3.当主会談

此度こたびのこと、誠に申し訳なかった。わが愚息がいたしたこと、弁明の余地もないことと思っておる」


 わずかばかりのお互いの兵が見守る中、国王がテーブルに手をついて、エヴァンジェリスタ公爵家当主エセルバートに深々と頭を下げる。

 王太子が婚約者であった令嬢とエヴァンジェリスタ公爵家を公の場で貶めた翌日。

 中立の立場にある貴族の屋敷を借りて、プラカシュ王家とエヴァンジェリスタ公爵家の会談がり行われていた。


「……たかが一貴族であるわたしに、一国の王である陛下が頭を下げる必要はないかと思われますが」


 ──もちろん、嫌みである。

 冷ややかなそれにすぐに気づいた国王が青ざめた顔で絶句する。それにかまわずに、エセルバートは続けた。


「このような形で、わが娘の婚約破棄がなされたこと、誠に遺憾でなりません。……つきましては、今までの支援金の全額、返還請求をいたしとうございます」

「──申し訳ないが、今までの支援金を返す余裕は王家にはない」

「……そうですか。王太子殿下の不貞と、娘への過去数年にも及ぶ嫌がらせに対する慰謝料、並びにエヴァンジェリスタ公爵家への侮辱に対する賠償も支払えないと陛下はおっしゃるのですね? わが公爵家に対して、その誠意すら、見せる価値もないと?」

「……っ、申し訳ない! このようなことを言えた義理ではないのだが、本当に余裕がないのだ! 心苦しいが、わたしはこうしてびるしかない!」


 再び国王が頭を下げる。それに対してエセルバートは当惑したように微笑んだ。


「口だけの謝罪をいただいても困ります。わが公爵家にも一応立場というものがありますので……ああ、それではこうしましょう」


 よいことを思いついたというように、エセルバートが手を打った。

 この窮状をなんとかできるのかと、国王の顔がほころぶが、エセルバートの冷然たるまなざしを受けてそれは固まった。


「娘と公爵家への慰謝料と賠償は、王太子殿下をこのままその地位に据え置き、運命のお相手という、エカピット男爵令嬢を妃とすることとしていただきましょう。──間違っても、殿下を廃嫡されたり、臣籍降下などなさらぬよう。男爵令嬢にしても同様です」

「それは……っ! エセルバート殿、すまない、すまない……! だが!」


 青を通り越して白くなった国王が、必死に言い募る。しかし、エセルバートはそれに対して冷ややかな笑みを浮かべるだけだった。


「王太子殿下が脇目も振らずに実らせようとした真実の愛なのですから、それを祝って差し上げるのが親心というものでしょう。大丈夫です、他の貴族もきっと殿下とそのお妃様を祝福されることでしょう。そして、邪魔者のわたしたちは舞台から退場いたしますので、どうぞご心配なく」

「……っ」


 言葉を詰まらせる国王に、エセルバートが淡々と続ける。


「ですので、支援金の返還の代替えについては、わが公爵領の主権を認めていただきたい。そうすれば、もう二度とエヴァンジェリスタ家がプラカシュ家と関わることはありません」

「……エセルバート殿!」


 今にも倒れそうなほどに身を震わせた国王が叫ぶ。

 それに対して、エヴァンジェリスタ公爵家当主エセルバートは満面に笑みをたたえた。


「──もう一度申し上げます。口だけの謝罪など無用です。誠意を見せていただきたい」

「……っ、相分かった」


 そうすることでしか莫大ばくだいな金額をあがなえない国王がついにエセルバートの要求をんだ。

 そして、双方の書面に署名をし、手続きは完了した。


「……エセルバート殿」

「個人的には、幼馴染おさななじみのあなた様とこのようなことになってしまったのは、本当に残念でなりませんよ。ですが、わたしにも矜持きょうじというものがありますので。──それでは陛下、お元気で。もうお会いすることもないでしょう」


 憔悴しょうすいしたような国王に向けて静かに告げると、エヴァンジェリスタ家当主エセルバートはその場を後にする。そして二度と振り返らなかった。


   * * *


「お帰りなさい、お父様」


 エヴァンジェリスタ公爵領の屋敷にて、わたしは父である公爵を迎え入れました。


「首尾はどうでした?」


 お父様ほどの方が王家にやりこめられるとは思いませんが、あちらがどうなったのかは気になります。

 そして、お父様から陛下との対談の内容を聞かされて、わたしは思わずため息をついてしまいました。

 さすが腐っても貴族。すさまじい嫌みの応酬です。


「……それにしても、主権を望まれるとは、国を興すおつもりですか?」


 それなら確かに国交断絶してしまえば、二度と関わることもないですね。

 ですが、ギルモア王国とは地続き、あの性格の悪い王太子ならば、どんな難癖をつけてくるか分かりません。

 そんなことを思っていたら、お父様が首を横に振りました。


「いや、公爵領は帝国への手土産とするつもりだ。帝国からはわがエヴァンジェリスタ家の領土を用意すると言ってきていたんだが、それは少しばかり心苦しいのでな」

「……まあ、そうでしたの」


 なるほど、お父様はもうずっと前からプラカシュ家を見限っていたようです。

 そしてその手土産は、わがエヴァンジェリスタ家が帝国に対して引け目を感じないための材料であると。


 ……まあ、それはともかくとして。

 これで後顧の憂いもなくなることですし、あとは高みの見物といたしましょう。

 わがエヴァンジェリスタ家に見放されたプラカシュ王家は、王太子様及びそのお妃様と一蓮托生いちれんたくしょう

 あの愚か者をここまで増長させた罪、きっちりあがなっていただきましょう。


 ──そしてエヴァンジェリスタ公爵領は、その主権を内外に公表した後、やがて帝国領となりました。

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