4.厚顔無恥もここに極まれり

 エヴァンジェリスタ公爵家とプラカシュ王家の会談が執り行われたその夜、デシリーも含めた王家の晩餐ばんさんの場において、国王は沈痛な面持ちで告げた。


「エヴァンジェリスタ公爵家への慰謝料として、おまえは王太子位に留まることになった。そして、近くそこのデシリー・エカピット男爵令嬢と挙式することとなる」

「本当ですか、お義父様!」

「まあ、当然ですね。それが慰謝料とは、なんともくだらない負け惜しみだ」


 嬉々として叫んだデシリーと、勝ち誇るようにふんぞり返ったフェルナンドは、これがエヴァンジェリスタ公爵家の王家への復讐であることを知る由もない。


「母上、邪魔者が消え失せためでたい席ですのに、なぜ先程から泣いておられるのですか?」


 晩餐室に入る前からすすり泣いていた王妃に、フェルナンドが不思議そうに尋ねる。それに対して、王妃はキッと顔を上げて彼をにらみつけた。


「このようなことになった最大の原因のあなたがなぜと言いますか。昨夜陛下が王家は後ろ盾をなくしたとおっしゃったはずですが、あなたはいったいなにを聞いていたのですか! ……このような者がわたくしの息子などと、本当に情けなくて、情けなくて……っ!」


 感極まってわっと泣きだしてしまった王妃をフェルナンドとデシリーが驚いたように見る。


「母上、なにを言っているのです。エヴァンジェリスタ公爵家の後ろ盾などなくても、他の高位貴族にいくらでも代わりはいます」

「──本当に代わりがいると思っているのか?」


 厳しい表情で国王が問うと、フェルナンドは首をかしげた。


「当たり前ではないですか。そのための臣下です」

「……わがプラカシュ家の地盤は非常に弱い。今まで国が成り立っていたのは、ひとえにエヴァンジェリスタ家の力があったゆえだ。その家を公の場で侮辱してしまった以上、他の貴族は誰も王家の後ろ盾などにならぬ。既にプラカシュ家は信用するに値しないと思われているからな」

「なっ、なぜですか!? なぜ、あれがそう思われるのです!」

「そんなのおかしいです! あれは正義の鉄槌てっついなんですよ! ロクサーナと一緒に公爵家が罰せられて当然です!」


 驚愕きょうがくして叫ぶお花畑二人に、国王と王妃が怒りのこもった視線を送る。


「……正義の鉄槌が聞いてあきれますわ。あなたがそこの馬鹿息子と共謀して自作自演でロクサーナ嬢の罪をねつ造したこと、既に調べはついております。あなたが他の貴族令嬢にしたことについても報告が上がってきていますし、いったいどちらがその正義の鉄槌とやらを受けなければいけない立場なのでしょうね?」

「……っ!」


 王妃の揶揄やゆに思い当たることがありすぎるのか、デシリーが屈辱そうに顔を真っ赤にする。


「それにフェルナンド、おまえは学園で敵を作りすぎた。本来、王太子であるおまえが次代の王たる資質を見せる場であったにもかかわらず、人脈作りを怠るどころか、その親の貴族の怒りをかう始末。……おまえが陰で彼らになんと言われているのか知っているか? いや、知るわけはないな。知っていたら、そんな愚かなことを口にするわけはないからな」

「な……っ、そんな陰口をたたく不敬な輩は、処刑してしまえば良いのです!」


 すると国王と王妃は顔を見合わせ、深いため息をついた。


「後ろ盾を失った王家の言うことなど誰も聞きはせぬ。それに、わが王家はほとんどの貴族から反感を持たれている。これをどうやって罰しろと? むしろ、こちらが一斉に反撃に遭う確率が高い」

「で、では、再びエヴァンジェリスタ公爵家に後ろ盾になってもらえば良いのです! たかが婚約破棄くらいでへそを曲げるなど、その方がおかしい!」

「そ、そうですよね! さすがフェルナンド様、妙案です!」


 厚顔無恥もここに極まれりな二人のその発言に、国王と王妃があぜんとした顔になる。そして、自分たちとは違う生き物を見るような目で彼らを見つめながら言った。


「……なぜ、そんな結論に至るのです。あなたたち、本当に大丈夫ですか?」

「聞くに堪えない侮辱を公にしていて、そんな屁理屈が通るわけもない。そもそも、エヴァンジェリスタ公爵家はプラカシュ家よりも歴史が古く、過去に国王を輩出したこともある由緒正しき家柄だ。わがプラカシュ家は王権を取る当時、侯爵家であったが、エヴァンジェリスタ公爵家が目されていた王権を譲り、後ろ盾となってくれたからこそ、今の王家があるというのに。その恩も忘れ、誇りを傷つけたおまえが、そのようなことを言えるのが不思議でならぬわ」


 国王と王妃があきれ果てた目で二人を見つめる。そして、知らなかった事実を知ったフェルナンドが慌てて取り繕った。


「し、しかし、過去がどうであろうと、今は父上が国王なのです! 父上が命令すれば……!」

「それは無理だ」


 国王に即断言されて、フェルナンドとデシリーが狼狽ろうばいする。


「な、なぜですか!? いくら公爵家でも──」

「エヴァンジェリスタ家はもうギルモア王国には属しておらぬ。他国の民をどうこうしようとするならば、国を挙げての戦になる。そして、そんな力は今の王家にはない」

「……っ!」


 エヴァンジェリスタ家をとことん利用尽くしてやろうと目論もくろんでいたフェルナンドたちが悔しそうに唇をんだ。

 その様子を国王と王妃が冷ややかに見つめているところに、晩餐の料理がようやく運ばれてくる。


「え……っ?」

「なっ!?」


 そのメニューを目にしたフェルナンドとデシリーが目を見開いて絶句した。

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