【第一幕 ヒーローに誇りは必要か?】

第4話

 剛は本部の休憩室でコンビニのおにぎりをもそもそ食べていた。


「剛ちゃ~ん、オッツ~!」


 剛はいきなり鍵縞に後ろから抱きつかれ、米粒を口から噴射する。


「ゲフゥゲフ・・・なんなんですかもぅ‼」


 なけなしの食料を台無しにされ、剛は怒りをあらわにするが鍵縞は笑みを崩さない。


「まぁまぁ、今日は君にすんばらしいプレゼントを持ってきたんだよう!」

「プレゼント? 鍵縞さんが?」

 

 あからさまに嫌そうな顔をした剛に鍵縞は封筒を渡す。


「まぁ、日ごろかろお世話になっているお礼って感じで・・・じゃね!」


 鍵縞はそう言い残すと去っていった。

 剛は恐る恐る封筒を開け、中を確認した。


「・・・三万円」


 そう呟いた剛は中から三枚の紙幣を取り出すと怪訝そうな目でそれを見つめた。

 それもそのはず、剛は今月だけでもこの厚意の二倍は鍵縞にたかられている。

 剛が鍵縞の厚意を素直に受け取れないのも無理はない。


「いつもはこんなことも無いしな・・・いったいどういう風の吹き回しだろうか?」


 月末の苦しい時にこのプレゼントはとてもうれしいが、なぜか嫌な予感がぬぐえなかった。


「まぁ、せっかく鍵縞さんが先輩らしいことをしてくれたんだ! お言葉に甘えて何か食いに行くか」


 剛は鍵縞からのプレゼントを手に街に出た。



~市街地 中央通り交差点~


「あぁ~うまかった!」


 大きく背伸びをしながら牛丼屋から出てきた剛は本部に戻ろうと交差点に並び、ビルの上に設置されている大きなモニターを眺めていた。

 信号が青になり、人波が動き出そうとしたその時だった。

 キイィィィィイィィィィィン

 耳が割れそうなほどの甲高い機械音とともに、交差点のモニターが黒ずくめの男に切り替わった。


「親愛なる国民の皆さん、存在意義を失ったヒーローの時代が終わり、新しい時代の始まりです。」


 周りがざわつく中、剛はただただ固唾をのんでその声明を聞いていた。


「これからは我々も力を持つ者となる! 己の望み、欲望、意志を抑える必要はない! 思う存分、己の力を振るう時代となるのです。そして、今の不抜けたヒーローたちにそれを止める術は無い‼ フフ・・・残り少ない平穏をお楽しみください!」


 ここで声明は終わり、人々は何事もなかったかのようにまた歩き出す。

 ただ一人、剛を残して・・・


「一体・・・何が起きているんだ⁉」


 キュルリリキュルリリ


「はい、空幸です!」

「空幸さん、緊急招集です。ヒーローは全員本部に集合してください」

 

 インカムから響いた里中の声を聴くと剛は本部に向かい駆け出した。



~英雄省 東日本本部~


 緊急招集に応じたヒーローは東日本支部に所属する15人中、剛と鍵島を含め5人。

 しかし、5人の中にも剛がまだ顔を合わせていなかった顔ぶれもいる。


「まさか半分も集まらんとはな・・・まぁ、仕方ないことだ」


 苦い顔をし、ヒーローたちの前に立つ白髪の男性はこの支部の長官:刈宮大悟(かりみや だいご)。


「到着に時間がかかる方もいらっしゃいますから・・・長官まずは説明を始めましょう」


 里中が促すと刈宮長官は咳払いをし、モニターの前に立った。


「君たちも聞いただろうが、日本中の公営放送がジャックされ、おかしな声明が発表された」

「それと同時期に世界各国でも似たような事案が発生しています」


 モニターには世界各国の声明が映し出されている。


「それで、一般人の反応は?」


 ヒーローの中の一人が質問した。


「幸いパニックにはなっていない・・・この数十年、ぬるま湯に浸かっていただけあって国民の反応も穏やかなものだ」


 平和は危機感を鈍らせるとはよく言ったものだが、ヒーローが存在するこの世界においてこの反応は当然と言えるかもしれない


「問題はここからだ! この声明の中で奴らは力を手にし、ヒーローの時代を終わらせると宣言している。もし力がヒーロー・システムに対抗しうる物のことを指しているとするならば、かなり由々しき事態である」


 長官のその言葉に一同はどよめき立った。


「それはつまり、ヒーロー・システムを超える技術や兵器が生まれたとお考えなのですか?」

「今はまだ何とも言えんが・・・心しておかなければならないだろうな」


 重い空気が辺りを包む。


「とにかく、今は何とも判断がつきません。ですが、いつでも出動できるようにここで待機をお願いします。他の方々にも各自要請はしておきます」


 里中はそう言うと控室にヒーローたちを誘導し、長官とともにブリーフィングルームへと戻っていった。

 今のヒーローたちにとって待機命令なんてものは初めてであった。

 そんな異常な事態にも関わらず、世間のワイドショーには「ヒーローは必要か?」という命題が映し出され、ヒーローたちの空気をさらに悪くしていった。


「ハンッ! やっとヒーローらしい役目が果たせるというものではないか‼ 実に結構‼」


 重たい空気を切り裂くように一人のヒーローが大きな声を上げる。

 声の主を剛は知っていた。

 芯道 凛(しんどう りん)、この支部の中でも古株であり、数少ない女性ヒーロー(あくまでもヒーロー・システムなのでヒロインとは表記されない)である。

 後ろで結んだ長い青髪を振り乱しながら凛々しい顔に笑みを浮かべる姿はまさしく手練れと言った感じである。


「冗談じゃない! 今まで一度も戦闘なんてしたことないんだぞ!」


 先ほどから体の震えが止まらない様子の初見ヒーローが凛に食って掛かる。


「こちとらあんたと違ってヒーロー職に命かける気なんざ更々無いんだ! なぁ、鍵島! お前もそうだろ⁉」


 みんなの視線が話を振られた鍵縞に集まる。

 すると、鍵縞はただ茫然と突っ立っているだけだった。


「まさか・・・嘘だろ」


 鍵島はぼそぼそとそんなことを呟いている。


「ほら見ろ! 鍵縞だってビビってるじゃねぇか! やってられねぇっての!」


 そんな泣き言を言いながら二人のヒーローが部屋を出て行った。


「やれやれ、ヒーローが情けないっ!」


 凛は腕組みをしながら二人を追っていく。


「鍵縞さん? 顔色が悪いですけど大丈夫ですか?」


 剛は鍵縞に声をかけた。


「あ・・・あぁ、あぁ、ちょっと緊張してんのかもな・・・俺らしくねぇなぁもう! アハ、アハハ」


 鍵縞は引きつりながら笑う。

 そんな時、里中のアナウンスが館内に響き渡る。


「B‐6地区の廃工場にてヒーロー・システムの起動を確認しました。認識番号不明。繰り返します認識番号不明」

「認識番号不明⁉ どういう事なんだ⁉」


 剛が歯をかみしめる。


「諸君、これは第一級非常事態である。君たちには先遣隊として至急向かってもらいたい。」


 長官が声を張り上げるのと同時に先ほど泣きべそをかきながら出て行った二人のヒーローを引き連れ、凛が入って来た。


「おぉ! ようやくヒーローとして相応しい出動ができるのか!」

「喜んでいる場合じゃないですよ、凛さん‼ 了解です、空幸剛出動します!」


 剛たちは里中から詳しい場所を聞くと、英雄省を飛び出した。

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