ばーちゃんの最期(最終話)

「婆あ!居るか!」

「ほいよ。毎度」

「マルボロをくれ」

「ないよ」

「あ?」

「ないよ」

「婆あ・・・ここってタバコ屋だよな」

「そうじゃが」

「喫茶店にはブレンドがあるよな」

「ブレンドってコーヒのことかね」

「ああ・・・コーヒーの王道だ。そしてマルボロはタバコの王道にしてロックンローラーの必須アイテムだ」

「私ぁ隠語はわからんぞいね」

「誰が隠語だ!マルボロのないタバコ屋があるかぁ!」

「おーい。見習いのにーちゃーん」

「うーし」

「あ・・・え、英二さん!?」

「おー。マルボロないわー」

「あ・・・じゃああの恐れ入りますがラッキーストライクは・・・」

「それもないわー」

「え・・・じゃあ、何ならば」

「うん。これならあるぞ」


 アタシがカナと一緒にコタツで探偵物語の再放送を見てると一年生に英二は濃い紺色のパッケージの小箱を渡すところが見えたさ。


「これ・・・ショート・ピース?」

「うんにゃ。チョコタバコだ」

「チョ、チョコ!?え、英二さん一体これは」

「ほらあ!100万円!」

「ひ、ひぃぃ!ひゃ、百万円はないのでこれで勘弁してくださぁい!」


 一年生は千円札を置いて逃げた。


「にーちゃん見どころあるわいね」

「はあ?俺はお決まりの冗談で言っただけなのに」

「なんの。売価100万円、おつり50万円は王道ぞね」


 お、おもしれー!

 タバコ屋サイコー!


 そんなこんなで英二はやって来るウチの学校の不良どもを片っ端から駆逐した。


「でもカナ。これって違法だよね。チョコタバコ一箱千円なんて。昨日の子なんて細かいのないからって五千円置いて逃げたし」

「えー。ミコちゃん、大丈夫だよぉ。ちゃあんと売買契約に合意して買って行ってくれてるんだからぁ」

「合意・・・あれが・・・」

「おう!英二ぃ!」


 あ。アイツは・・・


「せ、関根センパイ。ご無沙汰っす!」

「英二ぃ。新しい商売始めたんだってな。儲かってるみたいじゃないか」

「い、いやぁ・・・セ、センパイ今日はタバコを?』

「ああそうだ。ウチの事務所の総会があってな。控室に置きタバコをせんといけなくてな」

「ま、毎度!なんにしますか?」

「全種類」

「は、はいっ!毎度!」

「・・・を100カートンずつだ!」

「え!100カートン!そ、そんなにはありません」

「なにぃ?じゃあこの看板は虚偽の表示か!?」


 あのボンクラのウチのOBはこの店の立て看板に書いてある『何でも御用命ください!』という謳い文句のこと言ってるんだな。常識外のヤロウだとは思うけど、でもなんか反社っぽい感じだから法律とか詳しそうだな。


「お、オーナー!オーナー!」


 あ。バカ。

 どぉれ、って英二に呼ばれてばーちゃんは店先に向かうけど・・・英二よ。なぁにが『オーナー』だよ。


「はい毎度」

「婆あ!教育がなっとらんぞ!しかもこの看板を俺ぁ思い出してよ。この店なら全部揃うと思って高速でベンツぶっ飛ばして来てよ」

「隣町からかね?」

「へっ。どの道で来ようと俺の勝手だろ!それでよ。インターから降りる時にベンツのミラーを電柱に擦ってよ」

「ほう。どれかいね」

「ほれ。ここゴマ粒ほど塗料がハゲてるだろうが」

「私ぁ白内障での。見えんわいね」

「はっ!とにかくタバコはないわ、ベンツは擦るわで偉い損害だ!修理代と慰謝料、1,000万円じゃ!」

「センパイ、心得てますね」

「あん?」

「100万円!とかこういう店での決まり文句ですよね」


 スパーン!


「い、いたい・・・」

「スカかおのれは!リアルに1,000万円じゃ!」

「ないわいね」

「じゃあ、作れ!」

「どうやって」

「婆あ!テメエ自身を担保にしてよ」

「私にカラダで払えと?」

「アホかあ!婆あのこの店から資産から何から出せばカネを借りられるだろうが!」

「ちょっとアナタ」


 そろそろ出番かな。


「なんだお前は」

「英二の雇い主です」

「ミ、ミコぉ・・・」


 報酬ジュース一本だろうがアタシが英二の雇い主であることは間違ってはなかろうさ。


「ほ。ならお前が1,000万円用意できるのか」

「どうやって」

「お前も婆あと同じか!まあお前ならば本当にカラダで稼げそうだがな」

「どうやって」

「こうやってだよ!」


 よし!

 発動さっ!


「きぃやぁああああ!」

「な、なんだよ。俺はまだ何もしてないぞ・・・」

「た、助けてぇ!アタシの◯◯◯を×××してThat して Itされるぅうう!」

「な、何恥ずかしいこと言ってんだよお前は!」

「カナ!助けてぇ!smallな△△△をshakeしてbigにされてしまうーっ!」


 発動の前にばーちゃんが呟いた。


「カナちゃん、それ・・・」


 ギャチャン!!


「重いよ・・・」


 ばーちゃんが言い終わった時にはもう発動されていた。


「ああああ!俺のベンツがあ!」


 カナはばーちゃんの部屋にあった火鉢をほとんどノーモーションで抱えてぶん投げて、その重量100kgは降らないだろうと思われる火鉢が灰をぶちまけながらベンツのドアミラーとピラーの部分にめり込んでいた。


「コラ。おやっさん」

「な、なんだお前は!」

「ミコちゃんの守護者だ。お前はやってはいけないことをやった」

「な、なんのことだ!」

「ミコちゃんの◯◯◯を×××してThatしてItした」

「は、はあ!?見てなかったのか!?俺はまだ何もしてないぞ!」

「妄想すら万死に値する」

「も、妄想などしてない!その女が勝手に卑猥なこと言っただけだろうが!」

「あまつさえミコちゃんのsmallな△△△をshakeしてbigにした」

「お、おい!お前ら女だろ!?そんな男ですら想像できんようなおぞましい隠語を言うなよ。ご両親が泣くぞ!?」

「やかましい!」

「あ、カナちゃん・・・」


 ギョワン!


「それも、重いぞいね・・・」


 ばーちゃんが呟き終わる前に、カナは土台がコンクリで固められたタバコ屋の看板を下段から上段に軌道を描くモーションでふりかぶり、最高到達点に達して効果十分の状態から。


 振り下ろした。


「オ、オウッ!Terrible!!」


 ベンツのルーフが看板と全く同じ形に抉られながら社内のレザーシートも完全に皮膜がめくれ上がった。間隙というものを置かずにカナはメキメキと音を立てるかのような筋肉の動きで両拳を微細動させた。


「オマエの凸を凹にしてやるっ!!」

「わああああ!!」

「おい!車も無いのにどこへ逃げようってんだよ!」

「と、隣町なので!!」


 精魂がすべて溶け出してしまったような呆けた顔面で英二が呟いた。


「最初からカナが店番してれば良かったんじゃ・・・」

「バカかい英二。カナはアタシがピンチじゃないと園児並みの攻撃レベルなの知ってるだろ〜?」

「ミコちゃぁん、こわかったよぉぉ」「おーよちよち」


 アタシがカナをねぎらっていると、ばーちゃんが腰の後ろに手を回して呟いた。


「廃業じゃな」

「えっ」

「せっかく儲かってきたのに・・・」


 英二はやっぱりバカ者だ。


「ほんとだよねぇ。せっかくチョコタバコいっぱい買ってもらえるようになったのにぃぃ」


 カナもか。


 カナの投げた火鉢と看板のスゥイングでもって店頭のファサードから店内の造作から什器備品に至るまで完膚なきまでに粉砕されていた。それほどのカナの戦闘能力だった。


「ばーちゃん、ごめんね。アタシは良かれと思って・・・」

「いいさね、ミコちゃん。どうせそろそろ年貢の納め時かとは思っとったわいね。私もそろそろお迎えが来ようしの」

「ばーちゃん。これからどうするの・・・」

「たまに利用しとったデイサービスやっとる施設がの、ショートステイもやっとるんじゃ。とりあえずはそこに転がり込むわいね」


 その日を最期にばーちゃんは消えた。


 ⚡︎⚡︎⚡︎⚡︎⚡︎


「結局コンビニになっちまったか」


 タバコ屋の建物は取り壊され、新しくコンビニが今日オープンすることになっている。


「英二クンがもっと上手に接客すればお店があんなことにならなかったのにぃぃ・・・」

「ほとんどカナのせいだろうが」

「あん?」

「す、すみません!全面的にこの英二めの責任であります!」

「あれ?」


 ベンツがコンビニの駐車場に入ってきた。


「ま、まさか、仕返しに来たとか?」

「でもぉ。おばあちゃんも居ないからぁ。誰に仕返しするのぉ?」


 オマエにだよ、っていう言葉を英二が飲み込んでいるのが痛いほどにわかるさ。


「オーナー、着きました」

「はいよ」


 ばっ・・・!


「ばーちゃん!?」


 運転手付きのベンツから降りてきたグラサンかけた老婆のところにアタシたち3人が駆け寄った。


「ばーちゃん、ばーちゃん、何してんのさ!」

「おお。ミコちゃんよ。こりゃあ私の店ぞいね」

「ええ!?」

「なにね。土地もタバコ屋の建物も私の所有だったからいね。前からここでコンビニやりたいってチェブン・キレブンEキブンから話はあったのさいね」

「そ、そうだったのかあ・・・」


 そのまま店の中に入っていくばーちゃん。


「あ、あれ?これって」

「ほほほ。再建したわいね」


 コンビニの普通のレジの横にばーちゃんのタバコ屋とほぼ同じ間取りでカウンターが別に設置されている。その奥にばーちゃんがよっこらせ、と座った。


「コンビニの方の運営は雇った店長に任せて、私はここでタバコだけ売るわいね」


 そう言っていると早速ウチの高校の制服とリーゼントの一団が店の中にやってきた。


「げっ、婆あ!」

「俺もいるぞ」

「え、英二さん!?」

「ほほほ。私ぁ年齢認証マシンより厳しいぞいね」


 そう言ってタバコを買うつもりで来た生徒どもにこう言ったもんさ。


「開店特別セールじゃ。チョコタバコ、1,000万円」



 おしま〜〜〜い!!!⚡︎⚡︎⚡︎⚡︎

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

タバコ屋さん、一本おくれ naka-motoo @naka-motoo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ