カルロヌ・ゴーンを追え!

七海けい

第1話:「浪速の檻」作戦(前編)


 ──2019年12月29日。23時25分。


「……こちら制圧1班。どうぞ」

『──こちら指揮班。状況を報告しろ』


 関西国際空港は、大阪府警の特殊部隊SATに封鎖されていた。

 飛行場への突入体制を整えた車中の制圧1班は、管制塔に置かれた臨時指揮本部に無線を繋いだ。


「飛行場に人物4人と、小型機2機を確認。他に、人物2名を確認」

『──そいつらも仲間である可能性が高い。気を引き締めてかかれ』


「了解。これより、突入を開始します」

『──健闘を祈る』


 制圧1班長の車両を先頭に、4台の黒い装甲車列が動き出した。普段は整備車両が使う平坦で広々とした通路を走り抜け、小型機の前に躍り出た。

 タイヤが不快音を生じると同時に、特殊部隊員が4人ずつ、後部扉テールゲートから装甲車両を盾にして展開した。

 班長は防弾版代わりのドアを開け、閃光弾スタングレネードを投じた。その刹那、凄まじいフラッシュと甲高い騒音が、辺り一帯を制圧した。


「──我々は日本の警察だ! 武器を置き、手を後ろに……っ!」


 班長が言い終わらないうちに、セスナ機を囲む人物らは発砲を開始した。

彼らは、閃光弾をやり過ごしたようだった。


「……1名負傷!」


 隊員の1人が撃たれた。チタン合金とケプラー繊維製の防弾スーツが簡単に破られることはないが、驚くべきは武装集団の技術だった。拳銃を構えた男が四人。小型機や、何やら意味深に置かれたを盾代わりにしながら、冷静かつ的確に狙いを定め、隊員側を牽制してきた。


「ちっ……!」

「……おぃ、やめろ!」


 焦った隊員の1人が、小型機に銃弾を撃ち込んだ。短機関銃MP5から放たれた弾丸は、小型機の外郭を破損させた。そのうちの一発が、エンジンを穿いた。


「退避―ッ!」


 班長の絶叫と同時に、隊員側と武装集団側は蜘蛛の子を散らす勢いで散開した。

 装甲車両の影で、機動隊員達は両耳を塞いだ。


──ドォオオオオオオオオオオオオ……ッ!


 小型機は凄まじい爆音と火炎を伴って爆発、炎上した。逃げ遅れた武装集団に男1人が、火達磨になって転げった。難を逃れた残りの3人は、拳銃を乱射して隊員側を牽制しつつ、盾代わりにしていた黒い箱を取りに戻って来た。


「……あの箱は何なんだ? ……」


 班長は身を屈めつつ、疑問に思った。


 班長が上層部から聞いていたのは『欧米系と中東系の不審な集団が、関空から出国しようとしている。テロリストである可能性が高く、確保ないし射殺せよ』という旨であり、それ以上の内容は知らされていなかった。


 ──ヒュゥオオオオオオオオンンンンンンン!


「……ッ?」


 班長の耳を、不意の轟音が切り裂いた。

 上を見上げると、新手の白い小型機が、強行着陸を試みているのが確認された。


「あれは……」


 しかし、班長が上空に気を取られている暇はなかった。

 黒い箱を運ぶ3人を援護するように、男2人が自動小銃をフルオートで撃ち込んできた。今までよりも重たい弾幕が、装甲車両の窓ガラスを次々と粉砕していった。

 予想外の火力によって、隊員側に多数の負傷者が出た。


『──こちら指揮班。……作戦を中断せよ』

「ここで、ですか? ……」


 エンジン音と銃声が鳴り響く中、班長は奥歯を噛んだ。


『──案ずるな。保険はかけてある』

「保険……?」


『──そうだ。後は自衛隊に任せろ』

「自衛隊……」


 班長が、蜂の巣になった装甲車両から身を乗り出した時。既に銃声は止んでいた。

 そして、白い小型機は関空を飛び立っていた。

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