10.公開処刑(笑)

「エヴァンジェリスタ家からの慰謝料と料理人はまだか!」


 不機嫌をあらわにしながら、フェルナンドが叫んだ。

 慰謝料もなにも、そんなものをエヴァンジェリスタ家が払う必要などどこにもない。

 それどころか、やろうと思えばエヴァンジェリスタ家が王家に成り代わることもできたのだから、むしろ感謝するべきである。

 だが愚かな王太子は、いまだそのことに気づかず怒鳴り散らしている。

 それをしらけた様子で近衛騎士たちが見つめていた。

 先日、フェルナンドが旧エヴァンジェリスタ領で喧嘩を売って逃げ帰って来た際、置き去りにされた近衛騎士も帰還するなり辞表を出した。

 今フェルナンドを見つめている騎士たちも、辞め時だろうなと感じていた。


「おい! おまえたち、王都へ行くぞ! 支度しろ!」


 またろくでもないことを思いついたに違いないフェルナンドに横柄に命じられ、近衛騎士たちはこっそりとため息をついた。




 お忍び用の馬車で、二人の近衛騎士とともに王都へと来たフェルナンドは、騎士たちにうまい食事を出すところを探せと命じた。

 確かに王宮の料理人よりは、王都の食堂の料理の方がうまいので、これについてだけはフェルナンドの考えは正しいものであった。

 そして、騎士たちが民に聞いて回ってお勧めが多かった食堂に、フェルナンドは威張りくさって入店した。


「この店のメニューを全部持ってこい」

「はあ? テーブルにのせきれねえよ?」


 むちゃな要求に、食堂の主人があきれたように言う。すると、フェルナンドがいきり立った。


「わたしの命令がきけないのか! いいから持ってこい!」


 怒鳴り散らすフェルナンドをつまみ出そうかと主人は一瞬思ったが、金を払ってくれるならまあいいかと考え直し、とりあえずテーブルにのる分だけの料理を作ることにした。




「お、これは、王宮の料理人よりも数段うまいぞ! おい、おまえ! 王宮付きの料理人にしてやるぞ! 光栄に思え!」

「はあ……」


 えらそうだと思ったら、王宮の関係者だったのかと、食堂の主人は気の抜けた返事を返した。


「ねえ……、そこの護衛さんたちにも食べさせてやったらどうだい。料理はあまってるんだし、取り皿もあるから」


 女将おかみは直立不動でフェルナンドのそばに立っている騎士たちが気になってしかたないらしく、先程からちらちらと彼らに目をやっている。


「なにを言う! わたしに仕える者が同じものを食べるなど言語道断!」

「わたしたちは大丈夫ですから、どうかお気になさらず」

「……そうかい?」


 騎士たちが気にしていないようなので、女将は素直にその場から引いた。




「ふぅ、さすがに食べすぎたか。平民の料理などと思っていたがまずまずだ。今度はデシリーも連れてこなくてはな」


 エヴァンジェリスタ家の料理人よりはかなり落ちるが、王宮の料理人よりは数段うまい料理をたらふく食べたフェルナンドは、ふくれた腹をさすった。


「おい、帰るぞ」


 フェルナンドが近衛騎士たちに声をかけてそのまま帰ろうとすると、食堂の主人は慌てた。


「待ってくんな。お代をもらってねえです」

「ああ? 貴様は王太子であるわたしに金をせびろうというのか!」

「せびっているわけじゃなく、当然の対価だが。あんたが王太子様というなら、王宮に代金を請求すればよいんですか?」


 むっとしている主人にそう返されて、フェルナンドは食堂から城に請求が来るのはまずいと考えた。そうすれば、まず父である国王の耳に入るだろう。


「城に請求などするな! そうだ、おまえたち払え!」


 フェルナンドは近衛騎士たちを振り返るとそう叫んだ。


「……あなた様から金銭をお預かりしておりませんが」

「貴様らが払え! 近衛たるもの当然だろう!」


 フェルナンドの主張に、主人と女将、食堂の客たちはあきれ返った。

 一口も食べさせなかったのに、その彼らに代金を払わせようというのか。

 王太子の悪評は聞いてはいたが、実際ここまでとは庶民たちも知らなかった。


「あいにく持ち合わせがございません」

「わたしもです」

「なっ! そ、それでは、貴様らその剣を売れ! それなら十分代金になるだろう」


 すると、二人の騎士は冷ややかにフェルナンドを見る。


「これは城からの貸与品たいよひんです。勝手に売りさばくことなどできません」

「それに、剣は騎士の象徴です。とてもそのようなまねはできません」


 騎士たちに正論で返されて、フェルナンドは激昂した。


「貴様ら、近衛騎士のくせに王太子であるわたしに盾突くというのか! 貴様らなんぞにその地位はもったいない。今すぐ辞めてしまえ!!」

「──承知しました」


 騎士たちがびてくると信じていたフェルナンドは、思ってもいなかった彼らの反応に「は?」と間抜けに口を開けた。


「それでは、早速このことを団長に報告してまいります」

「お騒がせしてしまい、申し訳ございませんでした」


 騎士たちの謝罪は主人や女将、食堂の客にしたものだった。その証拠に、口をぱくぱくさせるフェルナンドに彼らは見向きもしていない。

 そして、騎士たちはそのまま食堂から立ち去った。



「──さあ、それじゃきっちり耳をそろえて払ってもらおうか?」

「まさか、王太子様ともあろうものが、食い逃げなんてするわけないよねえ?」


 妙な迫力を漂わせて主人と女将がフェルナンドにじりじりと近寄った。


「ま、待て! わ、わたしは腹が痛いのだ! 城で用を済ませたら必ず払う!」


 食べすぎで、先程からもよおしていたフェルナンドは慌てて叫んだ。今や腸が鳴り、決壊も近い。


「うるせえ! 恩知らずの貧乏王家のことなんか信じられるかよ!」

「ひぃっ!」


 主人の剣幕けんまくに震え上がったフェルナンドは、椅子を蹴倒しながら食堂から飛び出した。




「な、なぜ、わたしがこんな目に……!」


 近くに停めてあったはずの馬車が見あたらず、御者に代金を払ってもらうつもりだったフェルナンドはあせりにあせる。

 実は、通行の邪魔になると言われて少し離れたところに移動していただけだったのだが、取り乱していた彼は気づけない。


「待てーっ! この食い逃げ王太子が!」

「ひっ!」


 いつの間にか追いついていた食堂の主人が大声で呼ばわる。

 なにごとかと通りにいた人々の好奇に満ちた視線が二人に集まった。

 主人の手元がギラリと光る。

 その手には、切れ味のよさそうな包丁が握られていた。


「ひいぃ──っ!!」


 本気で身の危険を感じたフェルナンドはその場で脱糞だっぷんした。


 ──そして、フェルナンドに二つの不名誉な称号がついた。

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