第5話
~B‐6地区 廃工場~
廃れた廃墟の入り口に立つヒーローたちを今までに感じたことの無い緊張が襲っていた。
「さぁ、いよいよだ・・・腕が鳴りまくっている!」
そう言い、刀を握り締めているのは、すらっと伸びた脚と鍛えられ洗練されたフォルムを灰色がかった戦国武将のような甲冑が包んでいて、その首元から肩と足にかけてオレンジと茶色を混ぜ込んだような毛皮がまとわりついている、とても神々しい姿のヒーロー。
その名は『ディア・ロード』 芯道凛が変身するランクBのヒーローである。
「冗談じゃねぇっすよぉ・・・俺らに戦いなんて無理ですってぇ」
「せめてBランク以上のヒーローがもう一人いてくれたらなぁ・・・」
そんな泣き言を言っている二人はランク未設定、能力を発動したことがまだなく、ヒーローとしての名前すらわかっていない。
剛もそのランク・名前がわからないヒーローの一人であった。
ヒーローは本名を名乗ってはならない、そんな暗黙の了解の中でヒーローとしての名前がわからないということは存在を証明する術がないという事と同義であった。
「覚悟を決めろ! お前たちもヒーローなんだ、命を懸けて平和を守る気概を見せろ‼」
凛がピーピー言ってる奴らに喝を入れた。
その覇気は仮面に隠された奥からでも感じ取れるほど鋭い。
「鍵縞、お前は剛と一緒に裏口から回れ! 私はこの腰抜けどもと正面から行く!」
鍵縞は一瞬ビクッとしたが、すぐにうなずいた。
鍵縞のヒーローに変身しているがその外見はかなりシンプルで少し光沢がある白いスーツに黒いラインが体の真ん中を突き通っている。
「わ、わかった。そっちも気をつけろよ!」
凛はうなずき鍵縞に目配せをするとビクビクの二人を引き連れ、廃工場に入っていく。
「よ、よしっ! 剛、行くぞ!」
「はい」
二人は工場の裏手に回り込む。
「な、なぁ剛・・・今の状況をどう思う?」
裏手にむかいながら鍵縞が呟く。
「え? 今の状況ですか? かなり危険性が高く、早目に対処しないといけないと思いますが・・・」
「あ・・・いや、そういう事じゃないんだ・・・凛さんが言ってたようにヒーローとして活躍できている今の状況についてさ」
剛のまじめな答えに苦笑いしながら、鍵縞は質問を続ける。
「俺たちはいつも散々な言われようだったし、扱いもひどいけど・・・もしこんなことがこれから頻繁に起こるなら、俺たちもヒーローとして認めてもらえるんじゃないかって・・・」
「鍵縞さん・・・」
「いや、すまん・・・今する話じゃなかったよ。忘れてくれ」
二人がそんな話をしているうちに裏手についた。
ここからは作戦中ヒーロー名で呼び合わなければならない。
辺りが静かなことから凛たちも敵と接触はしていないようである。
「よし、行くぞ・・・死ぬなよ!」
「鍵縞さんも注意してくださいね!」
警戒を厳にしつつ、扉を開け中に侵入する。
廃工場の中はいろいろなものが散乱し、機材もそのまま埃をかぶっている。
(ほんとにこんな所に敵がいるのだろうか?)
そんなことを剛が考えてしまうほど閑散としていた。
その時、まるでチェーンソーが何本も一斉に鳴り出したような耳を振るわせる音とともに何か硬い物が切断されたような金属音が響く。
「な、なんだ⁉」
鍵縞がうろたえていると、凛から連絡が入った。
「こちらディアだ! たった今、敵の奇襲を受け一人殺られた・・・もう一人も重症だ。敵はエネルギーの刃を飛ばしてくるぞ!」
「殺られたって・・・」
鍵縞が呆然としている。
鍵縞が落としそうになった通信機を掴み剛は叫ぶ。
「ディア、重傷者を連れて一度後退してください。俺たちが時間を稼ぎます」
「し、しかしお前たちだけでは!」
「時間を稼ぐくらいできます!」
剛の勢いに凛はやむなく承諾し、通信を切った。
「スクウィード、行きますよ! 何とか敵の注意を引き付けるんです!」
剛は呆けている鍵縞の肩をゆする。
「なんで、なんでこんなことに・・・」
「鍵縞さん‼」
剛が本名を呼んだことで、ふと我に返った鍵縞は剛の手を払いのける。
「うるせぇよ‼ 誰もがお前みたいに無条件にヒーローでいられると思うな! 散々人のことを不要だとか、役立たずだとか言いやがって! それで困ったときは助けろとか意味わかんねぇよ‼」
鍵縞はそれだけ言うと顔をそらした。
剛はそんな鍵縞をまっすぐ見つめる。
「そうですか・・・残念です。敵の引き付けは俺一人でやります。スクウィードはディアたちと合流して脱出してください」
それだけ言うと剛は廃工場の中央に向かって進みだした。
鍵縞はその場に座り込むことしかできなかった。
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