11.ロクサーナ、菓子を語る

「このレーズンサンドっていうの、すごくおいしいね! 酒の風味がきいているのがまたいい」


 ロクサーナです。

 わたしはまたレンブラント様のお茶会にご招待されています。

 わたしが作ったレーズンサンドを一口囓って咀嚼そしゃくしたレンブラント様は、嬉々としておっしゃいました。

 こんなふうにおいしそうに食べていただけると、料理人冥利みょうりに尽きますね。


「それは干しぶどうをお酒に浸してあるんです。お酒の弱い方は酔う場合もあるので、注意が必要ですね」


 その点、レンブラント様はお酒が強いとお聞きしましたから問題ありませんね。

 それにしても、この世界にラム酒に似たお酒があってよかったです。


「へえ……。では、両陛下も問題ないな。また作ってきてくれる?」

「はい、喜んで皇家に献上させていただきます」

「よかった」


 にこにこしながらレーズンサンドを食すレンブラント様はすごく感じがよいです。

 公式の場では理知的な理想の皇子そのものですが、今のレンブラント様はとても親しみやすいです。


「ロクサーナ嬢、一個しか食べないの? もしかして遠慮してる? わたしばかり食べてて悪いな」

「いえ、そういうわけではなく、これ一つでも結構カロリー……庶民の一食分の三分の一くらいの活動力があるんです。作った時に味見していますし」


 この世界にはカロリーに準ずる単位がないので、説明に苦労します。……いっそ、作ってしまいますかね?

 しかし、どうにかレンブラント様には伝わったようです。


「えっ、そうなのかい? 四つも食べてしまったよ」


 びっくりした顔をされて、レンブランド様がそうおっしゃいます。すると、今まで傍観ぼうかんしていたエリック様がすげなく言いました。


「菓子とは基本的にそういうものです。いい加減にされませんと太りますよ」

「う……」


 レンブラント様はブリザードなエリック様の視線を受けて、渋い顔をされました。その目がまだレーズンサンドを追っているのが、なんとも哀愁を感じさせます。


「塩味でよろしかったら、ポップコーンならそこまで気にすることはありませんよ。塩分が気になるなら、そのままでもいけますし」

「え、甘くない菓子があるの?」


 レンブラント様が驚いたように目を瞠られました。

 まあ、この世界の菓子というのは、大抵たいていどっしりべっとり甘い、ともすれば頭痛まで引き起こすような代物しろものなので、レンブラント様がそういう反応をするのも無理はありません。エリック様も知らなかったようで、びっくりしたような顔をしています。


「ええ、ありますよ。あ、ポップコーンですが、乾燥させた皮の堅い種類のとうもろこしの実を芯から外して使います」

「え、待ってください。書きとめます」


 常になく慌てた様子のエリック様が、メモ帳を取り出します。……そこまでしなくても、あなたなら覚えられますよ。


「……それで作り方ですが、油を引いたフライパンを中火にかけ、とうもろこしの実を入れてからふたをし、焦げ付き防止のためフライパンを揺すります。そのうちポンポンと弾ける音がしますので、それがしなくなったら蓋を開けて、皿などに盛ってください。味付けは塩以外の調味料でも大丈夫です」

「え、それだけですか?」


 あまりにも簡単だったためか、エリック様が目を見開きます。

 貴族の方ですと普通は黙ってレシピの内容を聞いているだけの人が多い中、エリック様は調理器具や手順を理解しているので、彼は調理経験がある程度あるのかもしれません。


「ええ。注意点としては、かなり膨れるので、とうもろこしの実を控えめに入れることと、焦がさないことですかね。ずっと揺すり続けて、音がしなくなったら素早く皿などに移してください。あと、しけやすいので、できたら温かいうちに召し上がってくださいね」


 できたては、おいしいですしね。


「分かりました。さっそく作ってみます」

「まあ、やはりエリック様は調理経験がおありなんですね」


 わたしの考えはどうやら当たりだったようです。


「ええ。殿下の補佐に就く前は、騎士をしておりましたから。野営で料理を作ることもありましたので、そこそこできるとは思います。ただ、ロクサーナ様の料理と違って、かなり大味ですが」

「そうだったのですか」


 エリック様の説明に、わたしは納得して頷きました。

 ちらりとレンブラント様を窺うと、わたしの説明があまり理解できなかったのか、苦笑いをしておられました。まあ、皇太子様ですしね。


「あ、ちなみにポップコーンは、キャラメリゼしたりして甘くできます。キャラメリゼについては、派遣した料理人に聞いてください。ただ、カロリー、あっ、と……」


 またカロリーと言ってしまい、わたしは口元を片手で覆います。

 ついつい前世でしか使われていない言葉を使ってしまうのは、きっと気が緩んでいるからですね。このお二方はわたしが異界の記憶持ちだと知っておられますし。


「ロクサーナ嬢、我々は分かっているから、カロリーで大丈夫だよ」

「……そうですか? それでは遠慮なく使わせていただきます」


 レンブラント様、お優しいですね。

 わたしはにっこりすると、先程の話を続けました。


「ええと、キャラメリゼするとカロリーは高くなりますので、あまり量を食べないほうがよいかと思います」

「そうですか。分かりました」


 得心したようにエリック様が頷きました。


「ロクサーナ様、甘くない菓子で簡単にできるもの、他にはありませんか?」


 ……エリック様、なかなか熱心な生徒です。


「そうですね。ポテトチップスなら簡単ですよ。皮を剥いたジャガイモを薄く輪切りにし、水にさらした後、水分をよく拭き取って油で揚げるんです。これも塩や調味料で味付けします。ただ、これは油で揚げるので、かなりカロリーが高くなりますけど。ですが、たぶんポップコーンより、こちらのほうが気に入られるかもしれませんね」


 前世でもポテトチップスは圧倒的な人気でしたしね。

 すると、レンブラント様が顔を輝かせておっしゃいました。


「へえ、それ食べてみたいな! 皇宮の厨房で、今作ってくれる?」

「──で・ん・か?」


 絶対零度の微笑みで、「まだ食べるのか、おまえは」とばかりに、レンブラント様を威圧するエリック様、なかなかに黒いです。


「……うん、やっぱり今度にするかな」


 そうおっしゃって、こくこく頷くレンブラント様はちょっと情けないです。

 これがあの、若い女性の憧れの完璧な皇太子様と同一人物だとは、ファンの方はとても信じられないでしょう。

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