第11話

~田知花町(たちばなちょう) 芯義道場(しんぎどうじょう)~

 

 剛は凛に連れられ、道場の門をくぐった。

 練習場では多くの門下生たちが竹刀を振っている。


「師範代、お疲れ様です!」


 門下生たちは凛を見つけると並んで挨拶をした。


「そう言えば凛さんって剣道の師範を務めていたんですよね。」


 剛は凛の家が代々、剣道の師範を務めている家系であることを依然に聞いたことがあった。


「まだ師範代だ。今の師範はお爺様だからな。」


 凛はさらに奥にある離れへ剛を招く。

 そこにはもう一つの練習場があった。


「こっちはプライベート用だ。遠慮せず入ってくれ。」


 剛が練習場に入り、しばらく待っていると胴着に着替えた凛が入って来た。

 青みがかった髪後ろで結び、竹刀を握る姿は聡明でまさしく女武士という言葉がぴったりである。


「この前の事件で能力に覚醒したそうじゃないか!」


「えぇ、そのようですけど・・・」


「しかも、近距離特化だったらしいじゃないか!」


 凛がにやりと笑い、剛はただならぬプレッシャーを感じた。


「ヒーローたるもの日頃から鍛錬をしておくべきだ! 近距離系の攻撃能力であればなおのこと‼」


「つ、つまり—―」


 凛が剛に竹刀を渡す。


「さぁ、この私、芯道 凛が近距離戦の真髄を叩きこんでやろう‼」


「え、ちょっと・・・凛さん? うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」


 剛の断末魔が道場全体に響き渡った。

 

 《1時間後》

 ぼろぼろになった剛が練習場に転がっている。


「初心かと思いきや、なかなかやるじゃないか!」


 凛は汗を拭きながら剛を褒める。


「ぜぇぜぇ、ヒーローになるために必要かと思ってかじっていたことがありまして」


「ほう、やはりお前は見所があるな! 鍵縞が目を付けていただけのことは有る!」


 凛は剛に水が入ったペットボトルを一本投げる。


「鍵縞さんが?」


 剛は水を受け取ると聞き返す。


「あぁ、酒を奢った時にべろべろになりながら話していたよ。剛は俺にそっくりだってな」


 うつむく剛に凛はさらに続ける。


「もともとは鍵縞も真面目なヒーローでな、お前と同じようにがむしゃらにヒーローの仕事をこなしていた時もあったんだ。でも—―」


 凛が少しつらそうな表情を浮かべる。

 倒れ込んでいた剛も起き上がり話に聞き入る。


「ヒーローの扱いはここ十年でさらに悪くなってきている。それに絶望して全部がバカバカしくなってしまったのがあいつなんだ」


「鍵縞さん、そんなことが・・・」


「私自身、やるせなさを感じているのも事実だ。そのせいで前の事件で後れを取り、鍵縞と深谷を死なせてしまった」


「そんな! 凛さんのせいでは・・・」


 剛は唇をかみしめる。


「だからこそだ。お前には強くなってもらわなければな。」


 凛は竹刀を握り直すと剛に笑いかける。


「鍵縞のためにも、お前の理想や誇りのためにもな!」


「理想や誇り・・・そうか!」


 剛は何かを思い出したように立ち上がった。


「すみません、凛さん。デバイスの登録をしに行ってきます」


「お、おう。行って来い」


 剛は凛に礼を言うと、練習場を後にした。



~英雄省 東日本本部~

 剛は古びた箱を持って本部に戻って来た。


「あれ? 長官は?」


 剛は部屋の中を見渡すとお茶をすすっている里中に声をかけた。


「英雄省の定例会議に行かれました」


「そうなんですか! やっとデバイスにするものを持ってきたのに・・・」


「そのことなら承っています。どうぞこちらへ」


 里中は奥の資料室に剛を連れて入っていく。

 資料室の少し奥まった場所には机ほどの大きさの機械が左右に二つ置いてあった。


「こちらで専用デバイスとキーワードの登録を行いますので、この上に登録するものを置いて、パスワードを口頭で入力してください。」


 左の機械の前に立ち、里中がそう告げると剛は古い箱の中から取り出したものを機械の上に置き、あるパスワードを口にした。


「これで大丈夫ですか?」


 剛が里中に尋ねると、里中は少し驚いたような顔を見せた。


「構いませんが・・・本当にこれでよろしいのですか? 後からの変更はできませんが・・・」


「え? 何か問題でしたか?」


「いえ・・・では、登録を開始します。」


 里中はパネルを操作し、登録を開始した。


「登録が完了するまでには少し時間がかかります」


 パネル操作を終え、里中が剛の方に向き直った。


「ところで、そっちは何の機械なんです?」


 剛は右のゴウンゴウンと振動する機械を指さす。


「こちらは破損したヒーローデバイスを修復する機械なんですが・・・十年近く使用していなかったためか調節が上手くいかないのです。」


「じゅ、十年ですか⁉」


「はい、ここ十年でデバイスが破損するような事案は起こっていなかったので—―メンテナンスは定期的に行っていたのですが・・・」


 それもそのはずかと剛は納得した。

 ここ十年でヒーローの待遇が悪化したのは、ヒーローが出動するべき大事件が全くと言っていいほど発生していないという事に起因している。

 それに伴い、警察で処理できるレベルの軽犯罪などにも駆り出されるようになったが、維持費と功績が見合っていないという問題はかなり大きいのである。


「一週間前からピーコックデバイスの修復の依頼を受けているのですが、やっと八割と言ったところですかね」


「え! ピーコックってトゥルー・ピーコックさんのデバイスですか?」


「えぇ、この前の事件で破損したそうです」


「里中さん、トゥルー・ピーコックさんについて質問があるのですが!」


 剛は思い出したように里中に尋ねる。


「何でしょう? それは仕事に関することですか?」


「まぁ、半分はそうですかね・・・」


 里中の反応に剛は頭をポリポリと掻く。


「プライバシー管理のため、本人の了解がないとヒーロー個人の情報を教えることはできません」


「そうなんですか・・・残念です」


 ガクッと肩を落とす剛を里中は冷ややかな目で見る。


「なぜそれほど気になるのですか? 公私混同は—―」


「いやぁ、すごく強いヒーローの先輩だったので! 先日のお礼も含め、何かアドバイスがいただけないかと思いまして!」


 里中は目を輝かせながら言う剛を今度は呆れたような目で見る。


「・・・そうですか。少々、期待外れの感はありますが飲み込んでおきましょう。登録にはまだ少しかかりますのでロビーでお待ちください」


 里中に促され、剛は資料室を出た。


《20分後》

「お待たせ致しました。登録完了です」


 里中が剛の待つロビーに入って来た。


「ありがとうございます」


「専用デバイスはこの中に入っています。管理の一環としてこの指定ポーチを使ってください」


 剛は里中から英雄省のマークが入ったポーチを受け取る。


「それでは専用デバイスの説明を――」


 キュルリリ キュルリリ

 ブザーがロビーに鳴り響き、モニターが警告の文字とともにある座標を映し出した。


「これは・・・エビルヒーロー反応⁉」


「そのようですね。場所は・・・干川(ひがわ)採石場跡地」

「すぐに向かいます。車、使いますね!」


「剛さん。デバイスの説明を――」


 里中の言葉は剛に届かず、剛はヒーロー専用車両の鍵を取るとロビーを出て行った。

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