Kapitel.7 脳壊帽《ゲヒルン・ブレッヒェン》
最後の使命者は保険屋のシギン。
ニフィを殺したあのシギン・カルフォネである。
シギンと直接相対したことは無いが、実力の差は歴然。なにせシギンに殺されたニフィに、ロイは一度として勝てたことが無い。
シギンの場所を探し当てる前に、ロイはシギンが放った刺客を見つけた。それは漆黒の帽子を被った男だった。黒帽子の男は一直線に丘の上のスィト別邸に向かっていった。別邸に辿り着く直前、ロイの仕掛けた罠に掛かった男は転倒。立ち上がった男に、ロイは背後から
シギンが得た使命者としての能力。
“
作った帽子を被せたものを意のままに操る能力。彼はずっとこの街の隣街で待機していながらに帽子を作っていた。これにはロイも当たりを付けていた。このまま放っておけばシギンが有利になることも承知していた。だから早く動くべきだったが、スィト別邸から距離を置くわけにはいかなかった。シギンの居場所を探り当てても、その間にリーエを殺されては意味がない。当該者が使命者ではなくとも、使命者の能力により攻撃を加えるのなら、無限の死を超えてくるはずである。
だからロイも待った。罠を張りながら、シギンの刺客が現れるのを。
今、一人が現れたと言うことは、間違いなく次があるはずだ。
予想通り、シギンの刺客が次々に押し寄せた。彼が戦っていると、その様子が目に入ったのだろう。屋敷の中からリーエが飛び出してきた。
「ロイ! どうして!」
「いけません、リーエ様は中に」
そんな問答を切り裂くように一本の
地面に刺さった剣を、走り寄って来た黒帽子が引き抜き振り回す。素人の振る舞いではあるものの、それがロイにとっては脅威である。予測不能な構えと不合理な攻撃ほど恐ろしいものは無い。まして、自身の生命を守る前提すらない狂人のそれならばなおのこと。
ロイは刺客を罠にはめては帽子を切り裂くという方法を取っていった。そうして刺客をすべて倒しきる頃には、すべての罠を使い切っていた。
肩で息をするロイの前に、
「バカな男が一人いると聞いたが、お前だったか」
「そういうお前は悪趣味な帽子をバカみたいに作っているじゃあないか」
シギンは自分の人差し指に黒帽子を引っ掛けてくるくると回した。
「お前の分もあるぞ」
刺客は罠で相殺できたが、近づけば“
ロイは二つの
肉薄する前に、帽子をどうにかしなくてはいけなかった。
ロイは持っている
ロイは条件反射的に上から迫る帽子に狙いを変え、矢を放った。
帽子に矢が当たる、そのタイミングで、
「そうなるだろうな」
シギンの声が間近で聞こえた。戦慄したがそのときにはすでに遅かった。なぜ気付けなかったのかと思うほどの距離まで接近を許していた。反射的に後退したものの、シギンの放った斬撃がロイの腹から胸にかけてまでを斜めに引き裂いた。
鮮血を迸らせるロイは、致命傷にならなかったものの、決定打をくらったことを確信していた。臓器にまで達してはいない。しかし、アバラを2本折られているのを痛みにより確認していた。シギンはあの一瞬で、ロイの姿勢や後退速度を計算し、切り裂く斬撃ではなく、押し込む打撃に転じた斬り方に変えていたのだ。
膝をついたロイの前に、ふわりと
「リーエ様……!」
「シギンさん。わたしを殺して。もとはと言えばそれがあなたの目的でしょう。わたしのディーナーがしたこと、許してくれとは言わないけれど、この一回だけでも見逃してくれないかしら」
シギンは口角を吊り上げ、鼻で笑う。
「そいつはお前が
リーエは眉をひそめたが、シギンは構わず続ける。
「どうして暗殺者のそいつがアリスの味方をするのか不思議で、俺なりに考えてみた。そいつはおそらくお前を殺す依頼を受けているのだろう。だがアリスになったお前を殺すことはできない。だから使命者三人を殺して強制的にアリスズュステームを終了させ、死ねるようになってから殺すつもりだった。そうではないか?」
シギンはリーエと喋りながらも、うしろにいるロイに問うように言った。
ロイはなにも返せない。ここにおいて沈黙とは、肯定の意味が含まれる。
「いいわ、それでも」
ロイの位置からでは表情は窺い知れない。しかし彼女の声には覚悟が宿っていた。
「お前の信用を裏切ったディーナーをどうして庇う?」
「わたしのために命を懸けて戦ってくれたからよ。どう思っているかなんて関係無いわ。それに、わたしがロイを守りたいという思いに、偽りはない。ロイが依頼のためにディーナーになったのだとしても、その見えない部分までまるごとわたしは信じたのだから、想像と違ったからと言ってそれを裏切りと呼ぶのは、本当に人を信じることを知らない人の考えだわ」
語気に乱れはない。死を受け入れ、前を向く人間の落ち着いた物言い。
「いずれにせよ使命者としてお前は殺すが、その心意気に敬意を表して、ロイは反抗してこなければ見逃してやろう」
「ありがとう」
シギンが剣を構え、一歩前に出る。
ロイはだくだくと流れていく血を見ながら、リーエの言葉を
そんな無意味な自分の、嘘を彼女は信じて受け入れたうえ、裏切りではないと言った。さらには自らの命を投げ打って、ロイを助けようとしている。理解できない感情が彼の胸の中に渦巻いていた。
気付いたときには、ロイは
——“
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