第4話 いやいや、俺には俺の事情があるからな

 ゲルハルディーナが完全に眠りに落ちたのを見計らい、アンスガルは身を起こした。


 手探りで棚の引き出しを開く。中に入っていた火打ち石を打ち鳴らし、同じく引き出しに入っていた古布に火をつけ、蝋燭に移す。


 部屋の中がぼんやり明るくなった。


 自分の隣を見る。

 そこに美しい姫君が眠っている。


 ずっとずっと欲しかった。


 彼女の父に騎士として叙任された時、儀式に同行していた彼女を一目見た時からずっと恋い焦がれていた。

 彼女を得るためにこの数年間身を粉にして働いた。彼女のためだけに、自分は、異民族と戦い、宮廷での権力闘争に打ち勝ち、彼女の父の信頼を得たのだ。もしかしたら権謀術数の権化のような王のことだから彼も彼で自分を利用していたのかもしれないが、そこはお互い様である。とにかく王の信認を得て国内最強の貴族に成り上がり王女の降嫁を認めてもらわねばらなかった。

 それもこれもすべて、彼女の夫になるためだ。

 この数年間の努力のすべてが報われた。


 強くたくましい姫君、剣術と馬術ができて頑丈、何より気丈で時折凛とした顔を見せる。頭の回転が速く、策士策に溺れるというか多少足りないところはあるが、アンスガルからすれば愛嬌の範疇だ。気の強い女性はいい、ともに国境を守ろうと思ってくれたら頼もしいが今はまだそこまでは望まない。


 ふと、王都で最後に会話をした王子の、彼女によく似て美しい横顔を思い出した。


 ――姉上のことをよろしくお願いします。とんでもないじゃじゃ馬ですが、あなたとともに戦う勇ましい妻になると思います。僕が言うのはおこがましいかもしれませんが――父にとりなして密かに姉上を追い出すことを画策したなど、姉上が知ったら怒り狂いそうですけれどね。残念ながら僕の宮廷には彼女は邪魔です。まあ、でも、したたかなあなたならきっと飼い馴らせますとも――


 それならこの辺境伯が引き取ろう。そしてこの城の中で一生愛でて幸福に暮らすのだ。


 長い金髪を一筋手に取り、口づけをした。


「これからゆっくり、俺のことを好きになっていただきたい」


 そして想いが通じ合った時初めて本物の夜を過ごそう。今はまだ少し早い。彼女の心が完全に手に入るまで、もうしばらくのお預けだ。もう何年も耐え忍んできたのだ、いまさら焦りなどはしない。


「愛している」





<おわり>



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政略結婚ですけど溺愛してくれないと困ります! 日崎アユム/丹羽夏子 @shahexorshid

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