第8話

 剛は静寂の白の中に立つ。

 まるで〝自分〟が空になったような景色。

 そして剛の前にはヒーローを追い求めていた昔の〝自分〟が立つ。


「やっと・・・会えたな」


 昔の〝自分〟が口を開く。

 しかし、それは〝自分〟の声ではない。


「その声は・・・」


 聞き間違えるはずもなかった。

 それは〝自分〟が夢見たヒーローの声。


「やっとお前の力になれる・・・」


 昔の〝自分〟はそう呟くと姿を変え、たくましく、美しい白銀の狼となった。

 その姿はまさしく剛が夢見たヒーローの姿を具現化したようであった。


「さぁ、お前の望んだ事を・・・」


 狼がそう言うと剛は光に包まれた。


 ~ * ~ 

 トゥルー・ピーコックは目の前で起きつつある事に息をのんだ。

 今まで、能力も名も持たなかったはずのヒーローがいきなり変性し始めたのある。

 この事象は話で聞いたことは有ったが、今、目の前でそれが起きているという事に驚きを隠せない。

 後天的な〝覚醒適合〟

 ヒーロー・システムの適合者が自分のイメージを具現化し、システムに融合させることによってそのヒーロー特有の特殊能力が覚醒する。

 大概はシステムとの初適合時に起きるこの覚醒が後天的かつ戦闘中に起きるなど通常ありえないことである。

 カッターを受け止めたまま、変性を始めた剛のヒーローの姿は今までのスマートな造りとは異なり、狼の頭のようなフルフェイスに白く無駄のない身体のフォルムに対して肩から前腕までを覆う灰色の手甲、脚はひざ下に薄い装甲があり、それら全てを二本の青白く光る細いラインが繋いでいる。


「ウルゥアァァァ‼」


 剛は一気に力を込めると手甲の先から青白い光の刃が発生し、カッターを切り裂く。


〈覚醒適合の確定により一段階目の能力を一時的に開放します〉


 システムからはそんな言葉が響き、剛は一気に体が軽くなるのを感じた。


「な、なんだよぉ⁉ 何だっていうんだよぉ‼」


 それまで傍観していた男も剛がいきなり変性したことに驚きを隠せないでいる。


「ヒーローさん? 一体、これは?」

「ピーコック、あとは任せてください。」


 ただ唖然とするトゥルー・ピーコックに剛はそう告げ、男に向き直る。

「今更、遅いんだよぉ! 早くくたばれってのぉ‼」


 男は逆上し、無数のカッターを剛に向けて飛ばす。


(まだ俺に何ができるのかは分からない・・・ただ、自分の望むことを!)


 剛は力の限り、腕が反応する限り刃を振り回す。

 そしてカッターを確実にいなしつつ、どんどん男に向けて進んでいく。


「ウラァァァァァ‼」


 剛は一気に加速し距離を詰めると刃を思いきり男に叩きつけた。


「グハァァァ」


 男は右肩の結晶体を破壊され、後ろに倒れ伏す。


「な、なんでだよぉ・・・この力が・・・エビルヒーロー・システムさえあればヒーローなんかに負けないって・・・何でもできるって言われたのにぃ・・・」


 男は這いずりながらそんな恨み言を吐く。


「エビルヒーロー・システムだと⁉」

「そうさ、これで俺は切断者=スライサーになった・・・誰も俺を止められないって・・・なのに」


 男はよほど動揺しているらしく、いろいろなことを口走りながらよろよろと立ち上がり、剛に向き直る。


「な、なぁ、取引しようぜ・・・俺は一人ヒーローを殺した! だから、暴れる権限はもらえるはずだ! だから、俺が街で暴れてやるからお前たちが止めに来るってのはどうだ? そうすればお前たちもちっとは世間に認められんだろぉ!」


 その提案を聞き、剛の頭には鍵島との倉庫前での会話がよぎる。


「もし、このまま俺をやっちまえば世間には全く知られねぇことになる! つまりお前たちはお荷物のままだぜぇ!」


 男はだんだん饒舌になってさらに続ける。


「もともとヒーローっての平和を守ってなんぼだろうが! この世界は平和になり過ぎた‼ だから俺が少しスパイスを加えてやろうってんだよぉ!」


 その言葉を聞き、剛は深く息を吐く。


「ヒーローをなめるなよ‼」


 剛は刃を男に向け直し、怒気が混じった声で言い放つ。


「いくら世界が平和だろうが、いくら役立たずと蔑まれようが俺は、俺の中のヒーローに背くような真似は絶対にしない!」

「ならお前はなんのために戦うってんだ⁉ 何を守んだよ‼」


 男は剛の怒気に押され、引き気味に問う。


「確かにお前の言う通りこの世はヒーローが要らないほど平和だ・・・だから、今はヒーローとしての誇りを守るために戦わせてもらう‼」


 剛はそう言い切り、ヒーローとして〝自分〟が望んでいることを深く噛み締めた。


「そうかい・・・じゃあ、ヒーローのまま死ねよ‼」


 男は後ろに飛び退くと大量のカッターをばら撒き、剛に襲い掛からせる。

 この至近距離での攻撃、しかも先ほどのカッターとは質も量も段違いで、以前の剛ならたちどころに惨殺されていただろう。

 だが今の剛は苦し紛れに放たれたこの攻撃を軽くいなし、敵に突撃するには十分な力を得ていた。

 そのことに気付かない時点で敵の敗北は確定していた。

 剛は両腕の刃で近づくカッターを切り伏せながら進む。

 男は焦り、カッターをさらに放とうとしたが、時すでに遅し・・・

 剛は一気に男の眼前に詰め寄ると刃を振るい、残った左肩の結晶体を破壊した。


「終わりだぁぁ‼」


 剛はそのままもう一方の刃で切り伏せ、呻き声とともにその場に沈んだ。

 男は倒れ込んだ瞬間、元の人間の姿に戻り意識を失う。

 剛は安堵のため息をつき、その場にへたり込んだ。

 そこにトゥルー・ピーコックが合流し、剛に手を貸す。


「ご無事ですか⁉」

「なんとか・・・ですけどね。」


 二人は言葉を交わすと、気絶している男に近づき、その手に握られている機械を手に取った。


「これは・・・」

「えぇ、おそらく〝エビルヒーロー・システム〟」


 そう、その機械はエビルヒーロー・システムのデバイスであった。

 デバイスはランプの光が点滅していたが、しばらくするとそれも消えてしまった。

 その瞬間、遮断されていた長距離通信が回復したらしく、いつものアラームが鳴り響く。

 

 キュルリリキュルリリ

 

 剛は通信機を取ると現状を報告したのだった。

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