Letztes Kapitel 素晴らしき災厄のはじまり
ロイはリーエの部屋のベッドで目を覚ました。隣を見ると、寝息を立てているリーエの姿があった。
彼女を起こさないようにそっと自身の体をずらし、布団から這い出た。
リーエが居ると言うことは、彼はシギンを
ロイはぐるぐるに包帯が巻かれた肌の上に燕尾服を直に着て、部屋を出た。玄関から外に出ようとしたとき、郵便受けに小包が入っているのを確認した。リーエではなくロイ宛に届いていたので不思議に思って送り主を見るとイクン・スィトの名前があった。
小包の中身を確認すると、手紙と一緒に大量のお金が入っていた。
『ロイ・ド・ナーウ君。暗殺はもう結構だ。私の目的は果たされた。君は完璧主義者で作戦を綿密に立てると聞いていたが、その通りに動いてくれて助かった。娘を殺すために守ってくれてありがとう。金はキャンセル料だ。成功報酬と同じ分だけ入れてある。これからもリーエを頼むよ』
予想外の手紙に面食らったが、すぐにテハーの言葉を思い出した。リーエを守るために使命者の暗殺を依頼したら、国中を敵に回す。だがリーエの暗殺のために、ロイが勝手にそれを行ったのだとすれば、イクンの名誉が汚されることは無い。
ロイは最初からイクンの思惑通りに動いていただけなのだった。思わずため息を吐いたところに声を掛けられる。
「ロイ!」
振り返ると階段を下りてくるリーエの姿があった。
ロイの元まで走り寄ると、飛びついた。彼は苦痛に呻いて膝を折る。
「あ、ごめんなさい!」
ロイはアバラの辺りを押さえながら、リーエに掌を向けた。それから深呼吸を何度かして、膝をついたまま呼吸を整えた。心配そうに見ていたリーエだったが、ロイが大丈夫そうだと解ると、片手を腰に当てて、空いた手の人差し指を立てて、幼い子を叱るような目を向ける。
「いきなり居なくなったらダメじゃない!」
それからロイはしばらくの間、5つは下の子供に叱られ続けた。彼女は三日寝込んだ彼の看病を一生懸命したのだという。それなのに急に居なくなるとはなにごとなのかと。
「私はあなたを殺そうとしていたんですよ」
「関係ないわ。死んでないもの。それともこれから殺すの?」
「いえ、その必要は無くなりました。依頼者から正式に、暗殺の依頼が取り消されたので」
「そう。でも殺されてしまった方が良かったかも知れないわ。わたしもあなたも、国中の敵だもの。わたしが生き残ったせいで、ここから十年この国は災厄に見舞われるでしょうからね」
「でしたら、この国を出ましょうか」
「この国を? それは素晴らしいわ。冒険に出るのね。わくわくする」
「どこに行きましょう」
「どこにだって行くわ。あなたが一緒なら、楽しいし、心強いもの」
心強いと言われ、ロイは記憶の歪みのようなものに足を取られた。
「リーエ様。私は心強くないかもしれません」
「どうして?」
「シギンを倒すとき、私は大事な記憶を失いました。それがなんなのかは思い出せないのですが、付随して暗殺術をすべて忘れてしまったようです。ですから今の私はとても弱いです」
「なぁんだ。そんなこと」
「そんなことって」
「大丈夫よ。それならわたしがあなたを守るわ」
笑顔を湛えるリーエをロイはぼうっと見ていた。不意に頭のうしろに手を回され、抱き寄せられる。
「だってあなたはわたしのディーナーですもの。これから少しずつ強くなればいい。それに、暗殺術なんていらないわ。それよりご飯を美味しく食べる方法や、お散歩を楽しむ方法を学びましょう。それを強さと呼ぶようにしましょう。失った記憶は取り戻してあげられないけれど、その記憶に負けないくらいの思い出を、これから作って行きましょう。わたしたちはきっと、そうするために出会ったのよ」
ロイは頭の裏側から心の隅まで、清らかな水で洗い流されるような心地よい感覚に満たされた。
「はい、そうですね」
それは間違いなく本物で。
それは意味のあることで。
それは自分に送る感謝で。
それは世界への慈しみで。
――つまりは人を愛すると言うことなのだと、分からないままに味わっていた。
それを幸せと呼ぶのだと、彼はそう遠くない未来で知ることになるだろう。
国と引き換えに始まった彼らの冒険の物語は、希望に満ち溢れていた。
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