12.ロミオメールと黒歴史
「──それはそうと、またギルモア王国の王太子からロクサーナ嬢に書状が来ていてね」
「まあ、そうなのですか」
レンブラント様にそう返しながら、わたしは前回の不快を思い出しました。
あからさまに無視したというのに、飽きもせずまた送ってくるとは、もしかして暇人なのですか?
「それから、前にエリックの姉のことが出てきたのだけど覚えてるかな」
「ええ、覚えております。わたし宛の書状をお渡しした方ですよね」
レンブラント様の問いにわたしは頷きましたけれど、それがなにか?
すると、それまで控えていた一人の侍女がすっと前に出てきました。
「紹介する。彼女はエリックの姉で、マリアムという。侍女としてはそれなりに高い地位で、わたし付きの侍女だ」
……すると、皇宮でいろいろとお世話になっていたかもしれない方なのですね。
言われてみれば、確かにエリック様と顔立ちが似ています。
「まあ、はじめまして。ロクサーナと申します。今までお世話になっておりましたのに、ご挨拶もしませんで、申し訳ありません」
「いえ、わたくしは一介の侍女にすぎませんので、公爵家のご令嬢のロクサーナ様にそのようなもったいないお言葉をいただくのは恐縮してしまいますわ」
申し訳なさそうにそう言うさまは、嬉々としてフェルナンド様からの書状を読んでいるとはとても思えません。
「──ああ、そうだった。これが例の書状だ」
レンブラント様から差し出された書状を受け取ると、わたしは封を開けました。……できましたら触りたくもないのですけどね。
『ロクサーナ
あれだけ言ったのに、慰謝料を送って来ないとはなにごとだ。
おかげでデシリーは既製の花嫁衣装を着る羽目になった。どうしてくれる。』
あなたとは縁を切っていますし、そんな義理などまったくこちらにはありませんよね?
むしろ、こちらこそいただきたいくらいなのですが? お父様も旧公爵領だけでは大赤字だと言ってましたしね。
……それにしても、てっきりデシリー嬢は王妃様の衣装を着るのだとばかり思ってましたけど、既製品になったのですか。
たぶんデシリー嬢が嫌がったのでしょうけど、既製のものより王妃様の衣装のほうがずっといいと思いますよ? 王妃様の花嫁衣装は、当時随分と話題になったそうですし。
それに、婚礼で国賓を招いてのパーティ等は無理かもしれませんね。国庫は当時の宰相様と内務大臣様、ならびに財務大臣様によって凍結されてますし。
お三方とも既に役職から退いていますが、いったん凍結されると、解除には上位貴族の三分の二の可決が必要になります。ですから、今の名前だけ王家がそれを得ることができるわけもありません。
各貴族の領地からの税収も止まっているようですし、そのうち内乱でも起こるかもしれませんね。
そうなると、フェルナンド様の婚礼どころではないかもしれません。
『それに、おまえが料理人を送ってこないことで、わたしは耐えがたい恥をかいた。
おまけに、王都の食堂のすべてから門前払いされるようになってしまったぞ。
せっかくデシリーにうまい料理を食べさせてやれると思ったのに、これも全部、料理人を寄こさないおまえのせいだ。
悪いと思ったら、すぐにも料理人を寄こせ。このことに対する慰謝料も上乗せでな。
ギルモア王国王太子 フェルナンド・プラカシュ』
そこでわたしは首をかしげました。
はて、耐えがたい恥ってなんでしょう。
文脈から察するに、王都の食堂でなにかあったのでしょうか?
期待する目でレンブラント様に促されましたので、わたしは書状をお渡ししました。
それにレンブラント様がざっと目を通した後、それはエリック様へ、そしてその姉のマリアム嬢に移りました。
「まあ! なんて素敵なロミオメール! なんだかわくわくしますわ!」
え……、ロミオメールって、ロミオとジュリエットのあのロミオですか?
マリアム嬢、ひょっとしてあなたもあの世界からの転生者ですか?
「どうやら、あの王太子は王都で食い逃げしたらしいね」
「ええっ。あ……失礼しました」
レンブラント様のお言葉に思わず叫んでしまいましたが、フェルナンド様、仮にも一国の王太子が食い逃げって情けなさすぎます。そんなに飢えていたのですか?
「それで、包丁を持った食堂の主人に追いかけられて、なんと脱糞したそうですよ。浮気する男は、他のシモもゆるいんですかね」
エリック様は笑いをこらえるように口元を押さえて震えています。
わたしはといえば、フェルナンド様のあまりの醜態に絶句してしまいました。
フェルナンド様、食い逃げの上にう○こを漏らすとは、あなたは徳川家康公かなにかですか? これで、「これは焼き味噌だ」とでも言い訳したら完璧です。
……いえいえ、片や神様として
「なんでも、あの王太子は王都の人間から『食い逃げ王太子』『う○こたれ王太子』と呼ばれているらしいですわ。醜聞ほど広まるのは早いですし、そのうちギルモア王国中に知れ渡るでしょうね」
「…………」
マリアム嬢は嬉々として語っていますが、わたしはなんだか頭痛がしてきました。
わたしは
それが破棄されたのは、本当によかったとしか言いようがありません。
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