執筆後記
北海道
主産業はない。もう、なくなった。
幾春別町停留所でバスを降りると、むかいの山の中腹に、朽ち果てた巨大な人工物が見える。大きな『奔別』の文字――放棄された
さて、そこから一歩。振り返ってみる。
反対側には石垣ばかりになったプラットホームの跡と、そして、その
『アカダモの木』――
アイヌ伝承によれば樹齢600年。
人がこの地に踏み入る前からずっと、この地で春を数え続けている。
春を告げる
明治の初め。人々は、この大樹を目指してこの地へやってきたといわれる。
幾春別は、石炭に始まり、石炭で栄えた。東京と大阪に次いで日本で3番目に鉄道ができて、ここを原動力にして明治の産業革命は始まった。「北海道」が明治からの呼び名であることを鑑みれば――北海道の原点といっても差し支えないかもしれない。
北海道と聞けば、大自然と空と花畑の広大な
当然だ。大樹の根本に腰掛けて眺める草原に、もう往年の面影はないのだから。
『わが帝国の
北海道唱歌1番の歌詞にある通り、北海道はその莫大な資源を期待されて切り拓かれたことに始まる。黒ダイヤとも呼ばれていたことからわかるように、当時の石炭は宝だった。その石炭に恵まれたのが、北海道だった。
ゆえに全国に先駆けて工業化が進み、産炭地域である空知地方は空前の繁栄を謳歌した。だから、たった半世紀前までは、北海道では黒煙の風景が当たり前だったのだ。
しかし、繁栄に永遠はない。
マル生運動。エネルギー革命。
70年代以降、北海道を支えた石炭は、確実に衰えていた。
それでも決定的だったのは――本作では"幌内新炭鉱崩壊事故"として取り上げた――『
1981年10月16日に
本作で描いたとおり、この新炭鉱に
「まもなく石炭は死ぬ、ならば地元経済への影響を最小限に安楽死させて」――70年代から地元が唱えていた願いも虚しく、石炭の帝国は急速に失墜した。
当時、三井財閥の中核企業であり従業員2万を抱えた
最盛期、人口6万。
谷間を縫うように団地が、ビルが建設され、線路が敷かれ、坑道が掘られた。ひっきりなしに石炭が行き交った。そんな在りし日の夢の跡は――いまや草藪の中。日本で3番めの鉄道として開通した
100年足らずの繁栄であった。
全国の市を人口が少ない順に並べると、上位5位は――
行政の無計画だ、炭鉱の無謀が原因だ、そう単純に追及することはできまい。諸行無常、まるでこの一言に収まってしまう――だからこそ残酷なのだ。この世界は。
ゆえに、焦がれるのだ。
この悠久の大樹に。
樹高21メートル。現在でも遠くから十分目立ち、
その役割は昔からずっと変わらない。
人の営みは一瞬で興亡するのに、自然の営みはなぜこうも、遠大なのだろう。
白蛇が住むとも伝えられるこの大樹は、御神木とされ、地元に大切にされてきた。
これからもずっと、人々がいなくなっても、
もうすぐ
古びた看板を見つけた。そこにある駅名のひとつひとつが、なかなかに叙情的だった。
『 さよなら幌内線 1987年7月13日
岩見沢に栄えた町も、
唐松
アカダモの木は、そんな私を嘲るようにただひたすらに、悠然と佇んでいた。
幾つ、春に別れて。 占冠 愁 @toyoashi
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