第16話 血の呪い

 資産家の妻が、血の繋がった息子に刺された。——センセーショナルな事件は、案の定、連日世間を賑わせる。


「あぁ……くそッ」


 高級マンションの高層階、惨めな庶民を見下ろすことができ、自らの高いステータスを誇ることができたはずの自宅は、逃げられない袋小路と化した。


 人は所詮、地を這う生き物なのだと、痛感させられる。人は空を目指して建物を作りそこに住んだとしても、鳥のように空を自由に飛び回ることはできない。


 一階に降りてしまえば、読んでおいたタクシーに飛び乗ってトンズラできる。しかし、一階に降りるための道は——非常階段でさえも——マスコミに占領されてしまっていた。


 息子が妻を刺した。いや、彼にとってそれは他人が他人を刺しただけ。特別養子縁組さえしていない彼は、妻の連れ子であって自分の子ではない。


『まぁそりゃ事実なんでしょうがね、それを言うとまた叩かれますよ。貴方が奥さんに散々DVしていたことも、マスコミは嗅ぎつけていますから』


「こういうときのために高い金を払っておいたんだろうが!」


 資産家の彼は、気が狂ったように大声で怒鳴り散らした。危機管理に詳しいと評判だった弁護士は、清々しいほどに今までと態度を変えてきた。


マスコミ・・・・が嗅ぎつけた、だと!? この家の事情をよく知るのは弁護士先生じゃないか、白々しい!」


「すると、奥さんに暴力を振るっていたことは自覚していらっしゃるんですね」


「……誰だ!?」


 心を見透かしたような、知らない声。不法侵入じゃないかと指摘しようとして、見知らぬ男の背後に視線が動き、悟ってしまう。


「管理人さん……でしたか」


「ええ、貴方に頼まれた三日分の食料と水、買ってまいりましたよ」


「こいつは誰です」


「甥っ子です。メディア関係の仕事をしていましてね」


 怒りが身の内に満ち満ちていくのを、彼は、これ以上ないほどに鮮明に自覚した。


「誰が入れていいと言った」


「口止め料ですよ。貴方は口止め料を渋った。だから、甥っ子の出世に協力してくださいな」


 内部情報を秘密にしておく代わりに取材を受けろということだ。資産家はしてやられた、という風に笑った。


「わかったよ。どんな情報が欲しい? 妻との関係か? 息子・・との関係か?」


「いいえ。それらはあらかた見当がついています」


「なら、なんだ」


 管理人の甥だという男が、口角を釣り上げてみせた。


「血の話です」


「……なんのことだ」


「お忘れですか。貴方は確かに、腕のいい投資家として名を挙げた。でも、そのキャリアの最初期の投資の、資金源はどこです?」


 資産家の彼は黙りこくってしまった。


「ねえ。お宅の息子さん・・・・の、本当の父親はいま、どこにいるんですか?」

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