ガイノイドは母親になれなかった

「ジーク、逃げましょう」

「うるさい。気安く愛称で呼ぶな」


 俺の名はジークフリート。

 偉大な科学者の父を持つ優れた人間だ。

 そして、この小型宇宙船の助手席に座るこの女は、俺の育ての親ではあるが、人間ではない。

 よくできた女性型ヒューマノイドロボット――ガイノイドというやつだ。


 運転席に就いた俺は操縦桿を握りしめ、逃走経路を確認する。


「だいたい、なぜやつらから逃げねばならないのだ」

「それは……」

「チッ。まただんまりか。この欠陥品め」


 このポンコツ――一応、テティスという名前がある――は、何か重大な秘密を隠しているようだが、そのせいかこうして肝心な質問に答えないことがある。

 だから、俺は自分で調べた。


「倫理局の手の者たちだろう。通称『ハウンドドッグ』。違法な人体改造や臓器売買などの下手人をお縄にしている奴らだ」

「! さすがはジークね。もうそこまで……」

「だが、なぜやつらが俺たちを狙う? 父は違法行為に手を染めてはいなかったはずだ」

「…………」


 また無言になってしまったポンコツを無視し、俺は追手を振り切って宇宙船を飛ばす。


 万事が順調だと思っていたあのとき、父は資源採掘時の事故で帰らぬ人となってしまった。

 そこから、全ての歯車が狂ってしまったようだった。


 その後、俺はテティスを伴って父が遺してくれた隠れ家の一つにたどり着き、しばらく潜伏することにした。


 潜伏生活が一ヶ月に達した頃、俺は再びテティスを問い詰めることにした。


「いい加減に教えろ。父は何を隠していたんだ」

「秘匿情報です。それを開示することは許可されていません」


 俺は舌打ちをする。

 父が亡き今、なぜ、その権限だけは俺に委譲されていないのか。


「お前を壊してメモリーチップから読み取ってもいいんだぞ」


 俺がそう言ってテティスを脅すと、奴は意外にもあっさりとそれに頷いた。


「……ええ。その情報が必要なのであれば、そうしてください」

「……わかった」


 このポンコツにできて俺にできないことはない。つまり、こいつがいなくても困ることはないのだ。

 俺はテティスの動力を止め、ガイノイドの心臓に当たる部位を破壊した。これで、もう二度とこいつが動き出すことはない。


 一瞬、胸の奥がざらつくような不快な心地がしたが、俺は気の所為だと思うことにした。


「旦那様、申し訳ありませんでした。私には――」


 今際の際にテティスは何言かを口走っていたが、俺にはその意味が理解できなかった。


 そして、俺は彼女が隠していた真実を知った。


 ガツン、と頭を殴られたような衝撃だった。


「……そんな、まさか」


 眩暈めまいを感じ、俺はふらふらと壁を背にして座り込んだ。


 俺が読み取ったのは、父がテティスのメモリーチップに残していたデータだ。

 そこには次のような記録があった。


『……経過は順調だ。ナンバー四七は順調に成育している。ヒトゲノムに由来しない人造人間の創造はこの個体の成長によって完成する。私はこの個体に「ジークフリート」の名を与えることにした……』


 そう。

 俺は人間ではなかった。

 同時に、父は父ではなかった。……生みの親であるという点で言えば、そう呼んでも間違いではないのだろうか。


 「父」の記録は続く。


『……だが、たとえ私が完璧な生命を生み出したとしても、その精神的な性質も完璧でなければ真に完璧な「人間」であるとは言えない。しかるに、精神の育成は私の専門外だ。これには人間の養育を専門とするヒューマノイドロボットを入手し、その役割に充てることにする……』


 それがこのポンコツか。

 俺はテティスの亡骸を無感動な目線で見遣る。


 完璧な精神とやらが何かはわからないが、こうして俺に壊されたのだから、こいつは結局、失敗したのだろう。

 俺は彼女の最期の言葉を一言一句違わずに思い出す。


『――旦那様、申し訳ありませんでした。私には、この子に心を与えることができなかった』


 このとき、俺の精神は千々に乱れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

掌編小説集 卯月 幾哉 @uduki-ikuya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説

約束

★7 SF 完結済 1話