卵料理は目玉焼きしか認めない

聖願心理

目玉焼きは正義!

「玉子石は目玉焼きは何派なの?」

「はあ?」


 唐突に投げかけた僕の質問に、意味がわからんと言わんばかりに彼女は不機嫌そうな顔をした。

 どうしてそんな顔をするんだと思い、少し考える。そして言葉が足りなかったことに気がつく。


「目玉焼きに、何をかけるのが好き?」


 ああそう言うこと、と彼女は笑った。他の解釈の仕方があるのか、と僕は少し疑問に思う。

 普通、『目玉焼きは何派?』と聞かれたら、何をかけるかを聞かれてるんだと思うけど。


 –––––––まあ、彼女ならするか。


「醤油もソースも塩胡椒もケチャップも好きだけど、やっぱり何もかけないのが1番」


 彼女は目玉焼きを食べながら、微笑んだ。


「まあでも、どんな目玉焼きでも愛せるよ」


 平等に世界中の全ての目玉焼きを愛する彼女にとって、目玉焼きに何をかけるかなんて、些細な問題でしかない。



 *



「ねえ、どうしてタマゴサンドの卵って、どうして目玉焼きじゃないの?」


 彼女は目の前の厚焼き卵のタマゴサンドを見ながら、ため息を吐いた。


「いやいや。タマゴサンドに普通、目玉焼きは挟めないだろ」

「どうして?」

「どうしてって言われてもな」

「目玉焼きほど、優れた卵料理なんてあるわけないのに!目玉焼きに失礼!」

「その発言が卵に失礼だっ!」


 この変なことを言っている彼女・玉子石たまごいし君代きみよは、卵料理は、目玉焼きしか食べない。否、目玉焼きしか認めない。


「あのね、目玉焼き君」

「僕の名前は、目黒めぐろしょうだ」

「目黒焼なんて、焼き物みたいな名前で呼ばれるよりいいじゃん」

「否定はしないけど、字面だけだよ?!呼ぶ時関係ないよ?!」

「それに、目を黒く焼くと言う意味にも捉えられるし、物騒」

「それも字面の問題だよな?!結構傷つくよ?!」


 まあ、両親がどうしてこんな名前をつけたのか、一度問い詰めてみたい。なんで“焼”って文字にしたの?“しょう”っていくらでもまともな字あるよな?!


『人とかぶらなくていいじゃないか、HAHAHA!』と笑っている父親の顔が想像できた。きっと深い理由なんてないんだろう。


「まあ、私は結構、目黒焼って名前好きだけど」


 続く言葉は予想できる。


「目玉焼きみたいで!」

「そんなに似てないけどな?!」

「話が大分逸れたね」

「逸らしたのはどこのどいつだ」

「それでね、目玉焼き君」


 もう玉子石にツッコミを入れるのはやめにしよう。疲れる。


「目玉焼きにされる卵ほど、幸せな卵はないと思うの」

「そうですね」

「他の料理にされてしまった卵ほど、不幸な卵はないと思うの」

「ソウデスネ」

は卵を救うためにあると思うんだよね」

「……」

「だからこうして、卵を救いに、好きでもないタマゴサンドを食べに来ているわけなの!」


 そう言って玉子石は、パチンっと指を鳴らす。すると、僕と玉子石のタマゴサンドの卵が、目玉焼きに変わった。


「これでまた、卵を幸せにできた」


 満足そうに笑うと、玉子石はタマゴサンドにかぶりついた。

 僕は普通のタマゴサンドが食べたかったんだけどなぁ……。



 *



 玉子石君代は、『あらゆる卵料理を目玉焼きに変える力』を持っている。超能力みたいなものだ。これほど、使えない力なんてあるのだろうか。


「目玉焼きはこの世の全て」


 なんて言っている玉子石は、これ以上に素晴らしい力なんてないって思っているんだろうけど。


 ちなみにこの力、卵料理の見た目を変えるだけの力だ。どう言うことかと言うと、プリンを目玉焼きに変えたとして、見た目は目玉焼き、味はプリンという恐ろしいものに仕上がると言うことだ。あれは酷かったなぁ(経験談)。


「その力、料理の見た目が変わってるだけじゃん」


 そんなこと言ったことがある。

 でも玉子石は誇らしそうに言い切った。


「私はどんな目玉焼きでも愛せる」

「結局、見た目ってこと?」

「わかってないね、目玉焼き君」


 僕の名前は目玉焼きじゃない、そう言ったが、当たり前のようにスルーされた。


「誰もが美味しいという目玉焼きも、目玉焼きの形をしてない目玉焼きも、ゴキブリの味がする目玉焼きも、もはや食べられる気がしない目玉焼きも、目玉焼きならなんでも美味しく食べられるし、愛せる!」


 何故なら、そう言って玉子石は少し間を空ける。


「何故ならそれは、目玉焼きだから!」


 決まったぜ、という顔をして玉子石は言い切る。

 ここまでくるとドン引きどころか、尊敬できる。


「……見た目だけじゃないのか」

「そういうことっ!」


 到底理解のできないことをいっていた玉子石だが、にっこりと笑った可愛らしい顔は今でも忘れられない。


 まあ結局、そんな彼女に恋をしてしまう僕も変わり者って話だ。



 *



「あれ、先輩じゃないですか」


 タマゴサンドだったものを食べ終え、店を出るとそこで知り合いに出くわした。


「お、甘井あまい


 部活の後輩の甘井あまい多摩たま。明るく喋りやすい後輩だ。


「こんにちは、デートですか?」


 ちらりと玉子石の方を見ながら、甘井は聞いてくる。


「デートじゃない。まだ付き合ってないし」


 意気地なしの僕はまだ告白できていない。僕だって、玉子石との関係が変わるのが怖いだとか、付き合えなかったらどうしようだとか、人並みに考えるのだ。

まあ、変わらない気がするけど。こうして、他の卵料理を目玉焼きに変えるのに付き合わされそうな気がするけど。


 とにかく、僕と玉子石はカレカノではないのだ。


「そうなんですか。安心しました!」

「え?」

「こんな目玉焼きを愛する変な奴と、先輩が付き合うはずないですよね〜!」


 見たことのない意地悪な顔で、甘井は彼女を笑った。急な甘井の変化に僕はついていけない。


「先輩もそう思いますよね?」

「甘井……?」

「先輩は優しすぎるんですよ。今日だって目玉焼き、無理矢理食べさせられたんでしょう?」

「それは……」


 確かに目玉焼きじゃなくて、厚焼き卵のタマゴサンドが食べたかった。


「はっきり言ってあげたらどうですか、先輩」

「……」


 僕が黙ったのを見て、甘井は勝ち誇ったように口を開いた。


「僕は目玉焼きじゃなくて、卵焼きを愛しているんだって!」


 少しの沈黙。そして。


「はああああ?!」


 と僕の盛大な驚く声。どうでもいいよ、そんなことっ!


「……何を言い出すかと思えば、そんなくだらないこと」


 はあ、とため息を吐く玉子石。玉子石がここに来てまともなことを言い出すか?!


「目玉焼き君は目玉焼きを愛してるに決まってるでしょ?!」


 ですよねー。

 もう僕は期待しないぞー。


「そもそも卵焼きなんて、ありえない!卵の原型を崩して、しかもそれを巻くなんて!卵が可哀想でしかたない!あんなものを美味しいと言って食べられる人の神経がわからない!」

「それを言うなら、目玉焼きのほうがありえないです!黄味と白味を別々にしちゃうなんて、可哀想じゃないですか!しかも食べる時、黄味を崩さないといけないんですよ!悪魔より恐ろしいです!」


 そこから玉子石と甘井のどうでもいい論争が続いた。本当、僕からしたらどうでもよかった。

 目玉焼きが好きか、卵焼きが好きか。人によって違うだろうが、ここまで熱くなるものではないだろう。


『私は卵焼きが好きだな〜』

『そうなんだ〜。私は目玉焼きの方が好きかな〜』

『まあ、どっちも美味しいよね〜』

『だよね〜』


 で、済む話じゃないの?!そもそも目玉焼きが好きか、卵焼きが好きか、みたいな話しないでしょ。


 玉子石が目玉焼きを異常なほどに愛してるのは知ってたけど、甘井が卵焼きをここまで愛してたのは知らなかったな。

 部室で弁当を食べる時、甘井の弁当は卵焼きが多く入ってるな〜、くらいの印象だった。卵焼きが好きなんだなとは思ってたけど。


 何この、僕が1人取り残されてる状況。

そんなことを思っていたら。


「目玉焼き君は、私と一緒に世界中の卵料理を目玉焼きにして、不幸な卵を救うんだよね?!」

「何言ってるんですか!先輩は、私と一緒に世界中の卵料理を卵焼きにして、幸せにするんです!」


 –––––––––甘井、お前も他の卵料理を卵焼きにする能力を持っているのか。


 と言うか、なんで僕に話が飛んできた?!全くついていけないので、巻き込まないでほしい。


「どうなの、目玉焼き君」

「どうなんですか、先輩」


 どうしろと言うんだ、この状況。


「黙ってないで、言ってあげてよ。目玉焼き君」

「先輩、この調子に乗ってる女に言ってあげてください!」


 だからなんで僕が味方につく前提なんだ。


「目玉焼き君!」

「先輩!」


 ああもう、うるさいな!こうなったら本音を言ってやろう!


「ぶっちゃけ、どっちでもいい」

「「は?」」


 僕の漏らした本音に、信じられない、という顔をする玉子石と甘井。そう言うところはどうして息ぴったりなんだ。


「ちょ、ちょっと、その冗談笑えない」

「そ、そうですよ、先輩」

「嫌だから、冗談でもなんでもないって」

「「嘘」」

「本当」


 だからなんで、ハモるんだよ。本当は仲良しなんじゃないの?


「逆になんで嘘だと思うんだ?」

「だって」

「ねえ」


 ちょ、なんでそこで通じ合ってるんだ?!僕が仲間外れ?!


「僕は目玉焼きも卵焼きも好きだ」

「嘘」

「ですよね?!」


 なんなんだこの2人。もう2人で世界の卵を救えばいいんじゃない?


「あのな、こんなこと言いたくないけど、この世のほとんどの人は卵焼きも目玉焼きも好きだと思うぞ?」

「ちょっと待って、目玉焼き君」


 険しい顔をして、玉子石が僕にこう聞いてくる。


「今、なんで卵焼きが前にきたの?」

「気にするのそこ?!」

「例え、目玉焼き君が目玉焼きも卵焼きも好きだとしても、目玉焼きの方が好きだと思ってたのに!この浮気者!」

「それだけで優劣決まる?!」

「決まる!」

「決まります!」


 だからどうしてそういうとこだけ、気があうんだ。なんか、めんどくさくなってきた。


「目玉焼き君。仮に君が、目玉焼きも卵焼きも他の卵料理も好きだとして。どうして、私に付き合ってくれたの?」

「玉子石が好きだからだよ」


 そうじゃないとこんなくだらないことに付き合うわけないじゃないか。僕は、普通のタマゴサンドが好きだ。


「嘘……」

「本当だ」


 玉子石が目に涙を滲ませた。こういう顔は可愛いのにな。


「えー。私、蚊帳の外ですかー」

「すまん、ちょっと存在消しててくれ」

「流石にそれは酷いです?!」

「よろしくな」

「先輩〜?!」


 告白シーンにいらない邪魔者は消えたので改めて。


「玉子石、好きだ」

「……そんな告白じゃ、嫌だ」


 玉子石の望む告白……。そんなものは、もうすでに考えていた。でも、それを言うのは恥ずかしい。

 けど、ここまできたら言わないとな。覚悟を決めろ。


「これからもずっと、僕と目玉焼きを一緒に食べてください」

「……喜んで!」


 そう言いながら、玉子石は僕に抱きついてきた。彼女からは目玉焼きの匂いがした。そう、目玉焼きの匂いが。目玉焼きの匂いが……。というか、そんな匂いのする柔軟剤とか香水とかってどこで売ってるんだ?!


「告白っていうか、プロポーズみたいですね〜」


 空気になっていた甘井がそう言った。


「ふふふ、そうだね。じゃあ、私の作る目玉焼きを365日朝昼晩食べてね」

「……マジで?」

「マジで!」


 彼女は悪魔のような笑みを浮かべた。



 めでたしめでたし?



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