第18話 事情聴取

「これで間違いはありませんか?」


 事務手続きのように言うが、受け入れられるわけがない。こんなこと外にバレたら……


「俳優との不倫の末に生まれたあの子供の記憶は、たびたび混乱しているようです。彼にとって血のつながっている父親は俳優Aであって、そうと知らずにか、知っていてかは知りませんが、血のつながらぬ子を連れた女と夫婦として暮らしていた義理の父、そしてその義理の父を殺し・・、子供を脅しに使った男。あの子はその三つのの中で、記憶が錯綜している。私は心理学の手法であの子の夢の中に入り、それを探っていました。あの子は自分で自分を攻め滅ぼそうとしていた。私は、あの子が溺れ死ぬ前に何度も、強制的に夢の場面を変えました」


 まくしたて、そして、と間を置く。資産家のペースはすでに剥ぎ取られ,絡め取られていた。


「貴方があの子を使って俳優Aを脅したのは事実ですね?」


「く、しょ、証拠はあるのか?」


「証拠?」


 記者の端くれだと思っていた、管理人の甥という触れ込みの男が知った風に笑う。


「証拠はこの私です」


「——は?」


「知りませんでしたか。俳優Aが貴方の奥さんと不倫していたころ、俳優Aの妻の腹には胎児が宿っていた。不倫に目をつぶり、彼女は子供を産み,五歳まで育て上げた。そのころ、私の家は突然、夜逃げしなければならない緊急事態に襲われたのです、わかりませんか」


 資産家の男はまさか、とでも言うように、恐る恐る顔をあげる。視線が合う。


「そうです。私が、貴方の脅しにより大金を払わされ、逃げるように豪邸を捨てた俳優Aの実子ですよ。貴方の御子息・・・とは父が同じ兄弟ともいえる。しかし、敵ともいえる。だって、私の家族をめちゃくちゃにした不倫相手の子なのですからね」


「何が……目的だ。これをみんなにバラすのか?」


 くたびれて、ソファに腰を下ろし、両腕で頭を抱え込む。


 これを、外にいるマスコミにばら撒かれたら……。録音機でどうせ会話の一部始終は取られているのだろう。歯軋りする俺のが欲しくて、管理人のやつがどこかにカメラを仕込んでいるかもしれない。


 それが、明日も、また明日も、ワイドショーを賑わせ続けると思ったら、彼は気が狂いそうである。


 地道な投資で、資産を少しづつ、少しづつ増やしてきた。時には忍耐も必要だった。それが、こんなところでオジャンだなんて。


「私の目的は——


——母親の違う兄弟の描いたという、漫画が知りたい」


「…………は?」


 予想外の回答に、資産家は戸惑った。遠い昔に破り捨て、燃やして灰にしたモノに、何の用があるだろうか。


 記者役の男は、スッと表情を顔からなくしてみせた。無感情で、資産家に相対する。


「貴方は、無価値なモノを捨てすぎた。これはその報いです」

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腐った果実 春瀬由衣 @haruse_tanuki

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