13.賊まがいの王太子

「王太子であるわたしの命令だ、ここを開けよ!」


 宝物庫を守る二人の騎士にフェルナンドががなった。それを騎士たちが無表情に見つめている。


「国王以外の誰にもここを開けさせるなとの陛下のご命令です。たとえ殿下でも陛下の許可なくして開くことはなりません」

「無礼者! わたしの命令が聞けないと言うのか!」


 激昂するフェルナンドに対して、騎士の目はどこまでも冷ややかだった。


「はい、そうです。どうしてもとおっしゃるなら、陛下の許可をいただいてください」

「父上の許可ならもらった! さあ、ここを開けろ!」


 それなら、最初に騎士が国王の許可がなくては開けないと言った時に怒る必要はないはずなのだが、フェルナンドはそんなことにも思い至らないらしかった。


「……そうですか。それでは、陛下からの許可証をお出しください」

「……っ! そ、それは……っ!」


 騎士の言葉が予想外だったのか、フェルナンドが口ごもる。

 普通に考えれば、許可を求められて口頭で済むはずがない。

 フェルナンドとその婚約者である男爵令嬢の醜行をさんざん耳にしている騎士たちの目がさげすみの色に染まる。


「陛下の許可があるとおっしゃったのは虚偽だったのですか? ここは国の宝が納められている場所、たとえ王太子殿下であらせられても見過ごすわけにはまいりません。このことは陛下に報告させていただきます」

「無礼者! わたしを誰だと思っているのか! 剣のさびにしてくれるわ!!」


 激怒したフェルナンドが、剣を抜いて騎士たちに切りかかる。それを騎士の一人が冷静に受け流した。


「ぐぇあっ!」


 無様にもその場に転がったフェルナンドが、つぶれたカエルのような声を上げる。

 ややして起きあがったフェルナンドは、怒りによる真っ赤な顔で騎士たちを指さして叫んだ。


「この無礼者めが! 王太子たるわたしに対して、よくもこのような暴力を振るってくれたな! 父上に言いつけて、おまえらなど処刑してくれるわ!」

「どうぞ、ご勝手になさってください。我々は職務を全うしただけのことです。こちらが困ることなどありません」

「……覚えていろ!」


 小物感満載な捨てゼリフを残して、フェルナンドが足音も荒く去っていく。二人の騎士はそれを無言で見送ると、どちらともなくため息をついた。


「無礼者、無礼者って馬鹿の一つ覚えかよ……。敬ってほしかったら、それに値するふるまいをすればいいのに」

「まあ、身分しか取りえがないからな。あーあ、この騒ぎでエヴァンジェリスタ公爵が王位に就くと思っていたのに当てが外れたな」


 騎士の一人がぼやくと、もう一人が頷いた。


「正当性もあるし、公爵が王になれば、表だってはこの国の貴族もなにも言わなかっただろうよ。……公爵家に対立していた貴族だって、今の王家に肩入れしたことが気に入らなかったのがもともとの原因だしな」

「まあなぁ……。もっとも、この王朝がそれほど長く続くとも思えないな。少なくとも次代はない」

「それはそうだな。温厚な両陛下ならまだともかく、王太子は傲慢を絵に描いたような阿呆だし、あれを上に戴くくらいなら国から出るな。ロクサーナ様を公の場で婚約破棄するような無能だし」


 通常ならば王宮内には監視の目が行き届いているはずなのだが、法外な高給取りである彼らは真っ先に解雇されている。よって、この騎士たちのおしゃべりを咎める者は誰もいなかった。もっとも彼らとて、騎士の話に大いに頷いたとは思うが。




「このうつけ者が! 国宝を守る騎士に切りかかっただと! おまえは賊にでもなったのか!」


 先程、宝物庫を守護する騎士たちに軽くあしらわれたフェルナンドは、彼らの処刑を嘆願しに行った。……しかし、父である国王から返ってきたのは叱責だった。


「し、しかし、あの愚か者たちは王太子たるわたしに暴力を振るったのです! 処刑は妥当だと思います!」

「くだらぬ。彼らは『わたしの許可なくば宝物庫に誰も入れるな』という厳令を全うしたまでのこと。それを逆上して切りかかるとはあきれ果てるわ」


 冷然たる態度でフェルナンドに当たる国王に、それまで黙っていたデシリーが声を上げた。


「待ってください! フェルナンド様は、わたしのために婚礼用の装飾品を選ぼうとしてくださったのです! そんなふうに怒ったらフェルナンド様がかわいそう!」

「ああデシリー、おまえはなんて理解のある妃なんだ! やはり美しく思慮深いおまえこそがわたしの妃にふさわしい! いくら言っても慰謝料を払わぬ厚かましいあの豚とは比べものにならないな!」

「……なんだと?」


 フェルナンドのそのセリフに、国王がぴくりと反応する。


「フェルナンド、おまえまさかロクサーナ嬢にまだ関わろうとしているのではあるまいな? 二度と関わらないというのがエヴァンジェリスタ家との取り決め、これを破ることはたとえ王太子といえども許されることではない」


 普段の様子からは想像もつかないような地獄から聞こえてくるようなすごみのあるその声に、フェルナンドは戦慄わなないた。


「い、いえ……っ、そのようなことはなにも……っ! あのような不細工な女に関わるわけはありません!」

「そうです! あのデブ女がフェルナンド様に言いよることはあっても、逆はまずありえませんから!」

「……そうか、それならよい」


 デシリーとの連携でうまくごまかせたと思ったフェルナンドは、わが父ながら御しやすいものだ、とニヤリと笑おうとしてそのまま固まった。あざけりの対象の国王がこれ以上ないほど怒りの表情だったからだ。


「おまえたちの物言いは不愉快だ。今すぐここから出ていけ」

「……は、はい」


 フェルナンドたちは、国王の怒気に当てられ、そのまますごすごと私室に戻っていった。

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