掌編小説集
卯月 幾哉
約束の答え
「これが、私……?」
鏡の向こう側では、今まで見たこともなかった姿の自分が、驚いた表情で私を見つめ返していた。
純白のウェディングドレスに身を包まれ、完璧なメイクを施した私は、控えめに言ってもふだんの十割増しに映った。
「きれいだよ」
と、真っ白なタキシードを着た彼が言った。
いつもの私なら、そんな歯の浮くような台詞には嫌悪感を抱いただろうが、この日の彼だけは特別だった。
大きくなったら、お嫁さんにしてあげる。十五年前、幼い私に彼はそう約束してくれた。
「約束が叶ったね」
いたずらっぽい笑顔で言う彼に、私は笑顔で頷いた。
行こうか、と彼が左腕を差し出す。その腕に、私は自然に右手を添える。
二名のスタッフが観音開きに扉を開くと、真っ赤な絨毯が祭壇に向かって続いていた。
二人でゆっくりとバージンロードを歩く。すると、両脇の列席者たちが立ち上がり、私たちに惜しみない拍手を送ってくれた。
神父が「誓いの言葉」を言い始める前に、彼は一言、「手短にお願いします」と言った。
「トオルさん、あなたはマリヤさんを生涯愛することを誓いますか?」
「はい、誓います」
神父の問いに、彼は迷いなく答えた。私も、それに倣って、「誓います」と答えた。
「では、誓いのキスを」
と、神父が言うと、彼は手を上げて制した。「あ、それはいいです」
やがて式が終わり、私たちは元来た道を歩いて、控室に戻った。
「どうだった?」
一息ついたところで、彼が私に訊ねた。
「最高だったわ」
私は心からそう答えた。
「これで、少しは結婚したくなったかな?」
彼の言葉に、私は小さく頷いた。
「そうね。まずは、相手を探さなきゃ」
そうだね、と彼も頷いた。
「貴重な体験をありがとう」
私は改めて、礼を言った。
「いや、こっちこそ助かったよ」
彼はそう答えた。
「今日のパートナー役の女性が来れなくなって、困ってたところだったんだ」
彼はブライダルモデルの仕事をしていた。
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