君の心

雨世界

1 僕は、私は臆病者だ。

 君の心


 プロローグ


 僕は、私は臆病者だ。


 本編


 ……ずっと、心が震えている。


「ねえ、木川くん。いる?」

 そう言って、ほかに誰もいない放課後の教室のドアを開けて、そこから森谷さんが顔を出した。

「あ、森谷さん。どうかしたの?」

 思わず森谷さんの顔を見て、木川はその顔を少し赤くした。


「あの、もし時間があるなら、図書室で一緒に勉強しない?」にっこりと笑って森谷さんは言う。

「うん。別にいいよ」木川はそう言って、机の上にあった教科書とノート、筆箱をまとめて、カバンの中にしまった。

 それから木川は席を立って、森谷さんがいる教室のドアのところまで移動をした。


「なに勉強してたの?」

 森谷さんが言う。

「数学。少し苦手なところがあって」木川は小さく笑ってそう言った。

「数学私も苦手。難しいよね」森谷さんは言う。

「うん。数学は嫌いじゃないんだけど、だんだん難しくなる」木川は森谷さんにそう言った。

 それから二人は一緒に高校の廊下を歩いて、図書室まで移動をした。


 廊下の窓の外では、ざーという静かな音を立てながら、雨がずっと降っていた。

 朝から降り続いている、静かな雨だ。


「雨、止まないね」

 窓の外を見て、森谷さんが言った。

「うん。たぶん、夜まで降るんじゃないかな?」同じように窓の外を見て、木川は言った。

 平日の放課後の図書室には、生徒の姿はあまりなかった。

 二人は図書室の窓際のテーブルのところまで移動をして、そこに並んで一緒に座った。

「森谷さんはなんの科目を勉強するの?」数学の教科書を出しながら、木川は言う。

「古典。結構苦戦しているんだ」

 森谷さんはそう言って、自分のカバンの中から、古典の教科書を取り出した。


 それから二人は図書室で勉強を始めた。


 それは、とても静かな時間だった。


 木川は窓の外に降るざーという雨の音を、聞きながら、数学の勉強に集中した。

 木川の隣の席では、森谷さんがずっと真剣な顔をして、古典の勉強をしていた。


 木川は、森谷さんのことが、好きだった。

 

 だから木川は、できるだけ冷静な心を保とうとしたのだけど、でもつい、どうしても、気持ちが揺れ動いてしまった。

 ……心臓がずっと、どきどきしていた。


 この自分の動揺が、森谷さんに気がつかれないように、と思いながら、木川は数学の勉強を続けた。

 時刻は四時少し過ぎ。

 窓の外は暗くて、二人が勉強している間、やっぱり雨は、ずっと、木川の予想通りに降り続いていた。

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