第2話
今から157年前の西暦2300年にある科学者の一団が世界の国々へある計画を提言した。
それは過激化する犯罪・テロ、未曽有の災害に備えるべく人間を超えた超人を人工的に作り出す、後に「ヒーロー・プロジェクト」と呼ばれる計画である。
世界各国の支援を受けた科学者たちはヒーロー・システムを発明し、適合者に脅威的な身体能力と特殊能力を付与する術を得た。
世界各国はその力を認め、それぞれの国にヒーローを管理・統括する国家機関を設置することとなり、日本でも西暦2407年に英雄省を設立し、本格的なヒーロー・システムの運用に乗り出したのだ。
その効果は凄まじく、30年もたたないうちに犯罪・テロの97%が根絶され、ヒーローは文字通り世界の平和を守るシンボルとなっていった。
しかし、ここで予期もしない問題が起こる。
平和になるにつれヒーローは存在意義を失っていったのである。
40年が過ぎるころにはヒーローの出動はひったくりや空き巣などの軽犯罪が主になり、犯罪が増加しないための抑止力としての存在でしかなくなった。
西暦2457年の今となっては特殊能力・身体能力を制限されるまでになってしまった。
しかし、問題はもう一つあった。
ヒーロー・システムや関連施設の維持には国家予算の八分の一を費やさなくてはならない。
ヒーローは存在意義を失っただけでなく、巨大なお荷物として蔑まれる存在となってしまったのだ。
~英雄省 東日本本部~
剛はボロボロ(精神的に)になりながら本部に帰還した。
「よぅ! お疲れさん!」
そんな剛の肩をぼさぼさの茶髪と無精ひげを生やした男が叩く。
「鍵縞さん・・・」
この男は鍵縞 樂(かぎじま がく)、剛の先輩ヒーローの一人で、無職(副業なしの意)メンバーの一人である。
ヒーロー名は〝キー・スクウィード〟
「お疲れじゃないっすよ・・・鍵縞さんが出動しれくれれば、そんなに大変じゃなかったんですよ‼」
剛は鍵縞に食って掛かるが、鍵島は動じない。
「まぁまぁそう言うなって・・・今日は絶対欠かせない用事があったんだってばさ。」
「どうせ、また競馬にでも行ってたんでしょ・・・」
「おぉ、よくわかったな。今回は配当三倍のがちがちのレースだったんだって!」
剛はさらにがっくりと肩を落とし、鍵島を冷ややかな目で見た。
「競馬とヒーローの仕事を同じ天秤にかけてる時点でおかしいです・・・」
冷ややかな目を向けている剛だったが、鍵縞は構わずにすり寄ってくる。
「ところで・・・剛ちゃ~ん」
「気持わるっ! 何ですか?」
剛は少し距離を離して聞き返した。
鍵島の態度に嫌悪したからという事もあるが、剛は明らかなる既視感を感じていたのだ。
「あと一週間で給料日じゃん!」
「はい・・・」
「そしたら返すからさぁ・・・」
「・・・まさか」
「一週間分の生活費を貸していただきたい‼」
「はぁ⁉ がちがちって言ってたのにまた負けたんですかぁ⁉」
目の前で土下座する鍵縞に愕然とする剛。
それもそのはず、この言葉を聞いたのは今月三度目であるからだ。
「落馬でもあったんですか?」
「いや、普通に一番人気が勝ったよ」
「へ? じゃあ、勝ったんじゃ?」
「いやぁさ、がちがちだったんだよ。だからさ・・・別の馬に入れちった(笑)」
ボ~ンという鐘の音が剛の頭に響き渡ったところで鍵縞が言い訳を始めた。
「ち、違うんだよ! 俺の中のヒーローとしての感がね、あいつなら当たるぞ~、儲かるぞ~って言ったんだよ」
「そんなところにヒーローの感を使わないでください‼ しかも当たってないし・・・俺だって給料日まで全く余裕ないんすから!」
剛が一蹴すると鍵縞は足元にすり寄ってきた。
「なぁ~、頼むよ~! 俺の中のヒーローに免じてさ~!」
「ギャンブルで生活費無くして、人にたかる人をヒーローとは呼びません・・・ダメ人間と呼びます。そんなにお金が無いなら他の人たちみたいに副業を探したら良いじゃないですか! ヒーローは公務員とは言え、正体秘匿の名目で副業が認められているでしょう!」
「それはお前も同じだろうよ! 俺たちにヒーロー以外に就ける職があると思ってんのか?」
「あなたはそのヒーローすらまともにやってないじゃないですか‼ では、失礼します‼」
剛はその場を去ろうとする。
しかし、鍵島は剛の足にしがみつき、しぶとく説得を続けた。
「そこを何とかお願い‼ 俺生活できないよ~」
「知りませんよ! 自業自得じゃないですか!」
「待てよ~ヒーローは困ってる人を助けるのが役目だろぉ」
鍵島の言葉を軽くあしらっていた剛だったが、最後の言葉に歩みが止まる。
「むぅ・・・今回だけですよ・・・後、出動要請はちゃんと受けてくださいね‼」
剛は渋い顔をしながら財布から一万円札を一枚取り出すと鍵島に渡す。
「おぉぉ! ありがとぉ、剛君!」
鍵島はお札をかすめ取ると一目散に外に駆け出して行った。
「これでもう一勝負できるぅぅぅぅ!」
剛にはそんな叫び声が聞こえてきた気がしたが、後の祭りであった。
「はぁ、やれやれ・・・これで一週間、コンビニのおにぎりで繋がないとな・・・」
小銭だけになった財布を見ながら、深いため息をついたその時だった。
キュルリリ キュルリリ
「はうぅぅ!」
いきなり鳴り響くアラームに数えていた小銭を床にぶちまける。
「空幸さん、出動要請です。」
「またですか・・・っていうか・・・」
剛は通信機を手に握ったまま隣にあったドアを開けた。
そこにはセミロングでソバージュを入れた赤髪の女性が座っていた。
「近くにいるのに通信入れないでください、里中さん!」
この女性は里中 賀菜美(さとなか かなみ)ヒーローたちへの通信を統括するオペレーターである。
「形式は守らないとダメ・・・早く応答を」
「いや、だから・・・直で話せば」
剛がそう言いかけると里中は底が無いような深い瞳を向ける。
その瞳に威圧されるように、剛はしぶしぶ通信機を顔へ持っていく。
「う・・・はい、出動了解です」
剛は通信機に向かい呟くと部屋を出て行った。
「今回は空き巣の追跡です。ナビゲートするので現場に急行してください」
「了解でぇ~す」
気の抜けた剛の返事が里中のインカムから響いた。
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