一つ歳をとったとき、一つ何かを知ったとき、私達は成長して、何かを落としてしまう。そんなモノを優しく丁寧に思い出させてくれる作品でした。
穏やかな空気を柔らかな文章が綴られて、きっとこの一人と一匹はこんなふうに儚くて美しい時間を過ごしてきたんだろうな、だんだん仲良くなっていったんだろうなとお話の外まで想像させてくれました。それもあって、ラストシーンが胸に響いて仕方なかったです。
物語として短編でこんなにも綺麗にまとまるものなのかと絶句しました。全部が綺麗。
持っていたはずの大切な物。握っていたはずなのにいつの間にか手放してしまっていること、手放さずにはいられないこと。大人になるということを酷く美しく透明に書かれていて、読者を揺する力が強い。いろんな歳の人にいろいろな受け取り方で読んでほしい作品だと思います。
この島にはひとつの言い伝えがある。
それはそれは美しい姿をした猫又がいて、数十年に一度、ひとりのこどものもとに姿を現し、しばらく側に寄り添って暮らしてから、ふっといなくなってしまうのだという。一晩だけ咲き誇る玻璃の華をひとつ、残して……
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猫はふしぎないきものです。
もふもふしていて、ちょっとばかりきまぐれだったりあまえてきたり、とってもかわいいのに、時々ひどく透きとおったまなざしをして、なにもないはずのところを眺めていたり。
だからか、むかしから猫には人の理解がおよばないちからがあると考えられ、《鍋島騒動》やら《猫南瓜》やら……あるいは《猫の踊り場》や京都の《称念寺》通称猫寺などたくさんの話が残されています。
こちらの小説も読めば読むほどに、どこかの島には実際にこんな言い伝えが残っているのではないかと思わせられます。それは猫といういきものから漂うふしぎなふんいきもあるでしょうが、作者である冴月さまの確かな筆致によるものです。
最後は涙腺が熱くなりました。
猫が忘れないように、ひともまた、忘れずに言い伝えていくのですね。
子どもの頃の夢を思いださせてくれる、素晴らしい小説です。
猫がお好きな御方にもそうでもない御方にも、是非とも読んでいただきたい物語でございます。