黄昏の街を美しい文章と共に見てみよう。

 19世紀末の蒸気大国の日ノ本を舞台にした『逢坂怪夷奇譚』の面白い点は、まずはその世界観だ。開国していた日ノ本は怪異による襲撃と荒廃のため、京を帝都にし、逢坂(大阪)をその防衛都市として位置づけた。その逢坂は黄昏時を境に人の街から怪異が跋扈する街へと変貌し、執行人たちが怪異を屠っていく…。時代の設定、梅田駅の蒸気機関車の描写にみられる落ち着いた美しいスチームパンク、情報屋、濃い霧に包まれた逢坂、そして外国からの旅行者たち。これらの単語の羅列だけで心が躍る読者は多いと思う。

 勿論、登場人物の魅力もだ。九頭竜莉桜の立ち回りのかっこよさ、その仲間たちとの絆などは実際に読んで楽しんで欲しいが、特にスペインからの来日者、悠生・フェルディナンド・カルーノと莉桜の魅力をこのレビューでは紹介したい。名の通り日ノ本の血も交じっている彼は十数年ぶりに郷里の地を踏んだ。彼の目を通して見る逢坂の街の風景はとても美しい。悠生と莉桜との日常の会話や所作からは微笑ましく、暖かい感触を受けることだろう。例として早朝の宿で、起き抜けの悠生に対して朝市を案内すると言う莉桜の、その後の会話を抜粋する。

「案内してもらえますか?案内人さん」
「任しとき」
 満面の笑みで応じると、莉桜は桶に溜まった水に手を入れて顔を洗った。
「ひゃあ、冷やっこい」

 たった四行の描写で、悠生にとって朝市という異国情緒あふれるイメージ、早朝の宿屋の水場での爽やかな風景、二人の性格や、近づいていく距離の面映ゆさを感じることができるのだ。ぜひ、このような描写を小説の中から探してほしい。きっと気に入る表現が多く見つかることだろう。

 物語は始まったばかりであり、悠生と莉桜はその生まれや育ちに謎が多い。これからの展開でその謎がストーリーを大きく動かすことになると思われる。『逢坂怪夷奇譚』の魅力はまだまだ深まっていくだろう。