第17話 おままごと

 血に……血に溺れていく。痛みを感じることさえ忘れて、もはや心地よくさえあった。


 自分への贖罪とあれば、むしろ進んで受けよう。かつて漫画家を目指し、努力していながら、自ら夢をってしまった自分のために。


 義理の父は——俺の本当の父親を殺した。母を自分のものにするために。そして、俺は邪魔者だった。


 あいつに言わせれば、殺すつもりはなかったと言うんだろう。でも、俺は信じない。本当の父親は自動車事故に遭い、出血多量で死にかけていた。


 そこに偶然・・通りかかったあいつが、父と血液型が同じだと言って献血した。


 ——はずだった。


 父と同じ手術室に入ったあいつが、手術室から出てきたときには、なぜか父はいなかった。


 輸血が間に合わず、ショック死したとあいつは言った。そして呆然とする母をよそに、葬儀屋を電話で呼び出していた。


 俺は食ってかかった。あまりにも周到に葬儀屋が駆けつけ、死んだという父の顔を遺族にさえ見せずに車の荷台に積んでいく間も、ずっとあいつに食ってかかった。でも、あいつは答えなかった。そして、母にこう言ったのだ。


『僕と結婚すれば、君の夫の借金をすべて肩代わりしてあげよう』


 その代わり


『君には身体で稼いでもらう。いいね?』


 あろうことか、母はそれを受け入れた。そして俺に、『この人には口答えするな』と念を押した。


 何がなにやらわからないままに、月日が経った。そして、知ってしまった。


 俺は、有名な既婚俳優Aと、母との不倫の末に生まれた子だった。


 あいつは、俺の存在で俳優Aを脅し、金品を得ていたらしい……。


 俺の生まれたことは、間違いだった。


 過ちの末に、生まれた子供。


 血は、やがて透明になり……枯れていき、やっと気づく。これは——自分を溺れさせているこの血は、自分の首から流れ出ているらしい。首に手をやれば、温かい流速が手を押し返す。


 おままごとならば、よかったのに。


 子供の無邪気なおままごとで、誰の血も流れていない無機物でありながら、遊び手の気持ち次第で、誰かの子となり親となる。そんな存在なら、楽だったろうに。


 腕や脚を取り外しできる玩具のように、マジックテープの剥がれる音がした。首に沿わせた手が、段々と伸ばされていく。


 もう血は流れない。


 流れないままに、首が取れた。


 血を枯らして、俺は玩具になった。

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