第12話 思わず本音が……



 ――どうやら俺は、あれから気を失って倒れたようだ。


「良かったっ。気が付かれましたか、ケイイチ」


「うぅ……ん。あれ、神官さん?」


「すみません。随分と無理をさせてしまいましたね……」


 寝かされていたベッドの近くの椅子に座った神官さんが、申し訳なさそうに謝ってくる。


 神官さんこそ、随分と疲れきった様子なんだけど……もしかして俺が起きるまでずっと傍についててくれたんだろうか? なんだか申し訳ない。慌ててベッドから起き上がる。


「謝らないでください、神官さん。元はと言えば、俺が自己申告しなかったのが悪いんです。神官さんにきちんと注意を受けていたのに」


 そうなのだ、神官さんはちゃんと危険性を説明してくれていたのだ。俺がいらん社畜根性を発揮さえしていなければ良かっただけのこと。


「でも、貴方は初めて魔法を使って、加減が分からなかったのですから。私がもっと注意深く、体調の配慮をしなくてはいけなかったのです。すみません」


「いやいや、そもそも俺ができると過信して無理したからであって……」


「いえいえ、やっぱり私が……」


「いや俺が……」


「おい。そこまでにしておけ、二人とも」


 延々と謝り合いを繰り返していたら、そこに第三者の声が割って入ってきた。


 それは、乱暴な言葉遣いに反して涼やかな女性の声で耳に心地よく響いた。


 聞こえていた方に目を向けると……そこには比喩ではなく、女神が立ってがいた。


「なんて、美しいひとなんだっ……」


「え」


「ええぇっ?」



 印象的なブルーサファイアの瞳に白く輝く真珠のような肌、後ろでひとつに纏められて背中に流された長い髪は、思わず触れたくなるようなサラサラとした艶めくプラチナブロンドで、柔らかなランプの光の中でもをキラキラと輝いていた。見惚れるような神々しさ……なんて美しい女性なんだろう。


「……そ、そんな、いきなりストレートで美しいとか!?」


「す、すみません! 思わず本音がこう、ポロッと口から溢れてしまいましてっ」


「ほ、本音!?」



 あまりの衝撃に思わず呟いてしまった俺の言葉で、ボンッ音がしそうなくらい、一瞬で顔を真っ赤にさせた妙齢の女性。


 彫像のように整った顔立ちを、冷たい印象を与える寒色系の色彩が彩っているために、初対面の人には取っつきにくい印象を与えることだろう。


 その氷の美貌が、俺のたった一言で一瞬のうちに溶けて、恥ずかしげで愛らしい照れ顔に……うむ、いいなっ。


 目が覚めるような美しさを備えている、とんでもない美人さんなのに素直で驕ったところがないこの反応……フツメンの誉め言葉とか気持ち悪いとも言われなかったし。


 美女の上に性格まで良さげだとか、完璧か!?


 それに、きっちりとした詰襟の騎士服で隠されているからこそ醸し出される危険な雰囲気と言いますか、目のやり場に困るほどの色っぽいナイスバディなんかもとても素晴らしくて感動ものです……生きててよかった!


 そして……おおっ、耳が尖っている……この美人のお姉さんは、もしかして!?


「ま、まさか、本物のエルフさんですか!?」


「……本物? あ、あぁ。まあ、そうだが」


「おおっ、素晴らしい!」


 本物のエルフさんが目の前にいらっしゃるっ。異世界最高かよ!


 妖艶で神秘的な森の妖精さんやで……こんな人が実在して生きて動いているとか、素敵すぎる!


 これは本当、凄いことですよ、男性諸君!


 何が凄いってね、さすがファンタジー界では美形揃いとされることの多いエルフ族……そのことを、異世界とはいえ、その身をもって体現してくださっていると言うことがですってっ……まさに理想そのものって感じ!



 一人で内心興奮していると、様子を伺っていた神官さんが声をかけてきた。


「……ケイイチ、体調はもう大丈夫そうですね?」


「はい、バッチリですっ。ご心配お掛けしました」


 そう言うと、寝かされていたベッドから立ち上がってみせた。


「よかったです。あ、彼女が例の神殿騎士ですよ……って、何か意外そうですね?」


「いや、騎士というくらいなので、てっきりアルフレッドのような男性の方がいらっしゃるのかと思ってまして」


  彼女だったのか……一緒に旅をするかもしれないエルフの神殿騎士さんって。 俺の中では今、天使と悪魔がせめぎ合って大変なことになっているけど、美の誘惑と欲望に負けないように頑張ろうと一大決心をした。

 騎士ってことはこのお姉さん、相当強いんだろう。でも、彼女を守れるくらい、俺も強くなりたい……なれるといいいな。


 だが、続けて神官さんより暴露された、それよりもっと衝撃的な事実を聞かされ、早くも撃沈することになる。



「え?」


「ですからね、彼女だったんですよ。ケイイチが倒れてすぐ後に、ちょうど帰ってこられまして。貴方をこう、腕に抱き上げてベッドまで運んで下さった方は……」


「え、えっ、ええぇぇっ!?」


 こ、こっ、こんな素敵な美女に、魔力不足で倒れた情けない姿を見られただけじゃなく、神官さんの説明だといわゆるお姫様と抱っこで運ばれちゃった、とか……なんだそれ……とってもショックだ……俺、初対面からめちゃくちゃ情けないよな……終わった。


「そ、それは……その、大変ご迷惑をお掛けしました……」


「いや。君は軽かったからな、問題ない」


「あははは、ありがとうございます」


 俺の方は問題有りありですけどっ!


 中肉中背で178cmの俺と目線が合うということは、身長差はほぼないって感じだし、騎士として鍛えているだろうに体つきは健康的な女性美といった感じで、一見して筋肉がついているようには見えないというのに。


 軽々と運んでくださったんですかそうですか……あり得ない……ありがたいけどあり得ないです……しくしく。



 ……まあでも起こっちゃったものは仕方がない。立ち直りが早いのが俺の長所だしなっ。この記憶はさっさと封印しようそうしよう。


 しかし、そっかエルフさんかぁ……納得、納得。だからそんな、女性美の極致のような、女神のごとく美しい容姿をお持ちなのですねっ。


「な、な、なぬぅぁぁっ!?」


 おっ、なんだなんだ? 急に狼狽えだしてもっと真っ赤になってしまったぞ。あまりにも熱心に見つめ過ぎたか……美しさは罪と言うが、貴方が美しすぎるのがいけない。だって目が離せないんだもん……理想の女性過ぎて。


 端正な美貌は、整いすぎているがゆえに、やもすれば冷たい印象を与えてしまうが、こうして血が通い、頬を染めているところなんか見ると、一気に親しみやすくなるし。


 何と言うか、デキる女って雰囲気のクールビューティーな女騎士さんが照れる姿は、とてもいい……めちゃくちゃ可愛いです! もう好き、愛してる!


「……っ!!」


「まあまあ、ケイイチ。彼女が美しいのは否定しませんが、出会ったばかりのご婦人をいきなり好きだの愛しているだのと情熱的に口説き出すのはちょっと……びっくりしましたよ」


「え、え、えぇぇぇぇっ、嘘!? ……も、 もしかして今の、声に出てた……ですか!?」


 サーッと顔から血の気が引く。うわぁぁぁ……ど、どこから口に出してたっ? まさか、あれもこれも全部、彼女に聞かれてしまってないよな!?




「ほほぉぅ、なるほどなるほど? つまり無意識のうちに心の声が漏れだしてしまったと言うことですか。あ、ちなみに『しかし、そっかエルフさんかぁ……』からですよ、口に出していたのは」


「うわぁぁぁぁ――!?」


 それって、ほぼ全部じゃないですか!? 神官さんがちょっと面白そうに口を挟んでからかってきたけど、それどころじゃないっ。そ、そ、そんなところからツルッと声に出してしゃべってたの、俺!? 


 これはきっと、美女にお姫様抱っこされたという衝撃が大きくて、動揺していたからに違いない。と、とにかく初対面で「愛してる」はないよなっ、本音だったとしても。謝ろう!


「すみませんすみませんすみません!!」


 必死に謝ると、先程まで可愛く照れていたはずのエルフさんが笑顔を引っ込め、眉間にしわを寄せ、ちょっと不機嫌になってしまった……なんで!?


「何故、謝る? さっき言ったことは嘘だったのか……」


「いいえ、心からの本心です!」


 だって地球でもこんな美人に間近でお目にかかったことないからね!? 動いているのが奇跡のような存在に出会ったら、全男子はきっと、絶対同じこと考えるはずっ。


 嘘偽りがないことを示すためにも、俺に出来る限りのキリッとした顔で被せぎみに肯定する。すると、テレッと口元を緩め、チラチラと恥ずかしそうにこちらを見ながら答えてくれたのだ。


「あ、う、うん、そうか。ま、まあ、本心なら仕方がないな!」


「あ、ありがとうございます!」


 少しチョロ過ぎないかなと心配にはなるけど、変態扱いもせずに許してくれた。よかった。初対面でいきなり、好みの美女に嫌われるのは辛すぎるからな。


「まぁ、いいですけどね。聖獣付きでも恋人さえつくらなければ、恋すること自体は自由らしいですし。応援していますよ、ケイイチ」


「……それって本当に応援してくれる気はあるんですか、神官さん」


「フフフッ、勿論ですとも」

 

 全くもう、楽しそうですね、神官さん。しかし恋愛禁止だなんて、俺はどっかのアイドルか何かかよ。





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