竜のいる風景

ひゐ(宵々屋)

竜のいる風景

 困ったことに、その小さな村には竜がいました。

 猫と並んで屋根の上で日向ぼっこをする竜もいますし、犬のように広場を走り回る竜もいます。カラスのように空を飛び回るものもいます。近くの森や川にも、大きなものがいます。おまけに畑にまでもいて、時折むしゃむしゃと作物を食べてしまうものですから、村人達はその度にしっしっと追い払っていました。

 それでも竜達は、犬や猫や家畜と同じように村の一員でしたし、大きなものは村から熊や狼を遠ざけてくれます。彼らは可愛らしくて頼もしく、そしてごくごく平凡な存在でした。

 そんな、住人達は至って普通であると思っている村は、秘境と呼ばれるべき場所にありまして、訪れる人がいませんでした。

 けれども全くいないわけではなく、稀に近くまで迷い込んできて、煙突の煙を見てやって来る人はありました。

 それは旅人であったり、商人であったり。何にせよ、この村を目指して来る者ではありませんでした。

 迷って数日歩いたところで、やっと見えてきた生活の煙。彼らは顔を明るくして村を目指しますが、近づくにつれ、徐々に顔色を青くさせていきました。

 何故なら、本の中にしか存在していないような生き物が、のっしのっしと歩いていたり、ばっさばっさと空を飛んでいたりするのですから。川を見れば泳いでいますし、高台で吠えているものもいます。くしゃみをしたかと思えば、ぼふん、と炎を吐き出しています。

 はじめて竜を目にした人々は、恐怖に走り出しながら、それでも村を目指します。村こそ安全な場所だと信じて。けれども村にも竜がいて、彼らはより顔を蒼白にさせて神に祈り始めるのです。

 もっとも、竜は人を襲わないのですが。だからこそ、村で犬猫と並んで人間と生活しているのです。

 しばらくして、村を訪れた人々は、やっと竜が安全な生き物だと気付きます。

 そして口々に言うのでした――竜は本当にいたのだと。

 村にも村の周辺にも当たり前にいる竜。外からやって来た人間は、村人にとっては平凡すぎる竜に異常なまでに興味を持ちます。

 ある人は、竜がどんな一日を送っているのか、必死に記録をつけました。

 ある人は、竜と村の様子を描きました。

 またある人は、竜の鱗を欲しがったり、竜そのものを手に入れたがって、さらおうとしたり卵を盗もうとしたりしました。

 けれども竜の鱗は簡単に剥がれたり落ちたりするものではありません。竜そのものをさらおうとしても、竜はやすやすと逃げられますし、卵を盗もうとすると――いくら人を襲わない大人しい竜でも、黙ってはいませんでした。

 その村に訪れた人々が持ち帰ることができたのは、竜についての記録や、絵画だけでした。

 それを手に彼らは言います。竜は本当にいたんだ、と。あの村には竜が存在しているのだ、と。

 けれども、そんな記録や絵だけで、一体誰が「竜が実在していた」と信じるでしょう。

 明らかに竜のものと思われるものも、ないのですから。

 話を信じて村を目指しても、秘境というべき場所にある村です。誰もたどり着くことができません。

 おまけに実際に偶然村にたどり着き竜を目にし、戻ってきて皆に竜がいたことを話した者も、二度と村を訪れることはできませんでした。

 結果的に、彼らは嘘吐きだと人々に言われてしまいました。やっぱり竜なんていない。想像上の生き物だと。

 ――けれども、困ったことに、その小さな村には本当に竜がいるのです。

 ……穏やかな青空の下。その村の近くの草原で、一人の青年がうたた寝をしていました。

 けれども自分の緑の畑を見て、立ち上がります。

 竜が緑を、もしゃもしゃと食べていたのです。昨日は土を掘り返して根菜を食べていた竜――竜はいろんなものを食べたがります。

 追い払わないとなぁ、と、青年は退屈に溜息を吐いて畑へ向かって行きました。

 それは何の変哲もない、いつものことでした。


【終】

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竜のいる風景 ひゐ(宵々屋) @yoiyoiya

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