第15話 Holy Blood

 直前に見た景色を反映してか、俺は深紅の液体に浮かんでいた。


 浮かびながら、液体の流れを微妙に察知する。ゆらゆらと右に左に揺られながらも、ある一定方向に進んではいるらしい。


 見上げた空—あるいはそれと同等のモノ—はムラ一つない白色で、自らの座標点を同定するのは不可能だ。


 あぁ、埋もれゆけ、オレ。さっき、俺はなんとなく気づいてしまった。俺を許せないのはオレ自身で、オレを殺したのは俺。そして俺にそうさせたのは、俺の父親だった人・・・・


 深紅の液体は人の血で、俺は罪によって裁かれる。俺は、他ならぬオレ自身を、現実から逃げ幻想に浸る軟弱者と嘲った。俺はあのとき——オレと意識が乖離したのだろう。顔の皮が剥がされて、だらりと垂れ下がるように。


 俺は——幼馴染をイジメで追い詰めてなんかいなかった。幼馴染の「彼」は俺自身だ。そして俺を追い詰めたのは——父親。


 母さん。もう俺は戻れないのかな? 最後にもう一度、会いたかったのに。


 父さんはことあるごとに母さんをなじった。アバズレだと蔑んだ。母さんが俺を産んだのは、過ち・・だった。そうだろ?


 俺は見返したかっただけなんだ。血の繋がってない、気位だけは高いあの男を、認めさせたかった。あの……あの男は母さんを遊んだ上に捨てて、正妻に子ができないと知れば利用した!


 そうだ……思い出したぞ。思い出した……これは復讐なんだ、あの男への……。天まで届くほどのどす黒い壁で遮られたあの男に、せめて楔を穿つための——


 母さん、俺はあと少しだったんだ。あの漫画が世に出るまで、もうちょっとだけ、だったんだ。


 海斗、俺の分身を


 あの男は


 ぅ、また頭が痛い——あ、あぁ、


『やっと思い出したのか』


『お前はもう、引き返せない』


 何者かの声がして、俺は「父さん」と「あの男」の境界線がぼやけていくのをただ自覚した。ああ、俺はオレ・・に許されなかった。


 今まで散々ヒントを得ていたのに、思い出せなかった。


 俺は今度こそ、血塗れのサンドバックにされるのだろう。


 諦めと、自覚。生まれの否定、努力の否定。二人の父は、俺を狂わせた——


 今まで「彼」と呼んできたそれが、大きく振りかぶって、真っ白な空を俺に叩きつけた。


 適切な受け身も取れないままに、床に叩きつけられる——その動作の、天地がチグハグの様相。俺は、空に窒息させられるのか?


 ぬるり。


 赤い液体が意思を持ったように、俺の喉に貼りつく真っ白な空を喉から剥がしていく。


『いいのよ、真二』


「母さん!?」


『あなたの顔は醜くなんかなかった。あなたは——パパの子供じゃない。本当は、父さんの子』


 俺はまた、混乱した。

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