身代わりのミラージュ

 上手く行った。

 今の私は、どこからどう見ても勇者そのものだ。


 私は、私の姿で寝息を立てている勇者を置いて、地下室を出た。

 一族に伝わる、眠りに就いた者同士の姿かたちを入れ替える秘術。それを使った。


「勇者か。どこへ行っていた」

「すまない。ライド、奴らは?」

 村一番の戦士、ライドは東の平原を指差した。黒い雲が土煙を上げながら接近していた。

「時間がないぞ」

 魔物の軍勢が村に押し寄せようとしていた。


 まだ歳若い勇者は、この小さな村で静かな暮らしを営んでいた。

 その事実を知った魔王は、勇者を亡き者にするため、村に大軍を差し向けた。

 勇者を殺させるわけには行かない。占いによって魔王の動きをいち早く察知した私は、勇者の身代わりになるため、秘術を使うことを決めた。


 魔王の軍勢は、小さな村を容赦なく蹂躙した。

 ――易々とやられはしない。

 そう決意していたが、多勢に無勢だった。村の戦士たちは、一人また一人と魔物に斃されて行った。

「貴様ガ勇者カ?」

 最後の一人となった私に、魔王の使いが奇怪な声で尋ねた。

「……魔族に名乗る名など無い」

 私は傷ついた体に鞭を打って、声を張った。

「デハ、苦シミナガラ死ヌガイイ」

 魔王の使いは、私の両肺を鋭い尾で貫いた。

 声が出ない。血混じりの呼気が、喉でごぼごぼと異音を立てた。

「カハハハッ……」

 魔物たちはじきに絶命するであろう私を置いて、嗤いながら去って行った。


 薄れゆく意識の中で、私は私の名前を呼ぶ声を聞いた。

「――! ――!」

 私の貌をした勇者がそこにいた。やっと地下室を抜け出して来たらしい。

 こんな姿を見せることになるとは。私は申し訳ない思いで一杯になった。


 涙を流す勇者。

 私は朦朧としながら、勇者の首元を指差した。かつて、勇者が私に贈った首飾りがそこにあった。

 勇者はそれを外し、私の首に掛けた。

 ――ありがとう。

 口を動かしたが、声にはならなかった。


 一つ、忘れていたことがあった。


『秘術が解けるとき、その身に起きたいかなる現象も効果を失う』


 魔王の使いがすぐに止めを刺さなかったことは、私にとって幸いだった。

 あわやというところで術が解け、私の負った傷は完治した。


 今、勇者と私は、魔王を倒すための仲間を集める旅を続けている。

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