派組織ヒズボラはシーア派を信奉している。故に、今回の米軍の所業を受け、ヒズボラの動きが活発化するのは必然であった。
これらの殺伐とした情勢に、昨年から続く貧民主体の反政府デモが加わることで、目下ベイルートは一触即発の空気を帯びていた。
「ゴーンさんって、ひょっとして……引きが悪いんじゃないんですか?」
「経営者人生で運を使い果たしたんだろうよ。……ま、言ってもここはベイルートで壱弐を争う安全地帯だ。そう滅多なことがあるとは思えないが……」
そんなテイラーの言葉を嘲笑うかのように、彼の上空を、何やら禍々しい銀影が横切っていった。進路は北西方向だった。
バーサは天を仰ぎ、目を細めた。
「ぁれは……イスラエル製の
テイラーは嫌な予感がした。
テイラーはスマホをタップし、西ベイルートのホテルにいるペリゴールの携帯を鳴らした。
『……へーぃ、こちらペリゴールですが……?』
「爆弾積んだ無人機が、そっちの方に向かってる。ホテルから出ろ!」
『……ドローンって言ったって、イスラエルのでしょう? どうせ、ヒズボラかイスラム聖戦機構のアジトが燃やされるだけじゃないですか?』
「あの機体は、全く同じタイプが中国の人民解放軍にも輸出されている。ニホンがコピーしていてもおかしくない」
『まさか……。だって、今回の相手は平和の国ニホンですよ?』
「相手を馬鹿にしても良いが侮るな。足下を掬われるのは癪だ」
『しゃーなぃですね。……ウォーベック。窓の外を……──っ』
ペリゴールの声は、凄まじい爆発音と炸裂音に掻き消された。
「社長、煙が……」
バーサは、西の空を指差した。
灰色の煙が一筋、空に立ち昇っていた。
「やられた……」
テイラーは舌打ちした。
「社長。……実際のところ、イスラエル軍の誤爆という可能性はないのでしょうか? 確か昨年の12月、ベイルートからテルアビブに向けてロケット弾攻撃がありました。イスラム聖戦機構が犯行声明を出し、その報復を、まだイスラエルはしていなかったはずです」
「分からん。……自衛隊マニアのレーに聞いてみるか」
テイラーは、レーに電話をかけた。
「……おいレー。自衛隊に、対外工作ができそうな連中はいるのか?」
『いることにはいますよ。2つ。陸上自衛隊特殊作戦群と、陸上総隊中央情報隊。どちらも、陸上幕僚監部第2部別班という部署が管轄してます。国外活動は後者の仕事じゃないですかね。帝国陸軍の残滓みたいな連中です』
「はぁん。……」
テイラーは不機嫌そうな顔つきで、通話を切った。
「ニホンにも厄介な連中がいる、だとさ」
「ですが、社長。いくらそいつらが優秀でも、イスラエルの国防システムに割り込めるとは思えません。となると、敵の工作員は比較的近くに潜伏していて、直接ドローンを送り込んできたということになりますが」
バーサは冷静な口調で言った。
「……ここは俺らの庭だ。その事実に代わりはない。ゴーンが札束で叩けば、レバノン軍は喜んで人手をこちらに回すはずだ。どんな連中だろうが、返り討ちにしてくれる」
テイラーは吐き捨てるように言った。
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