第7話
剛とトゥルー・ピーコックが身構えたその時だった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」
鍵縞がいきなり叫びだしたかと思えば、辺りは黒い霧のようなものに覆われた。
鍵縞=キー・スクウィードの能力である煙幕が発動したのである。
「な、なんだ?」
いきなりの出来事に男は驚き、一瞬動きが止まる。
その瞬間に鍵縞が煙幕の中から飛び出し、男に拳を叩きつけた。
「うるせぇんだよ‼ てめぇに、てめぇなんかにヒーローの苦しみがわかってたまるか‼」
煙幕の中鍵縞の叫びが辺りに反響していく。
鍵縞が男への攻撃に夢中になったため、煙幕の効果が切れ、剛とトゥルー・ピーコックは視界を取り戻す。
そこには次々と拳を叩きこむ鍵縞と高台から落下し、それでもなお馬乗りになられた状態で鍵縞の攻撃を受け続けるしかない状況に追い込まれている男の姿があった。
「てめぇにそのデバイスを売ったのはどこのどいつだ! 答えろ! 答えねぇとぶち殺すぞ‼」
鍵縞は男の襟をつかむと威圧しながらそう問い詰める。
その顔は剛が知っている鍵縞とは別人のものだった。
「調子に乗るなよ! 雑魚がぁぁ‼」
男は鍵縞の隙を突き、カッターを発生させると鍵縞の脇腹にぶち込んだ。
カッターを受けた鍵縞は血を吐きながら、男をコンクリートブロックの山へと殴り飛ばすとカッターとともに上の通路へと吹き飛んでいく。
「鍵縞さん‼」
剛たちはすぐさま鍵縞の下へ向かい、倒れている鍵縞を抱え起こした。
助け起こした鍵縞の脇腹に受けた深い傷からは大量に出血し、明らかに致命傷だった。
こんな状態でも意識を保っているのはヒーロー・システムによる身体能力の向上故だろう。
「なんであんな無茶をしたんですか? あなたらしくありませんよ‼」
トゥルー・ピーコックは辺りを警戒し、剛は鍵縞の傷を抑え、止血を試みるが一向に止まる気配はない。
「なぁ、聞いてくれ・・・ヒーロー・システムを売っちまったのは・・・俺、なんだよ・・・」
鍵縞が息も絶え絶えに剛に話しかける。
「「え⁉」」
剛とトゥルー・ピーコックはその言葉に耳を疑う。
「こんなことになるとは思わなかったんだ。夜の街で話しかけてきた奴に半日だけヒーロー・システムを貸してくれって言われて・・・金に目がくらんで・・・」
鍵縞は涙を流しながら剛の肩を掴む。
「こんなことをした俺が頼めることじゃないのはわかってんだ・・・だけどよぉ、このままじゃヒーローは・・・ほんとにただの疫病神になっちまう! だから頼む! 俺の、俺たちの信じたヒーローを守ってくれ‼」
鍵縞は剛に話し終えると、二人を下の階へと突き飛ばす。
その直後、下のコンクリートブロックの瓦礫から巨大なカッターが飛来した。
カッターは鍵島を直撃し、上半身と下半身を両断。
そして、そのまま後ろのオイルタンクを貫通、引火し辺りを大きな爆発が襲い、鍵縞はその中に消えていった。
「そ、そんな・・・」
トゥルー・ピーコックが爆発を見つめながらガクッと膝をつき、剛はうつむき、拳を握り締める。
「ようやくくたばったか!」
二人がその言葉に反応し向き直ると瓦礫がはじけ飛び、体全体が変異した男が姿を現す。
金属の外装に覆われ、肩から結晶体が突出しているその姿からは今までとは桁違いのエネルギーがほとばしっている。
「次はお前らだぁ! ヒーローなんてこの世から一人残らず消してやるぅ!」
男は両手でカッターを作り出すと、二つ同時に剛たちに向かい飛ばした。
トゥルー・ピーコックはそのカッターに向けて光の帯を伸ばし弾き飛ばそうとする。しかし・・・
カッターは先ほどまでと違い、帯を両断しながら迫ってくる。
「‼」
二人はとっさに回避行動に移るも、カッターは一瞬遅れたトゥルー・ピーコックのガンポットを 直撃する。
「しまった‼」
トゥルー・ピーコックは苦悶に顔をゆがめ、負傷した腕を押さえる。
その姿を見た男は笑みを強め、叫ぶ。
「もう諦めなって‼ お前らは終わりだよぉ!」
男は再び両手でカッターを作り出すとそれを一つにまとめ、巨大化させた。
「これでどこでも暴れられる! 早く死ねよぉ!」
笑顔を狂気で染めながら男は思い切り体をひねらせカッターを放つ。
そのカッターは一直線にトゥルー・ピーコックに向かい、回避不可能であることはだれの目にも明らかだった。
(やられる‼)
トゥルー・ピーコックがそう悟ったその時だった。
「やらせるかぁぁ‼」
剛がトゥルー・ピーコックの前に立ちふさがり、腕の装甲でカッターを受け止めた。
カッターの衝撃に必死に耐えながら、剛は一歩も引かない。
「無茶です‼ 逃げてください‼」
トゥルー・ピーコックが制止するが剛は動こうとしない。
「そのまま二人まとめて死んでくれんのかよぉ⁉ こっちとしてはありがたいねぇ、ククッ」
男はほくそ笑み、傍観している。
剛のスーツの中で最高の硬度がある腕の装甲はみるみるうちに削られていき、剛には抗う術がない。
装甲が完全に破壊されれば剛の身体など紙切れ同然に両断されてしまうだろう。
そんな絶望的な状態にあって、剛の中にはただ一つの事だけが浮かんでいた。
それはヒーローに憧れた遠い記憶、ただただヒーローを追い求めた唯一の〝自分〟である。
「こんな・・・こんなところで‼」
剛が死を覚悟した時、今まであったすべての迷いや葛藤が〝自分〟の中に溶けていき、今まで形を持たなかった〝自分〟が固まっていくような感覚に陥った。
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