アニメな日々を

naka-motoo

アニメはわたしたちの拠り所

 アニメを観た時に感じるえも言われぬ切ない気持ちをどういう言葉で表現したらいいのか迷ってるんだ。


 体の感覚的な状態を表現するとしたら胸の辺りのくすぐったさが強度を増す感じ?

 思わず涙腺が緩む感じ?

 それから顔を上の方に向けて、ああ・あ、と呟く感じ?

 どれも正確じゃない。


「観た?昨日の『かしましい人々』」

「うん。観た。あれが最終回って泣ける」

「絶対ドタバタで終わると思ったけどね」

日女ひめは泣いた?」

「泣いた・・・と思う」

「思う?」

「分かんなかった。分類できない感情だった」

「そう・・・わたしはね、エンドロールが流れ終わった後、アルとムが逢瀬してた橋に誰もいなくなった映像がほんとに泣けた。わたしも二人と同じに無言で泣いた」

「エレは感情が繊細だもんね」


 エレにそう言った時、ちょうど大講堂の前の通路をカシイくんが通りかかった。


「カシイくん、次の講義ってここ?」

「やあ日女ひめちゃん、エレさん。僕も『交流療法概論』取ってるから、ここだよ」

「そっか。ねえカシイくんは『かしましい人々』の最終話、観た?」

「そっか。エレさんはディープなファンだったもんね。僕も観たよ。なんか録画だと繋がり感が薄れるから夜更かししてオンエアをそのまま見届けたよ」

「泣けた?」

「どう・・・かな」

「あれ?日女ひめとおんなじ物言いだ」

「なんていうか、未解決の切なさ、ってあるよね」

「わあ。カシイくんて詩的だね。アルとムが結ばれなかったことを『未解決』だなんて」

「もちろん二人の関係も切ないんだけど、僕がもっと切なさを感じたのはやっぱり最後の橋の絵さ」

「それまで日女ひめとおんなじだ」

「・・・日女ひめちゃんはあの橋を観てどう感じたの?」

「もしかしたらカシイくんの期待する答えじゃないかもしれないけど、『終わんない』っていうのが一番近いかな」

「うわ。なんか哲学っぽい」

「エレ。わたしは真剣だよ。たとえばこの『かしましい人々』っていうアニメの原作小説を書いた上代もよりさんのその後の人生ってどうだと思う?」

「え。わたしはそんなこと考えてもみなかった。カシイくんは?」

「僕はそれに近い感覚を持ったよ。確かにコミカライズ、そしてアニメ化された時点である程度の成功だよね?それに金銭面でもそれなりの収入があったと思う。でも、上代もよりさんの人生はそこで終わりじゃない。彼女はまだ二十代のはずだからこの先そういう創作をし続けられるかどうかは分からない」

「同じだよ、カシイくん」

「なに・・・日女ひめもカシイくんも達観してるの?まるで哲学者同士が会話してるみたいだよ」


 唐突にわたしのスマホが振動する。

 ロックされた画面にSNSの通知が表示されている。


「ごめん。このフォロワーさん半年に一度くらいしかツイートしない人なんだ。ちょっと見させて?」


 わたしがそうエレとカシイくんに断ってツイートを観てみると、ニュースサイトの引用ツイートだった。シーズ・ザ・ロックンロール・バンドさんのコメントはこうあった。


『わたくしも生きている理由がなくなりました』


 引用されたニュースの内容を要約するとこうだった。


『小説家の上代もよりさんが転落死。

 今日未明作家で先鋭文学賞を受賞し受賞作でありアニメ化されていた『かしましい人たち』の作者である上代もよりさんは舞台となった橋の架かる神降川の河口付近で発見され死亡が確認されました。

 深夜、小説の主人公である少年と少女が逢瀬を繰り返した橋の上から人が飛び降りたようだという通報が警察に入り、捜索していたところ1km下流の河口近くで発見されたものです。死因は溺死と見られます。

 なお上代さん原作のアニメも深夜枠の放送ながら叙事詩的なストーリーと主人公ふたりの魅力から人気が高く、小説の続編を発行する準備もなされていたとのことであり、自殺だとしたら動機が不明だと近親者は語っているそうです』


 わたしは何も言わずにスマホをエレとカシイくんに示した。

 10秒ほど三人で固まった。

 カシイくんが先に喋った。


「こういう気持ちだった。最終話を見終わった時」


 追悼に向かった。


 エレは用事があって無理だったのでカシイくんとわたしとふたりで向かった。


 実際の川と橋は小説のモデルとなった北の地方の小さな街にあるので行くことは叶わなかったけれども、代わりに比較するともっと小さな大学の近くの川の橋の上にふたりで向かった。


 鴨が川面を泳いでいる。

 白鷺が浅瀬に立って獲物を物色している。

 コンクリートブロックの壁面にある排水口からは集積された雨水の一部が流れ込み、その音を嫌った白鷺がふわりと羽ばたいて上昇し、川の上をまっすぐに上流に飛行していって、目に見える範囲の距離でまた水面に降り立った。


 わたしはカシイくんと橋の真ん中に並んで立ち、真っ直ぐな流れの川を下流の方向に見渡した。


「カシイくん」

「なに。日女ひめちゃん」

「わたしたち、これからどうなるんだろうね」

「僕たちがかい?」

「・・・来年には大学を卒業して多分何かの仕事に就いて。上代さんのような煌めきの瞬間があった人でさえ、消えたくなってそして本当に消えてしまった。なら、わたしたちは?」

「紛らすしかないんじゃないかな」

「紛らす?」

「誤魔化すのさ」


 カシイくんは、欄干をまたいだ。


「危ないよ。カシイくん」

「いいね。日女ひめちゃんのその淡白な言い方、とても好きだよ」


 彼はそのまま下流の方向に向かって欄干の上に座った。

 両足をブラブラさせている。


日女ひめちゃん、心配ないよ。この川は上代さんの川よりも遥かに小規模だよ。落ちて骨折ぐらいはするかもしれないけど」


 橋の高さは5mもないだろう。

 水深も膝下ぐらいで流れは滞るぐらいに遅い。


 怖かったけど。


 わたしもまたいだ。


「ああ・・・」


 足が、ぶらんと重力に引っ張られる感覚。

 今日は長いスカートだけど、筒みたいな空洞からスカートの深奥のわたしの足の付け根あたりに小規模な上昇気流の風が流れ込んでくる。


 落ちちゃおうか。

 カシイくんと。


 わたしの思考を感じ取ったみたいにカシイくんがわたしの横顔に顔を向けた。


「死なないで」


 まるで当てはまらない言葉なのに、鋭くわたしの喉元から胸のあたりに染み込んでくるカシイくんの声。


「死なないでよ、日女ひめちゃん」


 なんて答えればいいんだろう。

 この足をブラブラさせてるその気持ちは泣きたい気持ちじゃない。

 昨日、アニメの最終話を見終えたなんとも言えない切なさと、解決不能の寂しさとの混合に間違いないのだけれども、カシイくんが言うような死にたい気持ちじゃない。


「あんまり足を振ると慣性の法則で落ちちゃうよ」


 逆にわたしの方からカシイくんに注意してあげた。


 ふざけたりする気分じゃ絶対ないのに、足をブラブラさせてると、不思議と遊んでるような気持ちになってくる。


 カシイくんとふたりで遊んでるみたいな気持ちに。

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